第28話:おとぎ話
Aランク認定から数日後……。
俺は、仕事終わりのセリアを連れて二人で、少し落ち着いた裏路地の酒場へと足を運んでいた。
テーブルには琥珀色の果実酒と、軽くつまめるチーズや干し肉が並んでいる。
「……はぁ。なんか、夢みたいっていうか、逆に怖くなってくるな」
グラスを傾けながら、俺はポツリと本音をこぼした。
「怖い、ですか? Aランクに昇格して、自分だけのギルドを作る権利まで手に入れたのに?」
「だから怖いんだよ。俺、ただ料理が少し得意なだけの、本当にどこにでもいる『普通の人間』なんだ。それなのに、周りからは閣下だの天才だのってチヤホヤされて……」
俺は自嘲気味に笑い、手元のグラスを見つめた。
「人間って弱いからさ。こんなペースで出世街道をまっしぐらに進んでたら、いつか絶対に調子に乗って堕落しちゃうと思うんだ。自分の実力以上のことをして、取り返しのつかない失敗をするか、誰かを見下すような嫌な奴になっちまう。……そうなる前に、しっかり自分を戒めておかないとなって」
俺の言葉を聞いていたセリアは、グラスを置き、まっすぐな瞳でこちらを見つめてきた。
「……エルヴァンは、本当にすごい人ですね」
「えっ? いや、すごくないから怖いって話を……」
「そうやって『自分を疑える』ところがです。私、ギルドの受付嬢として、これまでに数え切れないほどの冒険者を見てきました」
セリアの瞳に、少しだけ悲しげな色が混じる。
「実力不相応な力と名声を手にして、己の力に溺れて死んでいった冒険者。貴族や詐欺師に甘い言葉でそそのかされ、良いように使われてポイ捨てされた冒険者。……周りからチヤホヤされることに依存して、更なる評価を得たくて無理な依頼を受け、そのまま消息不明になった人もたくさんいます」
過剰な評価は、人を狂わせ、そして破滅させる。
ギルドのカウンター越しにその残酷な現実を嫌というほど見てきたからこそ、セリアの言葉には重みがあった。
「でも、エルヴァンは自分の足元をしっかり見ています。だからこそ、絶対に堕落なんてしません。私が保証します」
セリアがふわりと微笑んでくれる。その言葉に、俺は少しだけ肩の荷が下りた気がした。
「ありがとう、セリア。でも、やっぱり不安は消えないよ」
「だったら、しばらく冒険はお休みしてはどうですか? ギルドとしても、ここ最近の厄介事は全部エルヴァンに頼りすぎていましたし。少し羽を伸ばして――」
「いや、ただ休むだけじゃ、逆にいろいろ考えちゃって不安が募るだけだと思うんだ」
俺が首を横に振ると、セリアは「ふふっ、本当に真面目ですね」と笑い、おもむろに自分の鞄から一冊の古びた本を取り出した。
「実はこれ、エルヴァンに渡そうと思っていたんです」
「本? ……『古の星詠みテイマーと、白き竜の軌跡』?」
「はい。この本、実はおとぎ話や創作だと言われている児童書なんですが……ここに描かれている白き竜の描写や言葉遣いが、どうもファルさんの言動と一致している部分が多くて」
俺は驚いて本を受け取った。
セリア曰く、全てが創作と考えるのは時期尚早かもしれないとのことだった。俺はパラパラとページをめくり、その『おとぎ話』のあらすじに目を通した。
――昔々。一人の心優しいテイマーが、空から落ちてきた白い竜の子供と出会いました。
二人は世界中を旅し、美味しいものを食べ、たくさんの魔物たちと心を交わしました。
やがて世界に恐ろしい災厄が訪れた時、テイマーは竜にただ命令するのではなく、自らの魂と魔力を完全に竜へと預ける『真の契約(相棒契約)』を結びました。
テイマーと竜の魂が一つに重なり合った時、竜は本来の限界を超えた神々しい力を発揮し、災厄を退けたのです――。
「……真の契約とは……相棒契約?」
俺は、その言葉に釘付けになった。
今の俺は、シリウスやファルと心を通わせている自信はある。だが、戦闘においては「ファル、お願い!」と、彼らの元々持っている強大な力に完全に頼り切っているだけだ。
「そうか……。俺は今まで、あいつらが強いことに甘えきっていて、テイマーとして『あいつらの力をさらに引き出してやる』ことなんて、一度も考えてこなかったんだ」
今の状態で十分に強いからこそ、当たり前のように見過ごしていた事実。
もし、このおとぎ話に書かれている『真の契約』が実在するなら。
シリウスやファルと魂を完全に同調させ、彼らの眠れる真の力を引き出すことができれば――俺はただ守られるだけの凡人から、本当の意味で『彼らの相棒』になれるかもしれない。
「セリア、ありがとう!この本、じっくり読ませてもらうよ!」
俺の表情に活力が戻ったのを見て、セリアは嬉しそうに目を細めた。
「どういたしまして。でも、根詰めすぎるのは禁止ですよ? 美味しいご飯を食べて、適度に休むこと。……それが、私とエルヴァンの『お約束』ですからね」
グラスをコツンと合わせ、俺たちは果実酒を飲み干した。
不安に押し潰されそうになっていた俺の心には今、仲間と共にさらに高みを目指すという、新たな『目標の火』が静かに灯っていた。
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