第26話:勘違いのAランク冒険者たち
迷宮の深部でスタンピードの元凶である暴食王豚を討伐、龍玉に収め、地上へ向かって歩き出してすぐのことだった。
『エルヴァーン! ファルお爺ちゃーん!』
前方から青い炎の軌跡を残し、猛スピードで駆け寄ってくる黒い影。
ボルグをギルドへデリバリーし終えたシリウスが、約束通り迷宮に引き返し、満面の笑み?で合流してくれたのだ。
「おかえり、シリウス! 早かったな」
――おそいぞー! ぼくがぜんぶやっつけちゃったんだから!
シリウスが俺の頬に鼻先をすり寄せ、ファルが龍玉のハッチから短い手足を伸ばしてシリウスの鼻をペチペチと叩く。相棒全員が揃った安心感に包まれながら、俺たちは迷宮都市ゴルドランの地上へと帰還した。
◇ ◇ ◇
まずは事の顛末を報告するため、冒険者ギルドへと足を運ぶ。
夕刻のギルドは冒険者たちで賑わっていたが、受付カウンターに向かうと、セリアが背筋をピンと伸ばし、仕事モードのキリッとした表情で迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、エルヴァン様。……ガストン様から伺っております。テイマーギルドのボルグの件、無事に引き渡していただき感謝いたします」
その佇まいは完璧なギルドの顔だ。
そこへ、奥の執務室からガストンが豪快な笑い声を上げて出てきた。
「おお、エルヴァン! よく戻ったな! お前の馬が届けてくれた『簀巻きの馬鹿野郎』、冷水をぶっかけて起こしてやったら
『ひぃぃっ! 巨大な竜がぁぁっ!』
って泣き叫んで、過去の横領から何から全部自白しやがったぞ!
今頃は王都の地下牢行きだ!」
「完全に自滅ですね。それよりガストンさん、スタンピードの件ですが――」
俺が龍玉を叩き、「原因の暴食王豚を仕留めました」と報告しようとした、その時。
「エ、エルヴァン様ァァァッ!!」
ギルドの入り口から、顔を青白くした数名の男たちが転がり込むように駆け寄ってきた。先行調査に向かっていた、あのベテランAランク冒険者のパーティーだ。
「えっと……皆さんは?」
「ははぁっ! 我々は、エルヴァン様……いや、エルヴァン閣下の、神の如き御業を陰ながら拝見しておりました!
まさか、あの災害級の暴食王豚を、指一本動かさずに瞬きする間に討伐されるとは……!!」
「我々など足元にも及びません! どうか、どうか以後はお見知りおきをッ!」
歴戦の猛者であるはずのAランク冒険者たちが、床に額を擦り付ける勢いで俺に平身低頭している。
ガストンとセリアが「えっ?」と目を丸くした。
「いや、俺は隠れてただけで、全部ファルがやってくれたんですけど……」
「ご謙遜を! あのような恐ろしい浮遊砲台を子供のように扱い、伝説の悪魔馬をパシ……いえ、お使いに出すその底知れぬ器! 一生ついていきます!!」
「えぇ……」
なんだか凄まじい勘違いをされている気がするが、訂正するのも面倒だ。
「ま、まあ、原因も解決したし、皆さんも調査お疲れ様でした。実はさっき、その暴食王豚の最高級肉が手に入ったんです。よければ皆さん、俺の常宿で一緒に打ち上げしませんか?」
俺がそう提案すると、Aランク冒険者たちは「か、閣下の手料理……!?」とガクガク震えながらも、ゴクリと生唾を飲み込んで激しく首を縦に振った。
◇ ◇ ◇
すっかり日が落ちた、『陽だまりのしっぽ』亭の食堂。
今夜はガストンやセリアに加え、ガチガチに緊張したAランク冒険者たちも交えての大宴会だ。
「お待たせしました!
極上猪肉の『牡丹鍋』と、トロトロの『豚の角煮』です!」
テーブルの中央には、濃厚な味噌仕立てのスープに、大輪の牡丹の花のように美しく並べられた薄切りのバラ肉がくぐらされている。そして大皿には、飴色に輝く極厚の角煮が湯気を立てていた。
「こ、これを我々が食べても……?
いただきます……あむっ。――な、なんじゃこりゃああぁぁっ!?」
恐る恐る角煮を口に運んだAランク冒険者の一人が、雷に打たれたように立ち上がった。
「肉が……口の中で溶けたぞ!? あの鋼のように硬かった暴食王豚の肉が、どうしてこんなに甘くてホロホロに……! 美味い、美味すぎるっ……!!」
「こっちの鍋もヤバいですよリーダー! 脂身がスッキリしてて、無限に食えます!
俺、生きててよかったぁぁっ!」
彼らは恐怖を完全に忘れ、涙を流しながら鍋と角煮に群がっている。
そして、その横では――。
「ん〜〜〜っ! エルヴァン、このお肉ほんっとうに最高ですぅ……!」
すでにエールを数杯空け、完全に出来上がったセリアが、とろんとした瞳で俺の肩にコテンと頭を乗せていた。昼間の「完璧な受付嬢」のオーラは完全に消え去り、デレデレのふにゃふにゃである。
「ちょ、セリア、飲みすぎですよ」
「いいんですぅ……。ねえエルヴァン、私にもお肉、ふーふーして? あーん、してぇ?」
セリアが上目遣いで甘えてくる。
俺が顔を赤くしながら肉を冷まして口に運んでやると、彼女は「えへへぇ、幸せぇ」とだらしなく笑った。
(お、おい見ろよ……あの冷酷無比な氷の受付嬢、セリアさんがあんなにデレデレに……)
(それだけじゃない。あの恐ろしい浮遊砲台が、閣下の頭の上で『もっとお肉ちょうだいなの!』って駄々をこねてるし、悪魔馬が窓から顔を突っ込んで尻尾を振ってるぞ……)
(エルヴァン閣下……恐るべき『テイム能力』と『胃袋掌握スキル』の持ち主だぜ……!)
Aランク冒険者たちが、鍋をつつきながら再び勝手な畏怖を深めていることなどつゆ知らず。
俺は、頬を染めるセリアの相手と、甘えるファルとシリウスの世話に追われながら、温かく騒がしい極上の宴を心から満喫するのだった。
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