第22話:極上カニ鍋の宴と、暗躍する愚者
迷宮から帰還した俺たちは、冒険者ギルドで『水晶巨蟹』の納品を済ませた。
龍玉から気絶したままの巨大蟹を取り出した時の、ガストンさんとセリアさんの顔は傑作だった。王都の貴族が求める部位だけをギルドの解体屋に丁寧に切り分けてもらい、俺たちは約束通り、残りの巨大な脚や甲羅を宿へと持ち帰った。
◇ ◇ ◇
すっかり日が落ちた、『陽だまりのしっぽ』亭の食堂。
今夜は貸し切りだ。中央の大きなテーブルには、ロランさんから借りた特大の土鍋が湯気を立てている。
「うわぁ……! エルヴァンさん、お肉がキラキラ光ってます!」
ルカ君が目を輝かせて土鍋を覗き込む。
殻を剥いた水晶巨蟹の脚肉は、まるで宝石のように透明感があり、淡い桜色に輝いていた。それを特製出汁にサッとくぐらせ、表面がふわりと白く花開いた瞬間に引き上げる。
「……んんっ!! 甘い! 口の中でとろけるぞ!」
俺が感嘆の声を上げると、今日のゲストであるガストンさんと、仕事終わりの私服姿に着替えたセリアさんも夢中で蟹肉に噛み付いた。
「こ、これは……!! とんでもない美味さだ! ミスリルより硬い殻の中に、こんなに繊細で濃厚な旨味が詰まっていたとは!」
「ん〜〜っ! ほっぺたが落ちそうですぅ……! 私、生きててよかったですぅ……!」
いつもはキリッとしている受付嬢の、年相応の可愛らしい崩れっぷり。
俺の隣に座っているセリアさんは、口元に少しタレをつけたまま、幸せそうに頬を緩ませている。
「ふふっ、セリアさん、口の端にタレがついてますよ」
「えっ、あ、ほんとだ……恥ずかしいっ」
俺が布巾を手渡すと、セリアさんは顔を真っ赤にして口元を拭い、上目遣いでこちらを見てきた。
「あ、あの……エルヴァン様。ここではギルドの受付じゃないですし、『さん』付けじゃなくて、普通にセリアって呼んでくれませんか……?」
「じゃあ、俺のことも様付けはなしで。美味しいものを一緒に食べる仲間なんだから、普通にエルヴァンでいいですよ、セリア」
「っ……はい、エルヴァン!」
パァッと花が咲いたようなセリアの笑顔に、俺も思わずつられて笑ってしまう。
その光景を眺めニヤニヤした顔で見てくるガストン。な、なんだよ。
『えっへん! 僕が倒したんだから、いっぱい食べてね!』
――あむあむあむ……! やっぱりカニさんはサイコーなのー!
開け放たれた馬用の窓から顔を突っ込んで蟹を食べるシリウスと、足下で一心不乱に蟹肉を咀嚼しているファル。
ガストンさんは豪快にエールを呷り、ロランさんも感動し震える手で杯を進めている。
甲羅焼きにした濃厚なカニ味噌も絶品で、宴の席はこれ以上ないほど温かく、幸福な熱気に包まれていた。
――その温かい光が漏れる宿屋の窓の外。
暗い裏路地の物陰から、ギリッと歯ぎしりをして食堂を睨みつけている男がいた。
(……あの馬鹿げた黒馬、そして巨大な魔物を一瞬で収納する規格外のアイテムボックス……!)
迷宮からエルヴァンたちをストーキングしてきた、因縁のテイマーギルドマスター、ボルグだ。
(あいつ、ギルドマスターのガストンに心で繋がっているなどと抜かしていたな。
反吐が出る。魔物と心が通じるわけがない。あの強大なナイトメアを無傷で従えるなど……未発見の強力な『洗脳の魔導具』を使っているに決まっている!)
ボルグの口角が、いやらしく吊り上がる。
(フフフ……ならば話は早い。私の手持ちには、周囲の魔導具の機能を一時的に停止させる『魔力阻害の結界石』がある。あれを使えば、魔導具による洗脳は解け、自我を取り戻した魔物たちは怒り狂って元の主を八つ裂きにするだろう)
自分の手を汚すことなく、魔物の暴走に見せかけてエルヴァンを始末する。
(奴が魔物に殺された後、混乱に乗じてあのナイトメアを私の魔導具で再契約し、未知の収納魔導具ごとすべてを奪い取ってやろう……!
そうすれば、私のテイマーギルドは王都すら凌ぐ最強の権力を手に入れられる!)
彼は、自分がどれほど恐ろしい存在を敵に回そうとしているのかに全く気付かないまま、暗い路地裏へとにちゃりとした笑い声を響かせ、姿を消した。
◇ ◇ ◇
「……へっくしゅ!」
その頃、食堂でカニ鍋をつついていた俺は、ふいに大きなくしゃみをした。
『エルヴァン、どうしたの? 風邪?』
「いや、なんか急に悪寒がしたっていうか……誰かに噂でもされてるのかな」
俺が首をひねっていると、隣に座っていたセリアが、心配そうにそっと俺の額に手を当ててきた。
「熱は……ないみたいですね。でもダンジョンの冷気のせいかもかも。
この後、カニの出汁がたっぷり出たスープで『雑炊』を作るんですよね?それを食べて温まってください、エルヴァン!」
「ふふ、今から極上の卵とじ雑炊を作りますから、少し待っててください」
「はいっ! 私、お手伝いします!」
エルヴァンを無能だと、テイマーギルドから追い出した『ボルグ』が、無駄な企みをしていることなどつゆ知らず、今はただ、目の前の温かい仲間たちと、この最高に美味しい『カニ鍋の〆』をどう楽しむか。
俺の頭の中は、それだけで満たされていたのだった。
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