第21話:青き炎の光跡
ゴルドランの中心にそびえる大迷宮。
その浅層である第10階層は、見渡す限りの広大な『地底湖』が広がる神秘的なエリアだった。天井の光苔が水面を青白く照らしている。
「あそこにいるのが、はぐれボスの『水晶巨蟹』か」
地底湖の岸辺。そこには、馬車ほどもある巨大な蟹が鎮座していた。全身が本物の水晶で構成されているかのように美しかった。
『任せてよエルヴァン! あんなカニさん、僕がパキッと割ってあげる!』
シリウスが意気揚々と駆け出す。
巨大なハサミの攻撃を軽やかにステップで躱すと、水晶巨蟹の側面に回り込み、自慢の強烈な後ろ足の蹴りを叩き込んだ。
ガキィィィィィンッ!!
迷宮内に、金属同士がぶつかり合ったような甲高い音が響き渡る。
『っ!? 硬っ!?』
シリウスが驚愕の声を上げた。
ロック・ドラゴンの岩の装甲すら砕いた蹴りだったが、水晶巨蟹の殻には傷一つ、ヒビ一つ入っていなかった。ダイヤモンド級の硬度というのは伊達ではないらしい。
「シリウスの蹴りが通じないなんて……。なあ、シリウス。無理そうなら、またファルにブレスでやってもらうか?」
俺が胸元の龍玉をトントンと叩きながら提案すると、シリウスはピタッと動きを止め、不満そうにブルルッと鼻を鳴らした。
『やだ!僕が倒す!ファルお爺ちゃんにばっかりいい格好させないもん!エルヴァンの一番の相棒は僕なんだから!』
「お、おいシリウス……!」
闘争心とライバル心に火がついたシリウスは、水晶巨蟹から大きく距離を取り、地底湖の岸辺を長く使って助走の構えをとった。
そして――ボッという音を立ててシリウスの漆黒の鬣と四つの蹄に、美しい青い炎が燃え上がった。
その瞬間。少し離れた岩陰からエルヴァンたちを監視していたテイマーギルドのマスター、ボルグは、息を呑んで目を見開いた。
(馬鹿な! あれはただの馬じゃい!! 伝承にのみ語られる悪魔馬、ナイトメアだと!?
なぜあんな無名のガキが、あのような規格外の魔物を……!!)
ボルグが驚愕で震え上がっている間にも、シリウスの集中は極限まで高まっていた。
『いくよぉぉぉぉっ!!』
ドンッ!!と地底湖の岸辺が爆発したかのような踏み込みと共に、シリウスが超高速で駆け出した。
速い。あまりの疾走速度に、空気を切り裂く風鳴りが遅れて響き渡る。
蹄と鬣から燃え盛る青い炎は、空中に置き去りにされ、まるで夜闇を切り裂く一筋の雷光のように、鮮烈な青の光跡となって空間に一直線に描かれていく。
周囲の湖水が炎の圧倒的な熱量で一瞬にして蒸発し、白い霧をもうもうと巻き上げる。
それは神話に語られる星の落下を思わせるほどに圧倒的で、美しく、そして破壊的な光景だった。
「いけぇっ、シリウス!!」
ドゴォォォォォォォォォンッ!!
青い流星と化したシリウスの『超高速体当たり』が、水晶巨蟹の正面に激突した。
凄まじい衝撃波が放射状に広がり、地底湖の水を数十メートルもの高さまで激しく吹き飛ばす。
硬度において絶対の自信を持っていた水晶巨蟹の殻は、それでも割れることはなかったのだが……
「……なるほど。殻は硬くても、中身はそうじゃないもんな」
どんなに外側が頑丈でも、内部にまで伝わる強烈な衝撃は殺しきれない。超高速の体当たりによる脳震盪、あるいは内臓への凄まじいダメージ。
水晶巨蟹は、ブクブクと口から大量の泡を吹き出すと、ゆっくりと後ろへ傾き……ゴロンッ、と無様に仰向けにひっくり返った。
ピクピクと足を痙攣させ、完全に気絶している。
『えっへん! 見たかファルお爺ちゃん!気絶させてやったよ!』
――むきーっ! エルヴァンのいちばんの相棒は、ぼくだもん!
龍玉の中でファルが短い手足をジタバタさせて張り合っている。
俺は苦笑しながら、気絶した水晶巨蟹へと近づいた。
「すごいぞシリウス、完璧だ。ファルの龍玉には鮮度を保つことはできないから、こうやって生きたまま持ち帰るのが一番だな。
これなら依頼書の条件も最高クリアだ!」
俺は龍玉のハッチを開けて水晶巨蟹の巨大なハサミに押し当てた。
シュルンッ!と掃除機のように吸い込まれていく巨大な蟹。
(ひ、ヒィィッ……!? なんだあの玉は!? 巨大な魔物を一瞬で収納したぞ!? 伝説のナイトメアに、未知の魔導具……あいつ、何者なんだ……!!)
岩陰でボルグが腰を抜かしていることなどつゆ知らず。
エルヴァンたちは「今夜はカニ鍋だ!」と歓声を上げ、意気揚々と迷宮を後にするのだった。
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面白いと思って書いてはいるのですが、反応がないと不安になったりします。メンタル劇弱なので…
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