第20話:因縁の相手と、初めての迷宮探索
翌朝。
一階の食堂へ降りると、宿主のロランさんが血相を変えて飛んできた。
「エルヴァン様! 昨夜はとんでもなく上等な鳥肉を提供していただいた上に、調理まで手伝わせてしまって……これ、せめてもの食材代と、昨日の売り上げの半分です! どうか受け取ってください!」
ずっしりと重い革袋を差し出してくるロランさん。俺は苦笑して、その手を優しく押し返した。
「いりませんよ。宿代も食事代も無料にしてもらってるんですから。それに、昨日は俺も一緒にワイワイ料理できて楽しかったですし。お金は、ルカ君のこれからのために貯金しておいてください」
「そんな、しかし……」
「俺は美味しいご飯と、帰る場所があれば十分ですから」
俺が笑って言うと、ロランさんは「……あなたという人は、本当に」と涙ぐみ、深く深く頭を下げた。
そんな気持ちの良い朝を過ごし、俺は今日の稼ぎと夕飯の食材を求めて、冒険者ギルドへと足を運んだ。
朝のギルドは冒険者たちでごった返している。一階の巨大なクエストボードを眺めていると、背後から野太くも快活な声が掛かった。
「よう、エルヴァン。今日も朝から精が出るな」
「あっ、ガストンさん。おはようございます」
ゴルドランの冒険者たちを束ねるトップの気さくな声掛けに、周囲の空気がピタリと止まる。そして、次々とひそひそ声が波のように広がっていった。
「おい、見ろよ……ギルマスがあんな新人に笑いかけてるぞ」
「お前知らないのか!? あのテイマー、昨日Fランクから一気にBランクに特例昇格した規格外のルーキーらしいぜ!」
畏怖と好奇の入り混じった無数の視線が突き刺さる。
(ううっ……めちゃくちゃ居心地が悪い……)
◆◆◆
エルヴァンが周囲のざわめきに戸惑い、ばつが悪そうに頬を掻いていた時、彼を監視する男が居た。
(……ほう。あれが噂の、FからBランクへ特例昇格したという天才ルーキーか)
豪華なローブに身を包んだその男。彼はかつてエルヴァンを無能と見下し、テイマーギルドから追放した張本人である『テイマーギルドのギルドマスター』ボルグだった。
彼は優秀なテイマーを自分のギルドに引き抜くため、冒険者ギルドを視察に訪れていたのだ。
だが、男はエルヴァンの顔を見ても、全く気づいた様子はない。
(あの顔、どこかで見たような……いや、気のせいか。私の記憶にないということは、大した出自の人間ではあるまい)
彼にとって、当時のエルヴァンは、路傍の石ころ以下の存在。顔も名前も、とうの昔に記憶から消し去られていたのだ。
(とはいえ、Bランク魔物を単独で討伐したのは事実らしい。よし、まずはあの馬ともふもふネズミの手の内を探るため、後をつけて『見極め』をしてやろう)
◆◆◆
そんなねっとりとした視線が向けられていることなど露知らず。
俺は周囲の視線を誤魔化すように、ガストンに尋ねた。
「あの、できればまた『美味しい食材』が手に入る依頼がないかと思いまして」
「……お前、クエストを探す基準が『食材』かよ。まあいい、それならとびきりのAランク食材の依頼があるぜ。詳しい話は、二階の応接室でしよう」
応接室に通された俺は、ガストンが提示した依頼書に目を通した。
「……迷宮10階層・地底湖の主。『水晶巨蟹』の討伐ですか」
「ああ。王都の貴族から、晩餐会用に生きたまま、もしくは鮮度を保ったまま身を持ち帰ってほしいと指名依頼が来ていてな。報酬は破格の金貨五十枚だ」
「でも、少し不自然じゃないですか? Aランクの強力な魔物が、迷宮の10階層なんて浅い場所にいるなんて」
俺の疑問に、ガストンは渋い顔で頷いた。
「鋭いな。本来、水晶巨蟹は50階層以降の深層にある巨大湖にしか生息していない。
だが先日、迷宮内部で大規模な地殻変動があってな。地下水脈の氾濫に巻き込まれて、偶然10階層の地底湖まで流されてきちまったらしいんだ」
「なるほど。本来いないはずの生態系の頂点が浅層に居座っているから、急ぎのAランク討伐対象になったんですね」
こいつは全身がダイヤモンド級の硬度を持つ水晶の殻で覆われているため、高ランクの冒険者でも傷一つつかないらしい。
『ファル、水晶巨蟹って美味しいのか?』
念話で問いかけると……
――っ!! おいしい! すっごくおいしいの!!
ファルが短い手足をバタバタさせて大興奮し始めた。
――あのね、からっぱを割ると、中からキラキラしたお肉がでてくるの! お口に入れると、とろぉ〜ってとろけて、あまくて、とっても濃厚なの! 焼いても、お鍋にしてもサイコーなんだよー! じゅるり……。
ファルの熱弁を聞いて俺は決断した。
「ガストンさん、この依頼、俺たちが引き受けます」
俺が力強く頷くと、ガストンは「頼んだぜ」と満足そうに笑った。
横に控えていたセリアさんも、ホッとしたような、それでいて少し羨ましそうな顔をしている。
「エルヴァン様、どうかお気をつけて。
……あの、水晶巨蟹のお肉って、そんなに美味しいんですね……」
「セリアさんも食べますか? 王都の貴族に納品するのは依頼で指定された部位だけでいいはずですし、余った足の肉なんかは宿に持ち帰って、カニ鍋と甲羅焼きにするつもりですから。仕事終わりに『陽だまりのしっぽ』亭へ来てくれれば、ご馳走しますよ」
俺がそう提案すると、セリアさんの亜麻色の瞳がパァッと輝いた。
「ほ、本当ですか!? 行きます! 絶対に定時で仕事を終わらせて行きます!!」
「おいおい、俺の分はないのか?」
「ガストンさんも良かったらどうぞ。美味いエールも冷やしておきますよ」
俺が笑って言うと、ガストンは「ははっ! こりゃあ今夜が楽しみだ!」と腹を抱えて笑った。
俺たちは足取りも軽く、ゴ大迷宮へと向かった。
その後ろを、気配を殺したテイマーギルドマスターのボルグが、ニチャリと嫌な笑みを浮かべながらストーキングしていることなど、この時の俺は知る由もなかった。
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読んでいただきありがとうございます。
面白いと思って書いてはいるのですが、反応がないと不安になったりします。メンタル劇弱なので…
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