第19話:極上の唐揚げと、満員御礼の陽だまりのしっぽ亭
すっかり日の落ちた迷宮都市ゴルドラン。
俺たちの常宿である『陽だまりのしっぽ』亭に帰り着くと、一階の食堂にはまばらではあるが、夕食をとる数名の宿泊客の姿があった。
「あっ、エルヴァンさん! おかえりなさい!」
「お疲れ様です、エルヴァン様。今日も無事に戻られて何よりです」
厨房から顔を出したルカ君とロランさんが、温かい笑顔で迎えてくれる。
「ただいま帰りました。ロランさん、お土産がありますよ。夕飯の足しにしてください」
俺は厨房に入ると、誰にも見られないよう物陰で龍玉のハッチを開け、収納していた『ゲイル・ロックバード』の極上肉を取り出した。ドサッ、ドサッ、と小山のように積み上がる鮮やかな肉に、ロランさんは目を丸くした。
「こ、これは……なんという見事な鳥肉ですか!」
「討伐のついでに狩ってきたんです。俺も手伝うので、これで絶品の唐揚げを作りましょう!
量が量なので、今日泊まっているお客さんたちにも振る舞いませんか?」
俺の提案に、ロランさんは慌てて手を横に振った。
「とんでもない! お客様であるエルヴァン様に、厨房に立たせるわけにはいきませんよ!」
「そう言わずに。それに、この量を一人で捌くのは大変ですよ?」
「うっ……確かに……」
ロランさんは調理台を埋め尽くす肉の山を見て、少しだけ思案した後、嬉しそうにふっと吹き出した。
「ふふっ……敵いませんね。ではお言葉に甘えて、二人でやりますか!」
俺たちは並んでエプロンを締め、早速調理に取り掛かった。
ゲイル・ロックバードの肉は、包丁を入れるだけでその弾力と質の高さが伝わってくる。一口大に切り分けた肉に、すりおろしたニンニクと生姜、そして東方由来の調味料を揉み込んでいく。
本来なら半日ほど漬け込みたいところだが、時間がないため少しだけ強めに揉み、澱粉の粉をたっぷりとまぶした。
「よし、揚げますよ」
熱した油の鍋に、衣をまとった肉を静かに落とす。
ジュワァァァァァッ!!
小気味よい音と共に、一気に香ばしい匂いが弾けた。
ゲイル・ロックバードの肉は、ただの鳥肉とは違う。大空を駆け抜ける魔物特有の、野性味溢れる濃厚な脂の香りと、ほんのりとしたスパイスのような独特の風味が入り混じり、厨房から食堂へと暴力的なまでの『食欲をそそる匂い』が広がっていった。
「うわぁ……! なんだこの匂い、たまらねえぞ!?」
「おい親父さん! 今日の夕飯、とんでもなく美味そうな匂いがするんだが!」
食堂にいた客たちが、たまらず立ち上がって厨房の方を覗き込み、ざわつき始めた。
「よし、揚がりました。まずは味見ですね。ファル、おいで」
――あむっ! ……はふっ、はふっ、あっちゅい! でも、んんん〜〜っ! お肉のあぶらがじゅわ〜ってして、サイコーなの!
龍玉から顔を出したファルが、俺の指から直接唐揚げを頬張り、ほっぺたを落とさんばかりに幸せそうな顔をしている。
ルカ君も、揚げたての唐揚げをいくつか皿に盛り、外の待機所にいるシリウスの元へ走っていった。
「エルヴァンさん、これ……漬け込む時間が短かったはずなのに、とんでもなく美味しいです!」
味見をしたロランさんが、驚きに目を見張る。
「ええ。味が薄い分、逆にゲイル・ロックバードの持つ本来の濃厚な旨味と、独特の風味が前面に引き立ってますね。大成功です」
俺たちは急いで大皿に唐揚げと野菜を盛り付け、客席へと運んでいった。
客たちが歓声を上げ、夢中で唐揚げにかぶりつき始めた、その時だった。
ギィィ……。
宿の入り口の扉が少しだけ開き、武装した数名の冒険者たちが中を覗き込んできた。
「なぁ……表の通りまで、すっげえ美味そうな匂いがしてるんだが……」
「ここ、飯だけの利用はできるか?あー駄目だ、匂いだけで胃袋が限界だ……」
どうやら、換気扇から外に漏れ出した唐揚げの匂いにつられて、腹を空かせた冒険者たちが吸い寄せられてきたらしい。
「いらっしゃいませ! 空き部屋もまだ少しありますので、よろしければお食事もご一緒にどうぞ!」
ロランさんが笑顔で招き入れると、「泊まる泊まる!」と次々になだれ込んできた。
さらにその後も匂いにつられた客が次々と訪れ、閑散としていたはずの食堂は、あっという間に満席になってしまった。
ついには部屋も満室になり、後から入りたそうにやってきた冒険者たちを、ロランさんが「申し訳ありません、本日は満室でして……」と心苦しそうに断る事態にまで発展した。
「親父さん、この唐揚げのおかわりくれ! エールも追加だ!」
「はい、ただいま!」
提供した唐揚げの山は飛ぶように売れ、瞬く間に無くなっていった。
◇ ◇ ◇
「ふう……終わったぁ……」
嵐のような夕食時が過ぎ去り。
お人好しにも皿洗いまで手伝ってしまった俺は、ロランさんの自室である奥の部屋で、お茶を飲みながら深く息を吐き出した。
部屋には俺とロランさん、ルカ君、そして窓から顔を覗かせるシリウスと、満腹になって仰向けで寝転がっているファルがいる。ちょっとした「お疲れ様会」だ。
「エルヴァン様……本当に、何から何まで手伝っていただいて……。それに、宿が満室になったのなんて、何年ぶりか分かりません」
ロランさんが、嬉し涙を拭いながら深々と頭を下げる。
「俺はただ、唐揚げを作っただけですよ。でも、これだけ繁盛したのは……」
俺は、床で「んきゅ……」と寝言を言いながら腹を出して寝ている、もふもふの幼児竜を見下ろした。
「ファルは、俺たちだけじゃなくて、この陽だまりのしっぽにも、大きな幸運を招いてくれたみたいですね」
『そうだね!ファルお爺ちゃん、ただの食いしん坊じゃなかったんだね!』
シリウスが笑って鼻を鳴らす。
ルカ君も「お馬さんも、ファルちゃんも、エルヴァンさんも、だーいすき!」と笑って、ファルの膨らんだお腹を龍玉越しに眺めている。
美味しいご飯と、満員御礼の活気、そして温かい笑い声。
迷宮都市での波乱万丈な一日は、こうして満ち足りた幸福感の中で幕を閉じるのだった。
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読んでいただきありがとうございます。
面白いと思って書いてはいるのですが、反応がないと不安になったりします。メンタル劇弱なので…
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