第14話:ファルの伝説
翌朝。『陽だまりのしっぽ』亭の一階にある小さな食堂には、温かいスープと焼きたてのパンの匂いが漂っていた。
「エルヴァンさん、シリウスさん、ファルさん。おはようございます!」
「おはよう、ルカ君。……えっと、さん付けはやめてくれないか? なんかむず痒いからさ」
「ふふっ、エルヴァンさんは照れ屋さんですね」
すっかり顔色が良くなり、元気に厨房に立つロランさんが朗らかに笑う。
彼らが作ってくれた朝食をいただきながら、俺は足元でくつろぐシリウスの首筋を撫でた。
「しかし、シリウスは最近大活躍だな。野犬の群れも、昨日のタイラント・ボアも一撃だったし、ロランさんの悪夢まで払ってくれたし」
「うんっ! シリウス、すっごく強くて優しくて、格好いい!」
俺とルカ君にベタ褒めされ、シリウスは『えっへん!』と鼻息を荒くして胸を張った。
『僕にかかればこれくらい当然だよ! エルヴァンのためなら、これからもドカーンと大活躍してあげるからね!』
「ああ、頼りにしてるよ、相棒」
俺が笑ってシリウスの鼻先を撫でていると、シリウスはチラリと隣を見た。
そこでは、龍玉のハッチから身を乗り出したファルが、短い両手で抱え込んだパンを「あむあむ」と幸せそうに頬張っていた。
『それにひきかえ……ファルお爺ちゃんは、玉の中で寝て、食べて、また寝てるだけだよね』
――むぐっ!?
『な、なにもしてないわけじゃないの! ぼ、ぼくは、ただここにいるだけで、エルヴァンたちはいーっぱい恩恵をうけてるんだからね!』
「恩恵? 世界樹の葉っぱをくれたことか?」
『それもあるけど、ちがうの! ぼくはね、むかしから『幸運の白竜』ってよばれてるんだよ! ぼくと一緒にいる人には、次から次へとはっぴーなことがおこるの!』
短い手足をブンブンと振り回し、一生懸命に自分の凄さをアピールするファル。だが、その姿は完全に「パンを食べてご機嫌なハムスター」である。
「へーー。そうなのか。すごいなー」
『ふーん。じゃあ、今夜の夕飯のお肉が大きくなったりするの?』
――むきーっ! ふたりとも、ぜったい信じてないお顔なの!
俺とシリウスが話半分に適当な相槌を打っていると、朝食の片付けをしていたロランさんが、ハッとしたように手を止めた。
「幸運のホワイトドラゴン……。ファル様、もしかして……伝説に語られる『万象に福をもたらす神獣』のことですか?」
――えっ? うんっ! たしか、そんなふうに呼ばれていた事もあるよ!!
ファルがコクコクと頷くと、ロランさんは信じられないものを見るように目を見開いた。
「ロランさん、何か知ってるんですか?」
「ええ……。子供の頃、祖父から聞いたことがあります。この世界には、ただそこに存在するだけで周囲の『負』を払い、『正』の縁を引き寄せる特別な白竜がいると。その竜が歩む道には奇跡が満ち、共に歩む者はどれほど困難な状況でも必ず最善の未来へ導かれる……。その竜こそが、伝説の『幸運のホワイトドラゴン』なのだと」
ロランさんの語る壮大な伝説に、食堂がシンと静まり返った。
「その白竜の名は、幸運を司る神獣。……まさか、それがファル様の本当の……」
ロランさんとルカ君が、畏敬の念を込めて龍玉を見つめる。
当のファルは『えっへん! ぼく、すごいの!』とふんぞり返っているが、見た目が幼児なので威厳は皆無だ。
「……幸運を司る、神獣」
俺はポツリと呟いた。
考えてみれば、迷宮都市へ向かう道中でファルに出会い、仲間になってくれた。そしてこの広いゴルドランの街で、ロランさんたちのような優しい家族の営む『陽だまりのしっぽ亭』にたどり着けた。
「……そっか。俺たちがこの街でこんなに温かい宿に出会えたのも、ファルが一緒にいてくれたからなのかもしれないな。お前が、俺たちを良い『縁』に導いてくれたんだな」
――えっ?
俺が優しく頭を撫でると、ファルは少し照れくさそうに目を丸くした。
『ち、ちがうよ! エルヴァンが、ぼくたちに美味しいご飯と、優しい言葉をくれたから……だから、神様がエルヴァンにご褒美をくれたんだよ!』
「ははっ、そうか。でも、ありがとうな、ファル」
俺が笑うと、隣で聞いていたシリウスも『まぁ、ファルお爺ちゃんもたまには役に立つってことにしてあげるよ』と優しく鼻を鳴らした。
「さてと! 美味しい朝ご飯も食べたし、伝説のホワイトドラゴンもついてるんだ。今日もさっそく、冒険者ギルドに行って新しい依頼を探してこようと思う。しっかり稼がないとな!」
「はい! いってらっしゃいませ、エルヴァンさん!」
ロランさんとルカ君に見送られ、俺たちは元気よく宿を飛び出した。
足取りも軽く、俺たちは迷宮都市ゴルドランの『冒険者ギルド』へと向かって歩き出した。
――この後、ギルドマスターから直々に呼び出しを受け、面倒な事態に巻き込まれることになるとは、この時の俺は知る由もなかった。
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読んでいただきありがとうございます。
面白いと思って書いてはいるのですが、反応がないと不安になったりします。メンタル劇弱なので…
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