第13話:ホーム
不治の風土病から奇跡的な回復を遂げたルカの父親は、泣きじゃくるルカ君をしっかりと抱きしめ、何度も何度もその背中を撫でていた。
やがて落ち着きを取り戻すと、お父さんはベッドからゆっくりと身を起こし、俺に向かって深く頭を下げた。
「エルヴァンさん……いや、エルヴァン様。なんと御礼を申し上げればよいか。申し遅れました、私はこの『陽だまりのしっぽ』亭の主で、ロランと申します。あなたは私たち親子の命の恩人です」
「頭を上げてください、ロランさん。俺はたまたま居合わせただけですから」
俺が慌てて制止すると、ロランさんは不思議そうな顔をして首を傾げた。
「ところで……一つ聞いてもよろしいでしょうか。私はずっと、恐ろしい悪夢にうなされていました。ですが先ほど、急に温かくて幸せな夢に変わり、そこから深く眠ることができたのです。あれは一体、何だったのでしょうか?」
「えっと、それは……」
「それに、私の病。妻を死に追いやったこの風土病は、どんな高位の治癒魔法でも治らないはずでした。それが、あんな一杯の薬湯で全快するなんて……どういうことなのでしょうか?」
真っ直ぐな問いかけに、俺は言葉に詰まった。
シリウスがナイトメアであること。
ファルが神獣の白竜であること。
そして、ファルが取り出した葉っぱが【世界樹の葉】という伝説級の代物であること。
本来なら、絶対に隠しておかなければならない秘密だ。もしギルドや悪徳商人に知られれば、この宿にまで迷惑をかけてしまうかもしれない。
どう誤魔化そうかと迷っていると、ルカ君がそっとロランさんの袖を引いた。
「お父さん。僕、見たんだ。あのお馬さんが青い炎を出して、お父さんの悪夢を消してくれたの」
「青い、炎……?!」
ロランさんが驚いたようにシリウスを見つめる。
俺は、ベッドの脇で静かに佇むシリウスと、胸元の龍玉の中でこちらの様子を窺っているファルを見た。
(……この親子になら、話してもいいかもしれないな)
魔物を道具としか見ないこの世界で、「魔物も家族」と言い切り、こんなにも優しい宿を作った人たちだ。俺は小さく息を吐き、覚悟を決めた。
「ロランさん、ルカ君。どうか、今から話すことは誰にも言わないと約束してくれませんか?」
「もちろんです。命に代えても守ります」
「実は……俺の相棒たちは、ちょっと訳ありでして……」
俺が頷くと、シリウスが一歩前へ進み出た。
『僕が悪夢を幸せな夢に代えたんだ。僕はナイトメアだからね。でも、人を傷つけるようなことはしないから、安心してほしいな』
念話による直接の語りかけと、「ナイトメア」という恐るべき名前に、ロランさんは大きく目を見開いた。だが、そこに恐怖の色はない。
「ナイトメア……悪夢を見せ、命を刈り取るという伝承の……。いや、あの温かい夢をくれたあなたが、邪悪な存在であるはずがない」
『えへへ、ロランさん、わかってるね!』
――ぼくも! ぼくもえらいんだよ!
シリウスが誇らしげに胸を張る横で、今度はファルが龍玉のハッチから身を乗り出した。
『おじやに入れたはっぱはね、ぼくがむかしむかしに拾った「せかいじゅのはっぱ」なの! そして、ぼくはドラゴンなんだよー!』
「ど、ドラゴン!? この可愛らしい小さな生き物が!?」
ふわふわネズミサイズの幼児語ドラゴンという情報量の多さに、ロランさんは完全に混乱して目を回しかけている。
俺は苦笑しながら、テイマーギルドを追放されたこと、彼らと『魂の契約』を結んだこと、そして身を隠すためにファルが幼児化してしまっていることなどを、かいつまんで説明した。
「……なるほど。信じられないようなお話ですが、私の体が完全に治っているのが何よりの証拠ですね。神獣様たちと、それを束ねる真のテイマー様だったとは」
「束ねるなんて大層なもんじゃないですよ。ただの、よく食べる家族みたいなもんです」
俺が肩をすくめると、ロランさんは涙ぐみながら俺の手を両手で固く握りしめた。
「エルヴァンさん。私たちにできる恩返しなどたかが知れていますが……せめて、あなたがゴルドランに居る間は、どうかこの『陽だまりのしっぽ』亭をあなたの家だと思ってください。宿泊代も食事代も、一切受け取りません。ずっと無料で使ってください!」
「えっ!? いや、そういうわけには……宿の経営だって大変でしょうし」
「いいえ! 命を救ってもらった上に、神獣様から世界樹の葉までいただいたのです。お金を取るなどバチが当たります!」
頑として譲らないロランさんの剣幕に、俺はタジタジになってしまった。
「ルカからもお願い! ずっとここにいて! 僕、お部屋の掃除も、お馬さんのブラッシングもいーっぱい頑張るから!」
『ほんと!? じゃあルカ君、僕のたてがみ、ふわふわに梳かしてよ!』
――ぼくも! ぼくもあした、おなかナデナデしてほしいのー!
ルカ君にすり寄るシリウスと、龍玉の中から短い手足を伸ばしてアピールするファル。ルカ君は満面の笑みで「うんっ!」と頷き、シリウスの首に抱きついた。
夜更けの静かな宿屋に、温かい笑い声が響き渡る。
ずっと孤独だった俺たちに、迷宮都市での『帰る場所』ができた瞬間だった。
「……それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます。これからよろしくお願いします、ロランさん、ルカ君」
俺が深く頭を下げると、二人はこれ以上ないほど嬉しそうな笑顔で頷いてくれた。
波乱万丈だったゴルドランでの一日目は、こうして優しさと温もりの中で更けていくのだった。
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読んでいただきありがとうございます。
面白いと思って書いてはいるのですが、反応がないと不安になったりします。メンタル劇弱なので…
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