第12話:世界樹の葉
古びているが、どこか温かい匂いのする宿屋、『陽だまりのしっぽ』亭。
俺は一階の厨房を借りて、夕食の準備に取り掛かっていた。宿に残っていた麦や野菜に加えて、昼間に討伐したタイラント・ボアの肉を使う。
ただし、ステーキにした極厚のロース肉ではなく、少しだけ取っておいた保存用の燻製肉だ。
「お父さんはずっと寝込んでいるんだよな。なら、消化に良くて胃に優しい料理にしよう」
タイラント・ボアの肉は栄養価が高く魔力も豊富だが、脂身が多いため病人には重すぎる。俺はナイフを使い、燻製肉から脂身を丁寧にトリミングして取り除き、赤身の部分だけを細かく刻んで煮込み鍋に入れた。
料理が完成し、俺はルカ君と一緒にお父さんの様子を見に寝室へ向かった。
ベッドに横たわるお父さんは、ひどく苦しそうに顔を歪め、うなされながら眠っていた。
「……お父さん、また苦しそう。起きたら、温かいご飯を食べさせてあげるからね」
ルカ君が悲しそうに呟いた、その時だった。
『――ねえ、エルヴァン。聞こえる?』
不意に、脳内にシリウスの声が響いた。従魔対応の部屋で休んでいるはずのシリウスからの念話だ。少し距離は離れているが、真の相棒契約を結んだ俺たちは、この程度の距離なら会話もできるし、お互いの感覚を共有することもできる。
『ルカ君にお願いして、僕をお父さんの側に連れて行く許可をもらってくれないかな』
(シリウスを? どうして……)
俺が困惑して念話を返すと、シリウスの真剣な感情が伝わってきた。
『僕なら、お父さんの苦しみを少しだけ和らげてあげられるかもしれないから』
俺はシリウスを信じ、ルカ君に振り返った。
「ルカ君。うちのシリウスは、少し特別な能力を持った馬なんだ。もしかしたら、お父さんを少し楽にしてあげられるかもしれない。部屋に入れてもいいか?」
ルカ君は驚きつつも、「お父さんが楽になるなら……!」と快諾してくれた。
静かな足音を立てて寝室に入ってきたシリウスは、ベッドの側に歩み寄ると、静かにその透き通る青い瞳を閉じた。
ボッ――!
途端に、シリウスの美しい漆黒の鬣と蹄に、青い炎がブワッと纏わりついた。
「ひっ……!? ほ、炎が……!」
怯えて後ずさるルカ君の肩を、俺は優しく抱いてなだめた。
「大丈夫だ。あの炎で家は燃えないし、お父さんも熱くないはずだよ」
俺の言葉通り、青い炎は周囲を焦がすことなく、ただ幻想的に揺らめいている。やがて炎がスッと消え去ると、信じられないことが起きた。
先ほどまで苦悶の表情を浮かべていたお父さんの顔が、嘘のように穏やかになり、すやすやと規則正しい寝息を立て始めたのだ。
『……お父さん、とっても怖い夢を見ていたみたい。だから、幸せな夢に代えておいたよ』
(そうか。ナイトメアは人に悪夢を見せる魔物だと言われているけど……シリウスみたいに優しいナイトメアなら、幸せな夢を見せることもできるんだな)
久しぶりに見るお父さんの穏やかな寝顔。
それを見たルカ君は、ボロボロと涙をこぼしながらシリウスの首元にギュッと抱きついた。
「お馬さん……ありがとう、ありがとう……!」
『えっ!?』
炎を見て怖がられると思っていたシリウスは、驚いたように目を丸くした。しかし、すぐに嬉しそうに目を細め、ルカ君の頭を鼻先で優しく撫でる。
『……エルヴァン。この宿屋の人たちは、君と同じでとっても優しい人たちだね。お父さんのこと、なんとか助けられないかな?』
シリウスの言葉に、俺はルカ君に向き直った。
「ルカ君、お父さんの病気は一体なんなんだ?」
俺の問いに、ルカ君は嗚咽を漏らしながら答えた。
「お母さんが亡くなったのと同じ、風土病なんだ……。お医者様にも診てもらったけど、もう薬が効かなくて……このままだと、お父さんもお母さんみたいに……っ!」
ついに泣き崩れてしまったルカ君を、シリウスが心配そうに寄り添って慰める。俺もなんとかしてやりたいと必死に頭を回すが、ただのテイマーである俺に難病を治す方法など思いつくはずもない。
その時だった。
――カラカラカラカラッ。
廊下から、聞き覚えのある音が転がってきた。ファルが入った龍玉だ。
寝室に入ってきた龍玉は、パカッと上部のハッチを開き、中からファルがひょっこりと顔を出した。その短い前足には、淡く光り輝く一枚の『葉っぱ』が握られている。
『エルヴァン! このはっぱを、おじやにまぜてのませてみなよー!』
「ファル、それは……?」
『むかしむかしからある、せかいじゅのはっぱ! どんなおびょうきも、ピカピカになおっちゃうんだよー!』
万病に効く世界樹の葉だと!? そんな国宝級のアイテムを……。
「お前、そんなのどこにしまってたんだよ!?」
『えっへん! ひ・み・つ・なの!』
ファルが得意げに胸を張る。今は出処をツッコんでいる場合じゃない。俺は急いでファルから葉を受け取ると、先ほど作ったボア肉のスープで葉を煎じ、薬湯を作った。
「ルカ君、これを少しずつお父さんに飲ませてあげてくれ」
ルカ君が震える手で薬湯をお父さんの口に含む。
すると――まさに奇跡だった。お父さんの土気色だった顔色がみるみるうちに生気を取り戻し、健康的な赤みが差していく。
やがて、お父さんの瞼がゆっくりと開かれた。
「……ルカ? それに、お客さん……? なんだか、ひどく体が軽いんだが……」
「お父さんっ……! お父さぁぁぁんっ!!」
完全に意識を取り戻した父親の胸に、ルカ君が泣き叫びながら飛び込む。お父さんも戸惑いながら、しっかりと我が子を抱きしめ返した。
泣きながら抱きしめ合う父と子。その姿を見守りながら、俺とシリウス、そしてファルは、静かに顔を見合わせて微笑んだのだった。
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読んでいただきありがとうございます。
面白いと思って書いてはいるのですが、反応がないと不安になったりします。メンタル劇弱なので…
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