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第11話:陽だまりのしっぽ亭

 迷宮都市ゴルドランの夜は早い。


 大通りこそ魔石の街灯で明るく照らされているが、一本路地裏に入れば、そこは欲望と暴力が渦巻く暗がりだ。


「……おい、ガキ。さっきギルドで大金受け取ってただろ。大人しくその革袋を置いていけば、命だけは助けてやるよ」


 宿を探して薄暗い路地を歩いていた俺たちの前に、刃物を持った柄の悪い男たちが三人、ニヤニヤと笑いながら立ち塞がった。

 さらに背後からも二人の男が退路を塞ぐように現れる。定番の初心者狩りというやつだ。


「はぁ……。どこの街にもこういう輩はいるんだな」

 俺がため息をついた瞬間だった。


『エルヴァンに刃物を向けるなんて……万死に値するよ』

 隣を歩いていたシリウスが、スッと目を細めた。


 ドンッ! と前足で石畳を強く叩きつけると、シリウスの蹄から『青い炎』がバチバチと火花を散らして燃え上がった。周囲の空気が一瞬にして凍りつき、ナイトメア特有の底知れぬ殺気が路地裏を満たす。


「ひぃっ!? な、なんだこの馬、炎を……!?」

「ば、化け物だァァァッ!!」


 男たちは泡を吹かんばかりの顔で悲鳴を上げ、武器を放り出して蜘蛛の子を散らすように逃げていった。ものの十秒の出来事だった。


『ふふん。エルヴァンのためなら、僕があいつらを丸焼きにしてあげたのに』

「街中でそんなことしたら俺たちが捕まるだろ。脅すだけで十分だ、ありがとうな」

 俺はシリウスの首筋を撫でながら、シリウスの正体バレないだろうなと不安を抱きつつも、再び宿探しの足を動かした。


 しかし、なかなか良い宿が見当たらない。立派な宿は「馬は厩舎きゅうしゃに繋いでくれ」と冷たくあしらわれ、かといって厩舎付きの安い宿は不衛生すぎて、とてもじゃないが大事な相棒を休ませる気になれなかったのだ。


 ――うぅ……。ぼく、おっきくなって、のびのびゴロゴロしたいのー。


 胸元の龍玉の中で、幼児化したファルが窮屈そうに水晶の壁に頬を押し付けている。


「気持ちはわかるけど、街の中で元のサイズに戻るのは無理だぞ。城壁よりデカいドラゴンが出現したら、ゴルドラン中が大パニックになる」


『そうだね。でも、いつか大きなお家が欲しいな。ファルお爺ちゃんが元の姿で寝転がれるくらい大きな庭があって、僕も思い切り走れるようなさ!』


「大きな家か。……ああ、いいな。いつか絶対に手に入れよう」

 俺は笑って頷いた。いつかそんな最高の居場所を作るためにも、今はしっかり稼がないとな。


 とはいえ、今夜の寝床だ。


「仕方ない。諦めて、今日は街の外に出て野宿でもするか」

 俺たちが踵を返して城門の方へ向かおうとした、その時だった。


 ふと、大通りから少し外れた静かな場所に、古びた木造の宿屋があるのが目に留まった。看板の文字は擦り切れているが、建物自体は古くとも隅々まで手入れが行き届いており、どこか温かい雰囲気を感じる。


「最後に、あそこだけ聞いてみるか」

 カラン、とくすんだベルを鳴らして中へ入る。


 ロビーはこぢんまりとしているが、床の木板はピカピカに磨き上げられていた。しかし、客の姿は一人もなく、ひどく寂れている。


「あの、すみません。宿は空いてますか?」

 俺が声をかけると、カウンターの奥からパタパタと足音がして、十四歳くらいの小柄な男の子が顔を出した。


「いらっしゃいませ! あ、空いてます! 空いてますけど……その……」

 男の子は俺の顔と、背後のシリウスを交互に見た後、途端に申し訳なさそうに俯いてしまった。


「どうしたの? もしかして、やっぱり馬連れはダメだったかな?」

「い、いえ! うちはテイマーさん向けの『従魔対応部屋』があるんです! でも……」


 俺が優しく問いかけると、男の子はポツリポツリと事情を話し始めた。


 今、この宿は彼と父親の二人で切り盛りしていること。母親はずっと前に亡くなってしまったこと。そして、その父親が重い病を患ってしまい、数日前から床に伏せっていること。


「部屋の掃除は僕がやってるんですけど、僕はどうしても料理ができなくて……。食事の提供ができないって伝えると、冒険者の皆さんは他の宿へ行っちゃうんです」

 悔しそうに唇を噛む少年。


 一日の過酷な探索を終えた冒険者にとって、宿での温かく美味い飯と酒は最大の楽しみだ。それがないとなれば、客足が遠のくのも無理はない。


「だけど、うちはテイマーさんに優しい宿なんです。中型サイズの従魔なら、お行儀よくトイレのしつけができている子に限りますけど、厩舎じゃなくて『一緒のお部屋』に泊まれるんですよ」


「えっ、部屋の中にシリウスを入れてもいいのか?」


『本当!? やったぁ! エルヴァンと一緒に寝られる!』

 シリウスが嬉しそうにいななき、龍玉の中のファルも『わーい!』と飛び跳ねた。


「飯なら全く問題ない。なんなら、厨房を少しの間貸してくれないか? 俺が自分たちで勝手に作るからさ」

 俺がそう提案すると、少年の顔がパァッと明るくなった。


「ほ、本当ですか!? もちろん、厨房は自由に使ってください! 食材も少しなら余ってるのを使っていいですから!」


 こうして、俺たちはこの訳ありの宿でお世話になることになった。

 少年――名前をルカというらしい――に案内されたのは、宿の裏手に回ったところにある『従魔専用の入り口』だった。


「ここからなら、ロビーを通らずに直接お部屋に入れます。そこが足洗い場です」

 扉を開けると、そこは土間のような広い玄関になっており、石張りの床の隅には水が出る魔導具と大きなブラシが備え付けられていた。

 俺はシリウスの蹄の汚れをブラシで丁寧に洗い流し、タオルで拭いてやる。


「よし、綺麗になったぞ。上がっていいぞ、シリウス」

『お邪魔しまーす!』


 部屋の中は、人間用の立派なベッドの横に、魔物が寝転がれるような汚れに強い丈夫なマットが敷かれていた。これなら、シリウスも窮屈な思いをせずにゆったりと休むことができる。

 従魔もお客様として扱う店主の気遣いを感じる宿屋だ。


「すごいな。こんなにテイマーや魔物のことを考えて作られた宿、初めて見たよ」

「えへへ……お父さんが、従魔も家族なんだから一緒にくつろげる場所を作りたいって、こだわって改築したんです」


 照れくさそうに笑うルカの横顔を見て、俺はこの宿がすっかり気に入ってしまった。


「ルカ君。厨房を借りるお礼と言っちゃなんだが……俺が、君とお父さんの分の夕飯も作っていいかな?」

「えっ! でも、お客さんにそんなこと……」

「いいんだよ。俺、料理にはちょっと自信があるんだ」


 柔らかいマットにダイブして寛ぐシリウスと、龍玉を揺り椅子のように揺らしながら大の字でくつろぐファル。


 今日は、冷たい地面の野宿ではなく、温かい布団で眠れそうだ。

 俺は荷物を置くと、ルカ君と共に厨房へと向かった。

◆◆◆◇◇◇◆◆◆


 読んでいただきありがとうございます。


 面白いと思って書いてはいるのですが、反応がないと不安になったりします。メンタル劇弱なので…

 少しでも面白かったと思っていただけたら、ブックマークや評価を頂けると幸いです。

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