第10話:手のひら返しの受付嬢
迷宮都市ゴルドランの冒険者ギルドは、夕暮れ時を迎えてさらに活気づいていた。
一日の探索を終えた冒険者たちが酒杯を交わし、武勇伝を語り合っている。そんな熱気と喧騒の中へ、俺は重い麻袋を背負って足を踏み入れた。
シリウスは外の待機所で休ませている。
俺が受付カウンターへ向かうと、昼間に俺の登録を担当した受付嬢が、やっぱりな…というように露骨なため息をついた。
「あら、Fランクのテイマーさん。こんなに早く戻ってくるなんて……まさか、もう依頼のキャンセルですか?」
「いや、報告に……」
「無茶をして怪我をする前に諦めたのは賢明ですけど、規定通り『違約金』はまけられませんよ? Bランククエストの違約金ですからね。払えないなら、地下迷宮での強制労働送りになりますけど」
受付嬢がくすくすと失笑を漏らすと、周囲で聞き耳を立てていた冒険者たちもドッと大爆笑した。
「おいおい、あの馬とトカゲの兄ちゃん、もう泣き帰ってきたのかよ!」
「だから言ったろ? 大人しく迷い猫でも探しとけってな! がははは!」
飛んでくる嘲笑と野次。
胸元の龍玉の中で、ファルが『むきーっ! エルヴァンをばかにするなー!』と短い手足をバタバタさせて怒っているのを感じる。
だが、俺は顔色一つ変えず、肩に食い込んでいた重い麻袋をドサリと床に下ろした。
「キャンセルじゃない。討伐の報告だ」
そして、麻袋の口を開け、中からタイラント・ボアの巨大な牙を取り出すと、受付嬢の目の前にドンッ!と重い音を立てて置いた。
大人の腕の太さほどもある、血の匂いが染み付いた鋭利な牙。
「っ……!」
受付嬢の笑みが引きつり、周囲の冒険者たちの笑い声がピタリと止まった。
しかし、受付嬢はすぐに気を取り直したように鼻で笑った。
「ふ、ふふっ。よくできた作り物ですね。どこで拾った動物の骨を削ったんですか?」
「は? 作り物じゃない。正真正銘、タイラント・ボアの牙だ」
「嘘はおやめなさい。駆け出しのテイマーが、しかもあんな馬とトカゲ一匹で倒せる相手じゃありません。
いいですか?
作り物でギルドを騙そうとした場合、偽証の罪に問われますよ? 取り下げるなら今のうちです。……少しは頭を使いなさいな」
小馬鹿にしたような説教。
それにつられて、静まり返っていた冒険者たちが「なんだ、偽装かよ」「見栄っ張りも大概にしろよな」と再び嘲笑の声を上げ始める。
さすがの俺も、これには苛立ちを隠せなかった。
「……いいから、さっさと鑑定してくれ。魔導具を持ってるんだろ」
「やれやれ。痛い目を見ないとわからないようですね」
受付嬢は呆れたような仕草で、カウンターの下から虫眼鏡のような形をした鑑定用の魔導具を取り出した。
そして、「どうせただの骨が――」と呟きながら、魔導具のレンズを巨大な牙へと向けた。
ピピッ。
魔導具が青い光を放ち、空中に空中に緑色の文字で鑑定結果が浮かび上がった。
【素材:暴君猪の牙】
【鮮度:極めて良好】
【ランク:B】
ギルドの中が、水を打ったように静まり返った。
酒のグラスを傾けていた冒険者たちの手が止まり、ある者は目を剥き、ある者はポカンと口を開けてその文字を見つめている。
「…………えっ?」
受付嬢が、間の抜けた声を漏らした。
彼女の顔からスーッと血の気が引き、次に沸騰したように真っ赤に染まっていく。魔導具を持つ手がガタガタと震えていた。
「こ、これ……本物、です」
彼女の震える声が響いた瞬間、ギルド内に爆発するようなざわめきが巻き起こった。
「おい嘘だろ!?
あのFランク、本当にタイラント・ボアを狩ってきたのか!?」
「しかも傷一つねえ見事な牙だぞ……一体どんな強力な魔物を使役してやがるんだ!?」
周囲の見る目が、嘲笑から「畏怖」と「驚愕」へと完全に切り替わったのがわかった。
すると、先ほどまで俺を小馬鹿にしていた受付嬢が、バンッ!とカウンターに身を乗り出し、猫撫で声で顔を近づけてきた。
「す、素晴らしいですわ、エルヴァン様! まさかこれほどの凄腕テイマーだったなんて! どうか、今後はこの私が、あなたの専属担当になりましょう! ええ、どんなご要望でも優先して――」
「いや、結構です。専属とかそういうのはいいんで」
俺は手のひら返し全開の誘いをやんわりと、しかしきっぱりと断った。
これ以上、こんな面倒な場所で目立ちたくない。
「そんなことより、早く精算をお願いします。俺、今日泊まる宿も決まってないんで」
「あ……は、はい。ただいま!」
受付嬢は顔を引きつらせながらも、慌てて金貨がぎっしり詰まった革袋を用意した。
Bランクの討伐報酬と、素材の買い取り代金だ。
金貨を受け取った俺は、ギルド中の冒険者たちから向けられる、値踏みするような、あるいは羨望の視線にひどい居心地の悪さを感じていた。
――えっへん! エルヴァンがすごいから、みんなビックリしてるの!
ファルが無邪気に喜んでいるのを胸元で感じながら、俺は足早にギルドを後にした。
「お待たせ、シリウス」
『おかえり! 中、ずいぶん騒がしかったけど何かあったの?』
「いや、ちょっと目立ちすぎただけだ。……とりあえず、金はできた。今日からお世話になる宿を探そう」
ギルドから離れ、冷たい夜風に当たりながら、俺たちはようやく一息ついた。
懐も暖かくなったことだし、シリウスとゆっくり休める大きな宿を探しに、ゴルドランの街をぶらつくことにした。
◆◆◆◇◇◇◆◆◆
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思って書いてはいるのですが、反応がないと不安になったりします。メンタル劇弱なので…
少しでも面白かったと思っていただけたら、ブックマークや評価を頂けると幸いです。




