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第1話:追放されたはぐれテイマー

「お前のように魔物に同情する甘い奴は、テイマー《魔物使い》には向いていない。今日でギルドはクビだ。さっさと荷物をまとめて出て行け」

 それが、テイマーギルドのギルドマスターから投げられた最後の言葉だった。


 薄暗いギルドの執務室。分厚い机越しに見下ろしてくるギルドマスターの目には、明らかな侮蔑の色が浮かんでいた。反論する気すら起きず、俺――エルヴァンはただ黙って頭を下げ、ギルドを後にした。


 この世界において、テイマーとは魔物を『支配』する者のことだ。

 強力な電流を流す魔導具や、痛覚を直接刺激する呪いが刻まれた鞭などを使い、魔物に強烈な痛みと恐怖を植え付ける。そうやって自我をすり潰し、絶対的な服従を強いるのが、現在のテイマーの常識であり、絶対のルールだった。


 自分の身の丈に合わない、より強力で凶暴な魔物を使役してこそ、一流のテイマーとして称賛される。少しでも気を抜けば寝首を掻かれるような殺伐とした関係性を、彼らは「力」と呼んで誇っていた。


 だが、昔から動物や自然が好きだった俺には、どうしてもそのやり方が肌に合わなかったのだ。

 言葉を持たない生き物を、ただ道具として痛めつけ、無理やり従わせる。そんなことのためにテイマーになったわけじゃない。俺はただ、彼らと分かり合いたかっただけなのに。


 結果として、痛みを伴う魔導具を使えない俺は、自発的に懐いてくれる角ウサギや小鳥といった、戦闘能力の皆無な弱い魔物しか使役できなかった。稼ぎは少なく、ギルドのお荷物扱い。クビになるのは、時間の問題だったと言える。


「はぁ……田舎に帰るか」

 ギルドハウスを出ると、空はすでに茜色に染まっていた。

 荷物は背中の大きなリュック一つだけ。わずかばかりの路銀が入った革袋が、歩くたびにチャリチャリと寂しい音を立てる。

 これからどうやって生きていこうか。そんなあてのない不安を抱えながら、夕暮れの街道をとぼとぼと歩いていた時のことだ。


 ふと、街道を少し外れた木立の中に、黒い影がぽつんと佇んでいるのを見つけた。

 目を凝らすと、それは一匹の立派な黒馬だった。

 夜の闇をそのまま切り取ったかのような、艶やかで美しい黒毛。引き締まった四肢。だが、その瞳にはどこか深い孤独と、強い警戒心が宿っているように見えた。野生の馬にしては、あまりにも人里に近すぎる。


「どうした? 群れとはぐれたのか?」

 気づけば、俺は自然と声をかけていた。

 魔物を素材か労働力としか見ない他のテイマーなら、絶対にしない行動だ。金になりそうなら無理やり捕獲し、そうでなければ見向きもしないだろう。


 俺の声にビクッと体を震わせた黒馬は、耳を伏せ、こちらを鋭く睨みつけた。今にも逃げ出すか、あるいは蹴りかかってきそうなほど張り詰めた空気が漂う。


「ごめんごめん、何もしないよ。驚かせたな」

 俺は両手を軽く上げ、敵意がないことを示すようにゆっくりとその場に座り込んだ。

 警戒する動物を前にして、急な動きや大きな声は禁物だ。相手のペースに合わせ、自分を小さく見せる。俺はそのまま、ぽつりぽつりと独り言のように話し続けた。


「……実は俺も今日、ギルドをクビになってね。行き場がなくて、とりあえず故郷の田舎にでも帰ろうかってところなんだ。だから、群れから追い出されたはぐれ者同士、なんだか親近感が湧いちゃってさ」

 自嘲気味に笑いながらそうこぼすと、不思議なことが起きた。


 黒馬の張り詰めていた空気が、ふっと緩んだのだ。

 伏せられていた耳がピクピクと動き、俺の顔をじっと見つめ返してくる。まるで、こちらの言葉のニュアンスや感情の波長を、正確に読み取っているかのような賢い瞳だった。


「お前も、一人ぼっちは寂しいだろ。俺もそうさ。……よかったら、少しの間だけでも一緒にいないか?」

 返事があるはずもない。だが、黒馬は逃げ出すことなく、その場に静かに立ち尽くしていた。

 どういうわけか、この黒馬を旅の道連れにするのも悪くない。俺はそう思い、少し離れた場所に手頃なスペースを見つけると、そのまま夜営の準備を始めることにした。


 日が完全に落ちる頃には、パチパチと心地よい音を立てる焚き火が完成していた。

 肌寒い夜の空気に、火の温もりがありがたい。俺は小さな鉄鍋を取り出すと、水筒の水を張り、乏しい路銀をはたいて買った食材を放り込んでいった。

 今日のメニューは、保存食の干し肉と、道端で摘んできた食べられる野草、それに安値で買った少ししなびた根菜を使ったごった煮スープだ。

 お世辞にも豪華とは言えないが、俺は料理を作ることが好きだった。干し肉は細かく刻んで水からじっくりと煮出し、旨味のある出汁をしっかりと取る。そこに乱切りにした根菜を入れ、柔らかくなるまで煮込んだら、最後に野草を散らして風味をつける。


 ただの質素な食材でも、手間をかければそれなりに美味いものになる。ぐつぐつと鍋が煮え立つにつれ、焚き火の煙に混じって、肉の脂と野菜の甘みが溶け出した食欲をそそる匂いが辺りに漂い始めた。


 ぐうぅ……。


 ふいに、すぐ隣から腹の鳴る音が聞こえた。

 驚いて顔を上げると、いつの間にか黒馬が焚き火のすぐそばまで近づいてきていた。その視線は、俺ではなく、鍋の中で煮えるスープに釘付けになっている。


「ははっ、いい匂いにつられちゃったか。でもごめんな、お前の分はないんだ」

 俺は苦笑いしながら、自分の荷物の中からいくつか余っていた根菜の切れ端を取り出した。


「お前にはこっちの野菜をやるよ。ほら、食うか?」

 しかし、黒馬は差し出された野菜には見向きもしない。それどころか、俺が木製の椀にすくい取った肉入りのスープのほうへ、長い鼻先をグイッとすり寄せてきたのだ。


 フンス、フンスと鼻息を荒くして、明らかにスープを要求している。


「こらこら、駄目だって。お前は馬なんだから、肉の入ったスープなんか食べられないだろ? お腹を壊すぞ」

 まるで駄々をこねる子供のような仕草に、俺は思わず吹き出しそうになりながら優しくたしなめた。


 ――その時だった。


『……僕は馬じゃないから、そのスープを食べさせてほしい』

 脳内に、透き通るような少年の声が直接響いた。

 俺は弾かれたように顔を上げ、周囲を見回す。だが、こんな夜更けの街道沿いの森に、俺たち以外の人間がいるはずもない。

 視線を戻すと、目の前にいる黒馬もまた、「しまった」とでも言うかのようにに、目を丸く見開いて、俺の顔を見つめていた。


 意思が、通じた?


 いや、今のは明らかに『言葉』だった。

 パチッ、と焚き火の爆ぜる音が、不自然なほど静まり返った夜の森に響いた。

 この時の俺はまだ、自分の持つスキルが単なるテイムではなく、魔物と完全に心を通わせる『対話』という規格外の力であることに、まったく気づいていなかったのだ。

◆◆◆◇◇◇◆◆◆


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