第四話 緑衣を纏う者の名は
「……人……なの?」
倒れ込んでいた青年は奇妙な格好をしていた。緑や茶色といったまだら模様の服を纏い、頭には兜とらしきものを被っている。
顔にもまだら模様が続いており、黒い杖のようなものが紐で身体に括り付けられている。風貌から見てファルシオン王国の騎士か兵士かと思ったが、王城内でよく見ていた騎士達の鎧や兜とは違う形状をしていた。
アリシアは恐る恐る青年に近づいた。
「……うぅ……が……」
「!……生きてる!?」
青年の呻き声に、アリシアは慌てて声を掛ける。
「あ、あの! 大丈夫ですか!?」
アリシアはしゃがみ込んで青年の身体に触れる。
すると、青年は「……があっ!」と苦痛な表情を浮かべて声を上げた。よく見ると顔には傷があり、血が流れ出ていた。
この人は怪我を負っている。そのことはアリシアにも理解できた。
——どうしたら……どうしたらいいの……?
アリシアには青年を助ける方法が分からなかった。
この世界では怪我をした場合は治癒魔法を使うか、魔法薬で回復させるのが一般的だ。だが、魔力も魔法薬も持たない今のアリシアには、成す術がない。
『黒い紋章も魔力もない第二王女』、『不要な存在』。家族や従者たちから長年言われ続けていた言葉が頭の中で繰り返される。
実際、アリシアには「ひゅーひゅー」と浅い呼吸をしている青年を、ただ呆然と見つめることしかできなかった。
——お願い……します……
不意にアリシアは青年の右手に自分の右手を重ねる。
——私はどうなっていい……でも、どうか……この人を……この人だけでも助けてあげて下さい……
アリシアは祈るように懇願したその時、
「えっ?」
アリシアの右手が白く光り出すと同時に、アリシアの身体が淡い光に包まれた。
「私、何が起きて……⁉」
驚くアリシアの目の前で、青年も同じように光に包まれていた。やがて二人から光が消えると、不思議なことが起きていた。青年の顔から傷が消えており、規則正しい呼吸をしていた。
——傷が……治ってる!?
先ほどまであった傷はおろか、血の痕さえ綺麗に消えていた。
突然の出来事に困惑するアリシアは、自分の身体にも変化があるのに気付く。馬車から投げ出された時にできた擦り傷や打撲の痛みが無くなっていた。
ふと、右手に視線を移す。彼女の右手の甲にはいつの間にか何かの紋章らしきものが刻まれ、赤い光を放っていた。
「何……これ……?」
アリシアだけでなく、手袋をした青年の右手も赤く光っていた。光が収まると、アリシアの右手の甲には赤い紋章だけが残っていた。
——今のは、一体……?
様々なことが起きすぎて、アリシアには理解が追いつかずにいた。
「うっ……ううん……」
声が聞こえた方を見ると、倒れ込んでいた青年が瞼を開けた。
「ここは……俺、何で…」
目の前の状況を確認しようと、青年は身体を起こそうとする。少しばかりよろめきながらも、何とか上半身を起こした。
「俺、確か怪我して……」
青年は怪我を調べるように身体中を探る。そして、驚愕の表情を浮かべた。
「どこも痛くない? 何がどうなって——」
青年が周りを見渡そうとして視線を移した先に、フロルの姿を捉えた。
「うわっ!」
「きゃ!!」
突然青年が声を上げたため、アリシアは驚いて後ろにのけぞって尻餅をついてしまった。
フロルは青年から逃げるように駆け出し、アリシアの後ろに身を隠した。アリシアの声を聞いて、青年はようやく近くに人がいることに気づいた。
「……」
「……」
二人は目線を合わせたまま、沈黙の時間が流れる。お互い、どう声を掛けたらいいか分からなかった。
「えーと……ど、どうもこんにちは」
「えっ、あ、は、はい!」
先に第一声を発したのは青年だった。その声にアリシアはしどろもどろに返事をした。
だが、青年はアリシアから発せられた言葉に目を丸くした。
「あれ、日本語話せるの?」
「ニホンゴ?」
青年の言葉にアリシアは首をかしげる。
「えーと、俺の言葉が理解できるかな?」
「あ、はい。大丈夫です」
アリシアの返答に、青年は「良かった」と呟いて安堵した表情を見せた。
彼は何者なのだろうか。少なくとも今まで見てきた男性には嫌な思いをしたため、アリシアにとって男性というのは恐怖の対象であった。しかし、目の前にいる青年からはそんな雰囲気は感じられなかった。
「あの、ここは一体どこなんですか?」
青年が尋ねてくるも、アリシアは首を横に振る。
「……申し訳ありません、私も詳しく分からないです。多分、『未開拓地』の森の中としか……」
「『未開拓地』?」
「はい、危険な魔物が現れることから禁断の地とされている場所です」
アリシアは頷いて答えるも、青年の言動に疑問を感じた。
彼は未開拓地を知らなかった。ファルシオン王国のみならず、マルスティア大陸にいる人間なら誰もが知っているはずの場所なのに。
「そうですか……」
青年は右手を顎に添えて考え込む。しばらくして再びアリシアに尋ねた。
「ところで、あなたが俺を助けてくれたんですか?」
青年の問いにアリシアは答えられなかった。急に光が出てきて傷を治したなんて、信じてもらえる筈が無い。何よりも魔力なしの自分が彼を助けたなんて、彼女自身が信じられないことなのだから。
「私にも……分かりません。でも……」
アリシアは真っ直ぐに青年を見据える。
「あなたを助けたいと思ったら……突然光って、気づいたらあなたの傷が治っていたんです」
アリシアはありのままの事実を青年に話した。彼に対しては、決して噓をつきたくはなかった。
——大丈夫。噓つき呼ばわりされるのは慣れているから。
アリシアは意を固めて、青年からの返答を待った。
「え~と、詳しいことは分かりませんけど……」
青年はアリシアに向き直ると、深々と頭を下げた。
「助けていただき、ありがとうございます」
初めてのことだった。これまで他者から侮蔑の言葉しか聞かされてこなかったアリシアにとって、感謝の言葉を自分が向けられるなどなかったのだから。「ありがとう」。たったこの一言がアリシアの心をかき乱していった。
青年は立ち上がってアリシアの前に来ると、軽くかがんで右手を彼女の前に差し伸べた。
「立てますか?」
アリシアが見上げた先にはまだら模様の顔ながらも、自分に優しく微笑んでくる青年の姿があった。
こわばりながらも伸ばした右手を青年が掴んだ。力強くもどこか温かみがある手に引き寄せられ、アリシアは空を飛ぶような感覚で立ち上がった。
「お怪我はありませんか?」
「はい、大丈夫です。それで……あの……」
「?」
「あなたは一体……誰なのですか?」
アリシアの言葉に、青年がハッとする。
「失礼しました。そういえば、まだ名前を言ってませんでしたね」
青年はアリシアから少し距離を置くと頭の被り物を取って左手に抱える。そして姿勢を正し、右腕を斜めにして顔の前に掲げた。
「自分は黒木 隼人。日本国陸上自衛隊所属、三等陸尉であります」
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