第二話 下された王命
翌日。
アリシアは自室で、裁縫道具を使ってドレスの修復作業をしていた。
ベッドの上には乱雑に置かれたドレスがあるが、アリシアのではない。
朝日が昇る頃、突然部屋に入ってきたエリシアは、まだベッドで寝ているアリシアの上にドレスの山を投げつけてきた。
「このドレス、全て今日の内に直しておいてね。出来なかったら食事はないと思いなさい」
そう言って、エリシアは部屋から出ていってしまった。
アリシアは無言でドレスに針と糸を通していく。
今日は珍しくアリシア自身もドレスを身にまとっていた。エリシアのものより遥かに質素で、豪勢とは言えないが、アリシアが持っている唯一のドレスだ。
いつもは雑務を行う時には昨日まで着ていた服を着る。だが今日は一日中自室での作業だ。
ドレスが汚れる心配もなく、落ち着いて過ごすことができる。
何よりもドレスを着ていると、かつてお気に入りだった物語の内容を思い出すからだ。
――ある王国に一人の王女が暮らしていた。
王女が森の中で迷い込んでいると、偶然出会った動物に導かれて、一人の男性を見つける。
王女の介抱によって男性は元気を取り戻し、お礼を言って何処かへ去って行く。
ある日、邪悪な魔物が王国に現れて、王国を滅ぼそうとしていた。
王国の国王は娘の王女を差し出す代わりに、国を助けて欲しいと懇願する。
邪悪な魔物の囚われの身となり、絶望する王女。
しかし、そこにかつて助けた男性が現れる。
男性は魔物を討ち倒し、王女を救い出した。
王女は王国には帰らず、男性と共に世界を巡りに旅立つ。
お気に入りだった本は、エリシアによって読めなくなってしまったが、アリシアは内容を覚えていた。
何度も憧れていた。物語の中の主人公に。
自分とは正反対に幸せになった彼女に。
自分とは縁がないと理解していても、求めずにはいられなかった。
一心不乱にドレスの修繕を行うアリシアの前に、フロルがテーブルの上に乗ってきた。
フロルは鼻をピクピクと動かしながら、心配そうにアリシアを見つめていた。
そんなフロルの姿に、アリシアは微笑みかける。
―――もしかして、あなたが見つけてくれるのかな?
物語の中では、主人公の王女は小さな動物によって男性を見つけた。
いつも自分に寄り添ってくれるかけがえのない存在であるフロルに、アリシアはどこか期待した感情を抱いていた。
そんな思いにふけっていると、
「第二王女、おられますか?」
扉をノックする音と共に、男の図太い声が聞こえた。
アリシアは縫っていたドレスをテーブルに置き、扉へと向かった。扉を開けると、鎧を着た一人の近衛兵がその場に立っていた。
「何でしょうか…?」
アリシアは恐る恐る尋ねる。かつて地下牢へ連れていかれた記憶から、近衛兵は苦手な存在だった。
「…国王陛下が御呼びです。今すぐ来るようにと」
「えっ、…お父様が?」
アリシアの問いに、近衛兵は答えずにその場を去っていく。
今までまともな会話すらしてこなかった国王が、アリシアに用があると言ってきた。
アリシアはただならぬ予感を感じずにはいられなかった。
国王がいる謁見の間に辿り着くと、扉の前にいる二人の近衛兵が立っていた。
「アリシア・エル・ファルシオン。おと…国王陛下の要請より、参りました」
アリシアが一瞬言い及んで言葉を直すと、近衛兵達は扉を開けた。
謁見室の中は白い光沢を放つ大理石が施されており、空間の中央を赤色の絨毯が一直線に敷いてあった。絨毯の先に一際大きい椅子に、初老の男が座っていた。
アリシアの実の父親であり、ファルシオン王国の現国王だ。
アリシアは思わず息を呑んだ。地下牢での一件から、普段から国王を避けていた。国王自身もアリシアには興味がない様子であった為、まともに顔を合わせたのは、十数年ぶりであった。
アリシアは息を整えると、謁見の間に入っていく。部屋の中には国王の隣にはラザフォードの姿があり、片隅には王妃とエリシアもいた。殆ど家族と一緒に過ごしたことがなかったアリシアにとって、謁見の間は異様な空気に支配されていた。
アリシアは王座の眼前で立ち止まり、両手でドレスの裾を持ってお辞儀をする
「……アリシア・エル・ファルシオン、参上致しました」
「来たな、アリシア」
国王の声にアリシアは震える。アリシアにとっては声だけではなく、視線や表情、国王という存在自体が彼女に取って恐怖の象徴であった。
「お前に王命を命じる」
「…王命……ですか?」
今まで聞いたことが無い言葉に、アリシアは聞き返した。
「南側にある『未開拓地』の調査をしろ」
その言葉にアリシアは困惑した。
未開拓地。
ファルシオン王国の南側に存在する広大な森と山が連なる場所だ。未開拓地には凶悪な魔物が多数存在しており、これまで幾度となく人の行く手を阻んできた。
ファルシオン王国も過去に領地拡大のため開拓を行おうとした。しかし、魔物との戦闘の損害が大きくなってしまい断念。以来、未開拓地は’’禁断の地’’と呼ばれるようになった。
「私が……ですか…?」
「そうだ。血堕人共の戦いに備えるために、一刻も早い調査が必要だ」
血堕人という言葉に、アリシアは背筋が凍った。
二か月前、ファルシオン王国が同盟国達と共に派遣された先で軍が壊滅した。マルスティア大陸内において事実上最強とされる三国の連合軍が負けた出来事は、三国の政府に大きな衝撃をもたらした。
見るも無残に帰ってきた兵士達は悉く同じことを言った。
「雷鳴の様な音を響かせる黒い杖を持った、赤い丸印を掲げた奴らにやられた」と。
ファルシオン王国等の三国は、戦った敵が印としていた「白地と中央に赤色の丸印」、生き残った兵士達からの証言から敵を血堕人と名付けた。
以降、三国は血堕人の脅威を国中に広げて、来るべき侵略に備えていた。
「今、ファルシオン王国は窮地に立たされている。奴らと戦う為も、使える資源を確保したければならない」
「しかし、それならラザフォードお兄様が適任なのでは?」
アリシアの言葉に国王の隣にいた兄であり、王太子であるラザフォード・アルト・ファルシオンが口を開いた。
「無理に決まっているだろう。騎士団団長である俺がそんな危険な所で何かあったらどうする気だ」
「では、他の大臣様や貴族の皆様では……」
「……彼らも国内の政を優先するからと辞退を申し出てきた」
ラザフォードは横に目線を逸らして言った。
「しかし、末端の身分の者では民の中から未開拓地への協力しようとする者が現れない。そこで…」
国王はアリシアに視線を送る。
「お前を未開拓地へ送ることに決めた。民にはお前が病弱なため表に出てこれないことが知れ渡っている。そんなお前が果敢にも未開拓地へ赴くと知れば、民からの協力が更に得られるだろう」
アリシアは言葉が出なかった。自分が今、国王や国を思惑の為に死地へと行かされるだ。
「明日の朝に発つ。よいな、アリシア」
「で……でも、お父さ……」
何かを言いかけようとするアリシアを、国王が睨みつけた。
アリシアは硬直した。恐怖で身体がすくみ、立っているのもやっとであった。
選択の余地は最初からなかった。
「……承知しました」
アリシアは下に俯きながらも、声を絞りながら言った。
彼女の日常が終わりを告げようとしていた。




