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第十四話 獣人族

「あそこに見えるのが、ボク達の村だよ」


 メリセルに案内されて見えてきたのは、丸太でできた壁だった。王城や騎士団本部を取り囲む塀のようにも見えるが、石壁でできた物しか見てこなかったアリシアにとって、それが塀とはとても思えなかった。


「なるほど、簡素だけどしっかりした防壁だ。監視台と入り口前にも門番が二人、警備体制もしっかりしているな」


 アリシアの隣に立つ黒木が、二つの連なった棒のような物を覗き込みながら、獣人族の作った塀に関心を持っていた。


「クロキさん、それは?」

「これは双眼鏡っていって、遠くのものを見ることができる物です」


 黒木は、アリシアに双眼鏡を渡す。

 アリシアは試しに双眼鏡を覗いてみる。しかし、目の前の風景が小さくぼやけた。


「アリシア様、それ逆です」


 黒木に指摘されて、アリシアは慌てて双眼鏡を反対にして見た。


「凄い……」


 アリシアの視界には、集落の入り口前に立つ槍を持った男の獣人たちがいた。遠くにいるはずなのに、まるですぐ側にいるかのように顔の輪郭まではっきりと見えた。


——あれ?


 双眼鏡で見ていた獣人たちの一人が、そちらを指差していた。すると、門番の獣人二人がこちらに向かって来た。


「どういうことだ、何故人間がここにいる⁉」


 やって来た獣人の一人が、アリシアたちを見て言った。


「メリセル、どうして人間達と一緒にいるんだ⁉」


 もう一人の獣人が、メリセルに問いかけた。


「ちょっと落ち着いてよ! これには理由があるから」

「人間を俺の村に連れてくる理由なんてあるか!」

「だから、落ち着いてってば!」


 メリセルと獣人の男達は言い争いになった。


「おい、お前達! さっさとここから出ていけ!」

「そうだ、人間が獣人族の集落に一体何の用だ!」


 獣人たちが、アリシアたちに槍を突きつけて睨みつけてくる。

 アリシアと黒木は、どうすることもできずに、ただ狼狽えるしかなかった。


「何をしておるのじゃ?」


 獣人達がアリシア達を槍で追い出そうとした時、低い男の声が響き渡った。

 現れたのは、初老の獣人の男であった。


「族長⁉」

「お爺ちゃん⁉」


 メリセルら獣人達が、族長と呼ばれた獣人に驚きの声を上げた。


「メリセルさん、今、お爺様って……」

「うん、これはボクのお爺ちゃん。そして、この獣人族の族長だよ」

「えっ……?」


 アリシアは言葉が出なかった。

 まさか、メリセルが獣人族の長の孫だったとは。


「メリセルよ、何故人間達を儂ら集落に連れて来たのじゃ?」


 獣人の族長が、メリセルに問いかけてきた。


「お爺ちゃん、それよりもこれを見てよ!」


 メリセルがアリシアを指差した。


「……人間の女がどうしたと言うんじゃ?」


 獣人の族長が、アリシアを見て懐疑的な表情になった。


「そうじゃなくて! あの娘の手に持っているのを!」


 メリセルが、アリシアの両腕に抱えられているフロルを示した。

 すると、獣人族の族長は驚愕の表情を浮かべた。


「何じゃこのマナの高さは……? まさか、精霊獣様か……⁉」


 族長の声に、二人の獣人の男たちも驚きの声を上げた。


「精霊獣様だと⁉」

「何故人間と一緒にいる⁉」


 フロルの姿に、獣人族たちがどよめく。


——フロルって、本当に凄い子なんだ……


 メリセルや獣人族の驚きように、アリシアも改めてフロルが途轍もない存在なのだと感じざるを得なかった。


「おのれ! 精霊獣様をどうするつもりだ!」


 獣人の男の一人が、アリシアに槍を突きつけながら向かって来た。

 突然の出来事に、アリシアは立ち尽くしてしまった。


——い、嫌……


 槍が突き刺さるという恐怖に苛まれ、顔を背けてしまう。

 槍の穂先が目前に迫る瞬間、アリシアの前に影が躍り出た。

 

「クロキさん……⁉」


 黒木が槍の先端部分を右手で掴んでいた。


「……武器を収めてくださいませんか?」

「何だ貴様! 邪魔をする気か⁉」


 黒木が冷静に獣人の男に言うが、彼の言葉はアリシア以外には通じない。それ故に獣人の男の怒りを逆撫でしてしまった。


「……」


 黒木が無言のまま、槍を握り続ける。


「この! 離せ!」


 獣人の男が黒木の右手から槍を引き抜こうとする。

 しかし、まるで石像のように微動だにしない黒木の右手から、槍がピクリとも動かなかった。


——クロキ……さん?


 今までの黒木とは違う雰囲気に、アリシアはただならない感情を抱いた。


——……えっ?


 その時、アリシアはあることに気付いた。槍を握る黒木の右手が、赤く光っていたのだ。

 しかし、変化は黒木だけではなかった。


——っ⁉ 私のも⁉


 アリシアの右手に刻まれた紋章が、黒木と同じ様に赤く光を帯びていた。


 メキメキメキ……バキッ!


 何かが壊れる音が響き渡る。

 黒木が握っていた所から、槍が真っ二つに折れたのだ。


「なっ……!」


 獣人の男が驚愕の表情を浮かべながら、引き抜こうとする反動で地面に尻餅をついた。


「……はっ⁉ えぇっ⁉」


 だが、当の黒木も信じられないという表情で槍を握り潰した右手を見つめた。


——光が、消えてる?


 いつの間にか、アリシアと黒木の右手から光がなくなっていた。


——今のは、一体……?


 アリシアが困惑していると、


「クウゥ!」

「あっ、フロル⁉」


 フロルがアリシアの腕から飛び出し、地面に降り立った。そして、獣人族たちに向かい、毛を逆立てさせて唸り声を上げた。


「ヴヴヴッ」


 獣人族よりもはるかに小さなフロルに対して、獣人族の男達は酷く怯えていた。冷や汗を流しながら、身体を震わせている。

 そんな中で族長が一人、フロルの前に歩み寄った。


「申し訳ございません!」


 族長が地面に片膝を突き、フロルに頭を下げた。


「精霊獣様と共にする者に危害を加えてしまったこと、獣人族の族長として深くお詫び申し上げます!」


 懸命に謝罪する獣人族の族長の姿に、フロルは唸り声を止めて見つめた。

 やがて、興味がなくなったかのように後ろに振り返り、アリシアの元まで駆け寄って再び両腕の中に戻っていった。


「人間達よ、入るが良い。儂の家まで案内しようぞ」

「族長! ですが!」

「黙らんか!!」


 反論を言ってきた獣人の男を、族長が一喝した。


「精霊獣様があれ程までお怒りになられていたのだ。精霊獣様の怒りは、全ての精霊の怒りでもある。精霊を尊ぶ我らが、精霊獣様に異を唱えることは許されることではない。良いな?」


 族長の有無を言わせぬ表情に、獣人族の男たちは何も言えなくなった。


「メリセル、お主も一緒に来い」

「ふえっ? ボクも?」


 メリセルが素っ頓狂な声を上げた。

 族長は返答せず、踵を返して集落の中に入っていった。


「あっ、ちょっとお爺ちゃん! 待ってよ!!」


 メリセルが慌てて族長を追い掛けていった。


「アリシア様、俺たちも行きましょうか」

「あっ、は、はい」


 黒木に促されて、アリシアは獣人族の集落へと足を踏み入れた。

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