第十二話 森の先住民
現れた女性は、亜麻色の長髪を揺らし、皮布の鎧を着ていた。両手には片手剣と木製の盾を携えていた。
一瞬、人間かと思ったが、アリシアはその容姿に目を見張った。
頭頂部には獣耳が生えており、腰の後ろからはふさふさの尻尾が見えていた。
「魔物……⁉」
アリシアは思わず声を上げた。
「人間⁉ 人間が何でこの森に⁉」
獣耳の女性は、片手剣をアリシアたちに向けて睨み付けてきた。
「待って下さい! 我々は怪しいものではありません!!」
黒木は拳銃の構えを解き、獣耳の女性に両手を見せながら叫んだ。
「君たち! この森で何をしているんだ!」
「落ち着いて下さい! 俺たちは怪しい者ではありません!」
「早く答えろ! 一体ここで何をしていた⁉」
「聞いて下さい! 俺たちはあの山に行きたいだけなんです!」
——あれ?
アリシアは、二人の会話に違和感を覚えた。
話している内容が全く噛み合っていない。
「おい! さっきから何を言っているんだ!?」
「俺たちは敵じゃないんだ! 頼む、分かってくれ!」
——もしかして……
アリシアは、思い切って黒木に尋ねた。
「あの、クロキさん」
「アリシア様、どうしました?」
「もしかして、あの人の言葉が分からないのですか?」
「っ! あの女性の言葉が分かるのですか⁉」
アリシアの言葉に、黒木は驚愕の表情を浮かべた。
あの女性は、自分と同じくこの大陸の共通言語であるマルスティア語を話していた。
だが、そうなるとおかしい事がある。
黒木と話している時、彼も自然とマルスティア語で話していた。自分とは普通に会話できていたはずなのに、どうしてこの獣耳の女性の言葉が分からないのだろうか。
「彼女は何て言っているんですか?」
「その、私たちが何でこの森にいることを聞いているみたいです」
黒木は困惑しながらも、アリシアに耳打ちした。
「すみませんが、通訳をお願いできますか?」
「わ、分かりました」
アリシアは黒木の言葉を受け取ると、獣耳の女性に向かって話し始めた。
「あの、私たちは決して怪しいものではありません」
「じゃあ、何で人間がこの森にいるんだ?」
「その、あそこの山に行きたいんです」
「あの山に? 何が目的なんだ?」
アリシアは黒木の方をちらりと見た。黒木は内容をアリシアに伝え、獣耳の女性に言った。
「えっと、山を越えた先にジエイタイ……人がいる集落があるんです」
獣耳の女性は眉をひそめた。
「集落? あの山の向こうは密林しかないはずだぞ。そもそも、この森はボクたち獣人族、亜人たちの唯一の住処のはずだ。人間が暮らしているなんて嘘をつくな!」
獣耳の女性が更に警戒心を抱いた。
「本当です。信じて下さい!」
「そんな見え透いた嘘なんて、信じられる訳ないだろ!」
——どうすればいいの……?
アリシアは不安に駆られた。
獣耳の女性は、こちらの話に全く聞く耳を持たない。寧ろ敵対心しかなかった。
「どうやら、これ以外は無理なようですね……」
黒木が意を決した顔になり、獣耳の女性に向けて9ミリ拳銃を構える。
黒い狼の時に使っていた物よりも短かったが、あの時と同様にこれも同じものであるというのがアリシアには分かった。
「クロキさん、駄目!」
アリシアは止めようとするが、黒木は構えを解かなかった。
「すみません、アリシア様。あの女性がこちらに危害を加えようとするなら、俺も撃たざるを得ません」
黒木は本気だった。
お互い武器を手に睨み合う黒木と獣耳の女性を前に、アリシアはただ見ていることしかできなかった。
あわや戦いが始まろうとした瞬間、
「クウゥ~」
一触即発の二人の前に、フロルが駆け寄って来た。
「フロル!?」
アリシアが、思わず目の前にいるフロルに目を丸くした。
「何だこの動物? 邪魔をするなら——」
獣耳の女性はそう言いかけて、フロルの姿を凝視した。
「そんな……この子、いや、この方はまさか……"精霊獣"様!?」
——精霊獣?
聞いたことのない単語に、アリシアは首を傾げた。
彼女は確かに、フロルのことを精霊獣と呼んだ。
精霊とはこの世界にとって自然の源である存在だ。この世界を創造したとされる『陽光の女神』と精霊によって、全ての生命は誕生したとされている。
——フロルは、精霊ってことなの?
あまりにも急な展開に、アリシアは理解が追いつかないでいた。
「アリシア様、彼女は一体どうしたんですか?」
突然、雰囲気が変わった獣耳の女性の様子に、黒木がアリシアに尋ねた。
「その、あの人がフロルのことを精霊獣と言っていまして」
「せいれいじゅう? 何ですかそれは?」
「いえ、私にも分かりません」
アリシアは、黒木の問いに首を横に振った。
「君たち! 何で精霊獣様と一緒にいるんだ!?」
獣耳の女性が、険しい剣幕でアリシアたちに叫んで来た。
「その、フロルは私が幼い頃に出会いました。それからは、ずっと一緒にいました」
「一緒にいた? 精霊獣様が人間と一緒にいるなんてあるはずない! まだ嘘をつくのか!?」
獣耳の女性が更に捲し立てた。
「精霊獣様、待っていてください! ボクがあなた様を邪悪な人間から救って——」
獣耳の女性は片手剣を構え直して、アリシアたちに迫ろうとした時、
「グオゥゥゥ!」
突如、林の中から額に角を生やした猪のような魔物が三人の目の前に現れた。
「ワイルドピック⁉ こんな時に!」
「こいつ、あの時の!?」
獣耳の女性と黒木が、驚きの声を上げる。
ワイルドピックは、近くにいた獣耳の女性に目掛けて突進攻撃して来た。
「くっ!」
獣耳の女性は、咄嗟に盾を使って突き出された角を防いだ。しかし、衝撃をそのまま受けてしまい、跳ね飛ばされてしまった。
「かはっ!」
獣耳の女性は、受け身ができず地面に叩きつけられた。
何とか起き上がろうとしていると、ワイルドピックが速度を落とし、大きく曲がって反転した。
そして、再び獣耳の女性に振り返ると、加速をつけて突進して来た。
獣耳の女性の顔に焦りが浮かぶ。
「アリシア様! ここにいて下さい!」
黒木は素早く駆け出すと、木に立て掛けていた20式小銃を手に取る。
ワイルドピックの真正面をとらえると、膝を折って腰を下ろす。
「伏せろ!」
黒木は20式小銃を構えて叫んだ。獣耳の女性は、声に反応して地面に伏せた。
20式小銃からけたたましく音が鳴り響くと、ワイルドピックの顔面周辺に無数の穴が形成されていく。
急所を損傷したワイルドピックは白目を剥き、横にバランスを崩した。
倒れ込んだワイルドピックは、突進の勢いのまま砂埃を上げながら地面を滑った。
やがて動きが止まると、ワイルドピックは物言わぬものへとなっていた。




