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気づかない男

作者: KUMICHOU

朝6時30分、スマホのアラームが鳴る。単調な電子音、いつもと同じ。佐藤健太、32歳、都内のIT企業に勤める会社員は、目をこすりながらベッドから這い出す。

カーテンの隙間から朝日が差し込み、部屋の隅に積まれた洗濯物の山を照らす。昨夜、Netflixで海外ドラマを2話見てしまい、洗濯を忘れた。また今夜でいいか、と健太は思う。窓の外で、遠くから奇妙なサイレンの音が聞こえるが、健太は気にしない。いつもの街の喧騒だ。

1Kのアパートは築15年、家賃8万円、駅から徒歩10分。隣の大学生が夜中にギターを弾くのが気になるが、今朝は静かだ。洗面所で顔を洗い、歯を磨く。鏡に映る顔は昨日と変わらない。少し目が腫れぼったいのは、昨夜のビールのせいだろう。キッチンで電気ケトルをオンにし、インスタントコーヒーを用意。お湯が沸く間、冷蔵庫を開ける。食パン、卵、ヨーグルト、納豆。いつも通り、食パンにバターを塗って食べることに。トースターのカリッとした音とバターの香りが、朝のルーティンを始める合図だ。

テレビをつけると、ニュースキャスターが少し慌てた口調で「都内で異常現象が多発」と話しているが、健太はチャンネルを変える。バラエティ番組の方が気分が楽だ。

7時15分、着替えて家を出る。スーツはグレー、シャツは白、ネクタイは紺。クライアントとの打ち合わせがあるから無難な格好だ。玄関で靴を履きながら、読みかけの文庫本をカバンに放り込む。通勤電車で読めたらいいが、いつも混雑で無理だ。

外に出ると、近所のコンビニの前で店員の女性が、空を見上げて何か叫んでいる。健太はいつもの「おはようございます」の会釈を返すが、彼女は気づかず、空を指さして同僚と騒いでいる。健太は「忙しい朝だな」とだけ思い、駅へ向かう。

道端で、ゴミ収集車がなぜか宙に浮いているが、健太はスマホをいじっていて見逃す。駅のホームはいつもより騒がしい。電車は2分遅れの表示。改札付近で、スーツ姿の男性が「UFOを見た!」と興奮気味に電話で話しているが、健太はイヤホンを耳に突っ込み、Spotifyのプレイリストを流す。J-POPの軽快な曲が、ホームのざわめきを遮断する。

電車が到着し、ぎゅうぎゅうの車内に乗り込む。吊り革につかまり、スマホをチェック。メール、SNS、ニュース。会社のSlackに、昨日のプロジェクト進捗のメッセージがいくつか。急ぎではないので後で読む。車内の広告はいつも通り、歯磨き粉や英会話スクールだが、一枚だけ「地球外生命体との対話マニュアル」と書かれたポスターがある。健太は「変な広告だな」と一瞥するが、すぐ忘れる。隣のサラリーマンが、スマホで「謎の光球が都心上空に!」というニュース記事を読んでいるが、健太は自分のSNSをスクロールし続ける。

8時20分、会社のある駅に到着。オフィスまでは徒歩5分。ビルの1階のカフェは、なぜかバリケードで封鎖され、警察官が数人立っている。カフェのガラス窓には、緑色の粘液のようなものがべったり付いているが、健太は「改装でもしてるのかな」と考え、素通りする。

エレベーターで9階に上がり、オフィスに入る。カードキーをかざすと、ガラスドアが開く。「おはようございます」と同僚の山田さんが声をかけてくるが、いつもより声が震えている。健太は「おはよう」と返す。山田さんは新聞を握り潰すように持ち、額に汗をかいている。「佐藤さん、ニュース見た? 街が…」と何か言いかけるが、健太は「いや、朝はバタバタしてて」と笑ってデスクに向かう。

デスクでパソコンを起動。メールとSlackをチェック。10時からクライアントとの打ち合わせ、13時からチームミーティング、コードレビューと資料作成。いつも通りのスケジュールだ。給湯室でインスタントコーヒーを淹れる。窓の外で、ヘリコプターが異常に低空で飛び回っているが、健太は「うるさいな」とだけ思う。

デスクに戻り、メールを処理。クライアントからの質問、社内の連絡、来週の会議調整。ルーティンだ。オフィスの窓から、遠くのビルに巨大な影が映っているが、健太はモニターに集中していて気づかない。

10時、会議室でクライアントとの打ち合わせ。相手は大手製造業の担当者、50代の男性と30代の女性。二人ともやけに落ち着きがなく、窓の外をチラチラ見ている。健太は資料をプロジェクターに映し、淡々と新システムの進捗を説明。クライアントの男性が「佐藤さん、こんな時にシステムの話なんて…」と呟くが、健太は「え、すみませんでした、どの部分が?」と聞き返す。女性が慌てて「いや、大丈夫です、続けてください」と言う。質問はいつもより少ないが、打ち合わせは1時間で終了。握手して別れる際、男性が「佐藤さん、気をつけて帰ってくださいね」と意味深に言うが、健太は「はい、ありがとうございます」と無難に返す。会議室を出ると、窓の外で赤い光が点滅しているが、健太は肩を揉みながらデスクに戻る。

12時、昼休み。会社の近くの定食屋へ。道中、街路樹が根こそぎ浮かんで空中で揺れているが、健太はスマホのニュースアプリに夢中で見逃す。定食屋はいつも通り賑わっているが、店員が「テレビ見た? あれ、絶対宇宙人だよ!」と客と話している。健太はカウンターに座り、チキンカツ定食を注文。850円、ご飯と味噌汁がおかわり自由。サクサクのチキンカツを食べながら、SNSをチェック。友人の投稿に「空がヤバい!」と書かれているが、健太は「大げさだな」とスクロールを続ける。食事を終え、店を出る。空は曇っているが、遠くで紫色の雲が渦を巻いている。健太は「天気悪いな」とだけ思う。

13時、チームミーティング。リーダーの田中さんが、明らかに動揺しながら進行する。「えー、皆さん、今日の状況は…まあ、進めます」と言うが、声が上ずっている。議題は次のプロジェクトのスケジュール。健太はメモを取りながら聞くが、内容はいつも通り。隣の鈴木さんが、窓の外を凝視しながら「何か飛んでる…」と呟くが、健太は「集中しろよ」と軽く笑う。ミーティングは30分で終了。田中さんが「とりあえず、各自…気をつけて」と締める。皆がざわつく中、健太はデスクに戻る。

午後はコードレビューと資料作成。鈴木さんのコードに非効率な部分を指摘し、Slackでコメント。資料は来週のプレゼン用。PowerPointで淡々と作業する。オフィスの窓から、巨大な金属製の物体がゆっくり浮かんでいるのが見えるが、健太はモーツァルトのBGMに合わせてタイピングを続ける。

17時、定時が近づく。資料は8割完成したので、明日の朝に仕上げる。Slackに進捗を投稿し、パソコンをシャットダウン。「お疲れ」と山田さんが言うが、なぜか防災バッグを握りしめている。健太は「お疲れです」と返し、オフィスを出る。帰りの電車は空いている。いや、異様に空いている。乗客が数人しかおらず、皆が窓の外を凝視している。健太は吊り革につかまり、文庫本を開くが、1ページで集中が切れ、スマホに切り替える。SNSには「東京上空に未確認飛行物体!」「政府が緊急会見!」と騒がしい投稿が並ぶが、健太は「またバズり狙いか」とスルー。

18時、アパートに到着。玄関前で、隣の大学生が「佐藤さん! 空、見ました!?」と叫ぶが、健太は「いや、忙しくて」と笑って部屋に入る。冷蔵庫から缶ビールを取り出し、テレビをつける。ニュースキャスターが「人類史上初の接触」と叫んでいるが、健太はチャンネルを変え、バラエティ番組を見る。

夕飯は冷凍チャーハンと野菜炒め。フライパンで炒め、醤油で味付け。食べながらYouTubeでゲーム実況を見る。21時、風呂に入り、湯船で今日を振り返る。何も起きなかった、いつも通り。風呂から上がり、パジャマに着替える。外でサイレンが鳴り続け、窓の外に青い光が点滅しているが、健太はカーテンを閉める。22時30分、電気を消し、ベッドに潜り込む。明日も同じ一日だろう。健太はそう思い、目を閉じる。



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