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ライラ・ライブラの若さの秘訣  作者: えとう えと
一章 入学と審査の開始
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二話 二度目の学園生活


「お前への指示はない」

「え?」


 報告を終えて、仕事でもないかと指示を仰いだ私に軍事顧問ケイレブ・ロウはぴしゃりと言った。


「え?じゃない。お前が、報告書の内容を渋ったせいで、『理の象徴』に対しての対応が遅れているんだ。王国を潰す気か?」

「あー。ごめん」


 『理の象徴』の消失はイコール安全であると勝手に解釈していたが、王国のどこかに移動していると考えれば、それは国家を揺るがす事態である。

 しかし、どこかで『理の象徴』は王国に被害を及ばさないとわかっていた。

 根拠のない確信だ。

 ただ、それで王国が滅んでは元も子もないが。


「お前、子供になって判断能力も落ちたんじゃないんだろうな」

「そうじゃないと願ってはいるけれど」


 自覚できれば良いが、難しいところだ。

 今のところ、記憶の欠落もないが、体がこんなことになった以上油断は禁物だ。


「まあ、いい。とにかく、王国はしばらくお前に指示を出さない。休暇でも取っていろ。どうせ、すぐに休む暇もないくらい忙しくなる」


 ケイレブのその言葉を受けて私は、姉さんとアリアの元へ戻った。




 ◆


「で、叔母様は無事無職になられたと」

「アリアちゃん、そんな言い方良くないわよ」


 アリアの言葉が私に突き刺さり、姉さんが注意する。

 だが、アリアの言葉は何一つ間違っていない。

 『至高』は役職ではなく称号だ。

 故に、仕事をもらえなければ失職したも同然だ。


「ただ、どうしたものか」


 王国側とコンタクトを取れば何かしらの仕事は出来ると思っていただけに、全くに方針が定まっていない。

 「う~ん」と唸ってみても良い案は浮かばない。

 二十七年の知識と知恵の蓄積と若々しい今の身体の脳みそを持ってしても無理だった。

 まあ、大して私は頭が良くないのだから、二倍三倍と知恵が働くようになってもたかが知れているのかもしれない。


 そんな風に落胆していると、姉さんが妙案を思いついたとでも言いたそうな表情を浮かべた。


「そうだわ!ライラちゃんも小さくなっちゃったことだし、ウチの子になればいいわよ」

「いやいや」


 無茶を言うなと姉さまを見れば渡りと本気そうな顔をしている。

 穏やかでおっとりとした彼女があんな顔をするのは、ここの家主であるマテオさんを詰めるときか、台所によく出る虫を退治しようとした時くらいだ。

 まあ、でもアリアが「嫌だ」と言うだろう。

 彼女はどうにも私に棘があるし。

 そう思って、アリアを見てみたのだが……。


「良いですね」

「は?」


 姉さんの言葉に賛同していた。


「いや待って。アリアは嫌じゃないの?」

「いえ、まさか。『至高の七十七』たる叔母様が家族になるなんて何たる光栄でしょう。まあ、ですが成長具合を見て叔母さまは十二歳ぐらいですか。私のことはお姉ちゃんと呼んでください。良く可愛がってあげますよ」

「小さい子には優しくしようね」

「叔母さまは二十七歳ですので、少し厳しくいたしますね」


 うーん。これはよくない。


「うんうん。いいわね。なら、学園にも入りましょうか。私とは歳が離れていてできなかったけれど、アリアちゃんとは姉妹で通えるわね」

「姉さん……」


 興の乗った姉さんを説得するのには相当な時間を費やした。




 ◆


「ライラ・ライブラ。お前には学園へ潜入してもらう」

「???」


 数日後また召喚された私はケイレブにそんな言葉を言われた。

 

「貴方にはがっかりよ。まさか盗聴の趣味があるとはね」

「は?何を言っている?」


 眉間に皺を寄せるケイレブは「まあいい」と続けた。


「丁度お前の姪のアリア・ライブラがいるだろう、彼女の妹として学園へ入れ」


 この男、本当に盗聴してたんじゃなかろうか。

 そう思わせる言葉に私は更に訝しむ。

 しかし、仕事の話だ。意識を切り替えよう。


「で、仕事の内容は?王子の護衛?それとも、不穏分子の排除?」

「なんだそれは?……ただの再審査だ。『至高』である事実は変わらないが、王国側はお前の存在を測りかねている」


 確かに目に見えて身体が縮んだ私に対して疑念を抱くのはおかしくないか。

 判断能力、魔術技能、その他もろもろの通常の『至高』の審査に加えて、『象徴』の影響が本当に体の若返りだけであるかの確認だろう。

 脅威としれていても未知の存在である『象徴』の影響をあからさまに受けておいて、大丈夫とは胸を張って言えなかった。


「『至高』は限られた人材だ。それ故に王国は多くの時間的、人材的資源を活用して審査する、お前自身、『至高』になる前に受けているだろう。やることはそう変わらない」

「学生生活を送らせてそれを見るわけね」

「そうだ」


 私の時は、当時審査の始めが十三歳と言う幼さもあって三年の審査期間があった。

 今回はどれくらいなのだろうか。

 通常の『至高』に対しての審査も期限はバラバラで本人には通達されないことを考えれば聞いても無駄だろう。


「まあ、『至高』授与の際に陛下にいただいた“ライブラ”の性も役に立つんだ。喜んだらどうだ?」

「このために一回きりの「王様に何でも言う事聞いてもらえる券」を使ったわけではないんだけれど……」

「前から思ってたんだが、お前あんまり愛国心ないだろ。再審査で引っ掛かるなよ」

 

 『至高』に名を連ねる際に、国王陛下から一つだけ願いを聞いてもらい賜ることの出来る権利が与えられる。

 爵位をもらったり、土地をもらったり、限度はあるが様々なものをもらえるその場で私はライブラの性をもらった。

 性自体は何でもよかったが、姉さんが結婚しライブラ性になったので真似をするようにそれをもらった。

 それから旧姓を名乗らなくなったが、しかし、今回の審査のために行ったことではなかった。

 まあ、結果的にアリアの妹としての偽装は楽になるわけだが。

 少なからず血の繋がった顔立ちではあるし、アリアも私が妹だと頷けば余程のことがなければバレることもない。


「まあ、仕方がないわね」


 結果的に学園にアリアの妹として入ることになってしまったが、上からの御達しなら断りはしない。







 ◆


「結局叔母さまは私の妹に……いえ、学園に行くことになされたのですね」

「うん。『至高』の再審査らしいわ」


 アリアにはその詳細を話していいとのことなので、一通りの事情を伝えておくことにした。

 彼女にもプライバシーがあることを考えれば、私を中心とした監視とは言え、伝えておくべきだろう。

 ただでさえ、私が彼女の妹として学園に入るのはアリアの了承あってこそのものだ。


「それにしても、やるとなったらわくわくするわね」


 嫌々言っていてもこの年の青春は何にも代えがたいモノである。

 一回目の学生生活を思い出してみれば、今度こそ充実した生活を送りたいものである。

 代えがたい友人に、あと、恋愛とか。

 仕事一本でまんまと行き遅れた私にもまだ希望が……。

 思春期男子を篭絡するくらいしてやれないことはない!


「叔母様、くれぐれも年ごろの男子とお近づきに……なんてことは考えないようにしてくださいね」

「は?え、いや、そんなこと考えてないわよ」

「冷静になって考えてみてください。二十七のおばさんが十代の男子に発情している様は酷いものがあります」


 全くの正論であった。

 結婚適齢期を逃したおばさんが若返って青少年を狙うなど痛すぎる妄想そのものだ。

 あと、二十七はおばさんじゃない。お姉さんだ。


「……とにかく、これからよろしくね。お姉ちゃん!」

「つま先から頭のてっぺんまで震えました」


 アリアは分かりやすく自分の身体を抱いた。





 ◆


「あまり強く当たり過ぎではないですか」


 ライラ・ライブラの報告を聞いた後自室に戻ったアリアにそんな声を掛けられた。

 声の主は彼女の専属メイドのリサ・ディアスだった。


「何が?」

「ライラ様にです。思うところがあるのかもしれませんが、少し意地悪が過ぎるのではないでしょうか?」

 

 リサはアリアの少々きつく当たる対応に気になっていたのだろう。

 しかし、アリアは思いもよらないような顔をして返答した。


「もしかしてリサ、貴方私が叔母さまを嫌っていると思ってるの?」

「ええ、まあ。好いてはいないものかと」


 嫌悪とは言わないだろう。

 だが、慕っているにしては相応の態度には見えない。


「はあ、分かってないわねリサ。貴方何年私に使えているの?」

「まだ三か月です」

「私はね、この世の何よりも叔母様、ライラ・ライブラを愛しているのよ」

「ハハ、ご冗談を──」

「私は本気よ」

「え?」


 リサは主人のウィット富んだジョークを笑い飛ばそうとして、動きを止めた。

 好き裏返しにしたって、“この世の何よりも”なんて言う枕詞が付くほどのものだとはさしものリサも思わない。


「この世に叔母さまよりも素晴らしい存在などいないわ」


 リサは内心その変わりように恐怖すら感じた。


「人間性も素晴らしく、さらに『至高』に名を連ねる魔術師でもあらせられる!もはや神の最高傑作!」


 らしくない。

 表情など失ったとまで思っていたアリアの顔は何かに歪んでいた。

 敬愛か信仰か狂気か。リサには判断が付かない。


「そしてそんな叔母さまの姉役に私が任命された!これは本来あるはずのないシチュエーション!」


 悪魔にでも憑りつかれたのか。

 リサは真面目に神官に主人の浄化の依頼を検討する。


「あの時、何気なく語った私が叔母さまの姉役になると言うたわごとが現実になるとは!この胸の高鳴りが分かるでしょう!リサ!」

「わかりません」

「それにまさか「お姉ちゃん」などと呼ばれてしまうとは!嬉しさのあまり絶頂し破瓜してしまいそうでした!全身が震えるだけで済ませた私がどれだけの気力を要したか!分かるでしょう!リサ!」

「わかりません」

「何より!叔母さまの身体が縮んだことにより、私の顔を見るときは上目がちになるのよ!今までのさげすむ様なローアングルも捨てがたいですが!そんなもの台にでも乗せれば再現可能!しかし、私より身長が低くなければ余程ありえない構図が常に完成してしまったのよ!たぎるでしょう!リサ!」

「たぎりません」


 何一つ理解できない。

 確かに可愛らしいあの体で見られれば、抱きしめたくなるかもしれないが、目の前の主人のように狂乱はしない。


「しかし、そこまで思いが強いのでしたら、もっと優しく接すれば良いのではないでしょうか?」


 この行き過ぎた感情をぶつけるのではないのなら、少し優しくしたっていいのではないだろうか。

 その方がお互いに気持ちよく生活が出来るだろう。

 姪であるためにライラがそれを許容しているかもしれないが、よいこにしていて悪いことなど存在しないだろう。


「はあ、分かってないわね。リサ」

「おかしなことを言いましたか?私」


 何故否定されたのか分からずにリサはそう返した。

 彼女の行き過ぎた面は今の会話で重々承知しているが、それでもごく自然な感性持っているはずだ。

 そんな彼女が否定するとは思わなかった。


「もちろん、貴方の言っていることは正論よ。でも、こと叔母様に対しては間違っているわ」

「断言しますか」

「ええ。叔母様が『至高』に至ったのがいくつの頃だか、貴方は知っている?」


 突然の問いかけであったが、リサはこの家に来てからそのあたりの事情を聴いていた。

 故に答えることが出来た。


「十六歳ですよね。若くして『至高』とは天才と言うほかありません」

「そう天才。貴方も分かっているじゃない。でも、叔母様は超人ではないのよ」


 リサにはそれだけの言葉で意図は分からなかった。


「叔母様は若くして『至高』になったせいで背負い込み過ぎてしまうのよ。そして自分をないがしろにしてしまう」


 よくある話だ。

 何でもできる人間が背負い込み過ぎるなど。

 ただ、『至高』であったもそこに陥るのか。


「叔母様は何も自己犠牲の塊と言うわけではないわ。善人だろうと悪人だろうと不都合があれば助けはしない。けれど、家族のために頑張り過ぎてしまう。それをやめさせることはできないし、それを否定することはもっとできない。だから、家族のために行き過ぎた自己犠牲を発揮させないようにするしかないのよ」


 リサにはライラと言う人物が分からない。

 彼女と会ったのはつい先日で会話だって仕事の内にあったものだけだ。

 しかし、アリアの言葉からはその人物が読み取れた。


「大人っぽく振舞おうとする増せていて自立しきれない程度の放っておけない姪。もし仮にその人物を心から嫌っていても叔母様は見捨てる事なんてできない。なにかあったら助けたいと思ってしまう。それだけに、自分が犠牲になることを避ける。その程度の話よ」


 随分と、迂遠なアプローチだとリサは思う。

 一言彼女が自分を犠牲にしないでと言えば済む話ではないだろうか。

 しかし、それはきっとできないのだろう。


「そうですか。とにかく私はライラ様をお嫌いになられていないのならば安心しました」


 この一言に限った。

 極論を言えば自分の職場の人間関係のギクシャクしていないならあとはどうでもいいのだ。


「ふふ。私この世の大抵の人間は嫌いではないわよ。優秀な人物は好きだし、弱点の多い人物も好き。私が嫌いなのはそれに当てはまらない人間くらいよ」

「なら安心しました。失敗していつ首を切られないかと怯えていたもので。アリア様が弱点まで愛してくれるのならありがたいです」

「弱点って。リサ、貴方優秀じゃない」


 思ってもいない主人の評価にリサは驚く。

 お礼でも言おうとして「それにしても母様が叔母様の頭を撫でていたけれど、私も撫でたかったわ。このキャラでどうやって撫でに行きましょう?」と声を洩らした主人に言葉をひっこめることになった。


「しかし、そこまでライラ様のことを思われても気付けないほどに今回の件は想像を絶するものなのですね」


 アリアが対峙して気付けないほどのこと。

 先入観も込みでの話であれば、よほどあり得ない事態であったのだろう。

 しかし、予想に反した言葉が返ってくる。


「リサ貴方、私が小さくなった叔母様に初めから気付いていなかったとでも言いたいの?」

「違うのですか?」

「叔母様だと確信がなければわざわざ屋敷に連れ込み私が対応するわけないじゃない」


 そう言い放たれたのだった。

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