勘違い王子と婚約者
「殿下……いい加減に……」
「何?文句あるの?それならさ、この婚約を白紙にしてもいいんだよ」
そう言い放つのは、この国の第1王子のアーロン18歳である。金の髪にブルーの瞳、スラリとした体型であり『ザ・王子』である。
ここは王宮の庭園で定期的に行われるお茶会である。若い男女が交流を深め我が国の未来の為に語り合う場であったはずだが今は違う。
今回の舞台は王宮の庭園で行われる『愛の劇場』である。
「殿下……私は……私の事は大切にしてもらえないのでしょうか……」
「大切に?してるよ。だから手を出していない」
「…………殿下は、私との婚約を白紙にしたいのですか?」
婚約者であるアーロンに訴える女性は公爵令嬢のセラフィーナ
「いや、君とは結婚するつもりでいるよ。だから君が気にしなければいいだけの話だ」
「私は……殿下の事を幼い頃から好きですわ。王妃教育も頑張ってました。でも、今の現状には耐えられません」
はっきりと告げるセラフィーナ
「君は私の妻になるのだ。そして、将来は王妃となるのだ。堂々としていればいい。彼女達も身をわきまえているからね」
アーロンに纏わりつく女性達は口々に言う。
「初夜がうまくいくように練習を」
「子作りの仕方を」
「女性の愛し方を勉強してますの」
アーロンの周りに3人の女性がいる。それぞれ毛色は違うが綺麗な女性達だ。つまり、アーロンの恋人達である。
「彼女らは私とセラフィーナの為にだな」
「殿下は……私がどのような想いでいるのか……わかっていませんのね」
「彼女らとは子を儲けないから心配はいらない。私の子を生すのはセラフィーナだけだ」
「殿下……そうではないのです」
「仕方ないな……私が愛するのはセラフィーナだけだ」
周りの女性はキャーキャー言っている。
セラフィーナにしたら不快ではしかないのであった。
「殿下……体調が優れないので帰らせていただきます」
「そうか……。それなら我々も行こうか」
アーロンの言う我々はセラフィーナではなく、恋人達の事だ。
「それではセラフィーナ気をつけてな。さあ、お前らは私の部屋で勉強だな。皆、覚悟せよ」
そして、その場にセラフィーナを残し、アーロンは恋人達の肩や腰を抱き自身へと向かったのだった。
セラフィーナは悲しかった。悔しかった。あの私を見下す恋人達の視線、彼女達の思惑に気付かないアーロンにも怒りが湧き……彼女は決意した。
半月後、再び茶会が開催された。
セラフィーナは茶会の場に行く。遠くには殿下を囲む女性達、その中にセラフィーナの義妹も加わっていた。
「セラ……酷いなアレ」
「そうなのです。でも、いいのですわ。私には……必要ないの」
「俺は用事を済ませてくるから」
セラフィーナは、アーロンに挨拶をする。
返ってきた返事はアーロンではなくセラフィーナの妹からだった。
「お義姉様、遅いですわ。私達は前夜から呼ばれてましたのに」
そう言う事ね。アーロンさようなら。私の初恋。
「殿下?」
「なんだ?セラフィーナ、また文句を言うのか?それならお前とは婚約を白紙にして可愛いお前の義妹を婚約者にするぞ。そうしたらお前は王妃になる事は無くなるぞ。いいのかな」
ニヤニヤと笑うアーロンを見て、何故この男の為に厳しい王妃教育を受けてきたのか、この男の何処に恋をしたのかわからなくなっていた。
「わかりました。殿下との婚約を白紙にしてください」
「え……セラフィーナ?冗談だろう」
アーロンは焦っていた。
今までは悲しい顔をするも婚約者のままでいる事を望んでいたセラフィーナだったからだ。
アーロンの愛しい初恋の女性はセラフィーナだったから。恋人達に嫉妬するセラフィーナ、悲しそうな顔するセラフィーナ。声をかけると嬉しそうに顔を赤らめるセラフィーナが大好きだった。
「お、お義姉様?本気なの、私がアーロンの婚約者になったらお義姉様は……家に……」
「そうね……実家にはいられない。でも良かったのよ……お父様もお義母様も私の事嫌いだったのでしょう。あなたも……。私は……貴方やお義母様も好きだったし仲良くしたかったのよ」
「え……違う……私も私達も……」
「いいのです。私は隣国へと行くわ。お爺様の所にね。養子にしてもらえる事になったの」
嬉しそうに話すセラフィーナ。
「え?私はお義姉様と……ずっと一緒にいれるかと……」
義妹もセラフィーナが大好きだった。構ってもらいたくて我儘を言い困らせていただけだったから。
ヘナヘナとその場に座り込む義妹であった。
そして、もう1人セラフィーナの決断に焦る男がいる。
「セ……セラフィーナ。私はそなたの事をだな……」
「いいのです。殿下……私は愛する人を誰かと共有できる人間では無かったみたい」
悲しみを含んだ笑顔をアーロンへと向ける。
慌ててセラフィーナの元に駆け寄るアーロン。
「セラフィーナ?冗談だろ、君は私の事が好きだったろ」
深呼吸しセラフィーナは伝える。
「えぇ、好きでしたわ。私の初恋の人アーロン殿下。でも私は何度も伝えたわ。恋人達との事を……私だけを見て欲しいと。でも殿下には届かなかったわ」
「君は未来の王妃になれなくていいのか?」
「殿下……私がなりたかったのは王妃ではなく、殿下のお嫁さんよ」
アーロンは変わってしまった。女性の身体を知ったからなのか……この国のせいか……
その時、1人の青年がセラフィーナに声をかけた。
「セラ、すまない遅くなった。この国の国王とアイツらの両親とも話をしたから遅くなってしまったよ」
「全ては計画通りに?」
「あぁ、そうだ。詳しくは馬車で国に戻りながら話そうか。父上から大きな馬車を借りてきたから楽しく旅をしながら戻ろうね」
「あの……」
青褪めるアーロンは青年に声をかける。
「アーロンか、久しぶりだな。留学期間は世話になった。セラ……セラフィーナをもらっていくからね。僕の婚約者としてね」
声を掛けた青年は今年3ヶ月程留学していた隣国の第3王子のアレックスであった。アーロンの側近達やセラフィーナとも交流があった……恋人達との夜の勉強に忙しいアーロンを除いて。そして留学終了後も手紙のやり取りを続け、何度か国境付近で会うなど交流を深めていた。
「………………セラフィーナ……彼女達とは別れるから側に……」
「おや?アーロンは、セラの事も側近達の事も大切ではなかったから、他の女性を……しかも側近の婚約者達とも寝ていたんだろ」
「いや……恋人達は婚約者の元に」
「セラフィーナと結婚したら不要になるからか?洋服のお下がりとは違うぞ。アーロンは、セラフィーナが1年以上閨の勉強だと言い嬉しそうに国王の寝室に通う彼女だったならどう思う?」
「そんな、何度も他の男に喜んでいる様な女は……あれ……私は側近らの婚約者と……」
「同じ事だ。セラフィーナは何度も忠告したのにさ……」
恋人達の婚約者であった側近達は伝える。
婚約を解消した事、隣国へと行く事、実家の籍を抜けた事を伝えた。また、婚約者がいるのに王子とは言え喜んで閨の相手として行く女性は嫌だと伝えた。元婚約者達は、アーロンがセラフィーナと結婚したら婚約者と結婚するつもりでいた。そして、結婚後も王子との関係は続くと思っていたからだ。
婚約者達は泣き叫び謝罪をするも、時すでに遅しであった。
大型の馬車に揺られ隣国を目指す一行。
「しかし、貞操観念が低いこの国にも、いい人材がいたもんだ。留学して正解だったよ。毎日、女性に言い寄られて不快だったけど可愛い純潔の婚約者が見つかってよかったよ。純潔の証明も辛かっただろう……すまないねセラ」
「いいのです、この国から出られて良かったですわ」
「王子……私共まですいません」
「あぁ、いいんだよ。君らはあの国は勿体ないからな。それにな、俺のところの国を含め、大きな国の王子達とは交流があってな、俺と同い年の王子は5人いてな幼馴染みたいなもんなんだよ。そして去年集まった時にだな、王子大会を開催する事を計画したんだよ」
「王子大会?」
「あぁ、アイツらも何処かの国に短期留学をして、そこで優秀な人材を自国に引き抜き、来年の王子会で勝負をするのだ。今回お前達を見つける事に成功した。それぞれの部門で勝負するからお前らは俺の顔に泥を塗らないように精進しろ」
「ちなみに大会の褒美は?」
宰相の元息子は問う。
「今回の参加国の永久無料宿泊券だ。好きな時に好きなだけ滞在費無料で超高級ホテルで過ごせる素晴らしい褒美だ」
「……」
「今回の大会は各国にいる幼馴染達の親……つまり国王達も面白がり我が国は俺の貞操を賭けて、一か八かのこの国の留学だったんだよ。そして俺は将来有望な部下と可愛い純潔のお嫁さんを見つけたんだ。俺の優勝は決まったようなもんだ。セラ……俺と世界中を旅しような」
隣に座るセラフィーナを抱きしめるアレックスであった。
ジト目でアレックスを見るセラフィーナ。
「…………?勿論セラに本気で惚れてるから安心しろ。浮気もしないし愛人も不要だ。そして今は汚れなき童貞だよ。だってさ妻だけに純潔を求めるのはおかしいだろ」
「………………」
「一目惚れした女性が純潔で王妃教育も受けていた高位貴族のお嬢様だなんて……俺の為としか思えない。最高に幸せだ」
馬車はゆっくりと隣国に向け進む。
「もうすぐ、国境だよ。君らの故郷とお別れだよ。君達はこれから学ぶことが沢山あるから一緒に頑張っていこうね」
セラフィーナの生まれた国が遠のいていく……深い森と霧に囲まれたセラフィーナの生まれた国、初恋と失恋を味わった国、新しい出会いを与えてくれた国。
馬車は賑やかに未来を語り合う若者達をのせ隣国へ向かうのだった。