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微熱とぬるま湯

旅行のこと、転勤になったら何も言わず離れるといったしんごの言葉がひっかかっていた。そして、言葉にした時のしんごの対応。私は長年付き添った夫婦だとか、心地よくて楽しい関係だと思っていたが、ただ単にしんごは「楽」だから一緒にいるのではないか。

「楽」と「楽しい」は同じ漢字でも意味がだいぶ異なる。

りさが以前、思っていた『心の奥にあった誰かと繋がりたいという肉体的な欲望でもあるのかもしれない。しんごといるとその欲が満たされていく。しんごは充実している日常に潤いを与えてくれる。そしてその潤いは、欲しい時に欲しいと言えば叶う、ありがたいものだった。』同じことをしんごも思っていたとしたら…。それは『楽』な関係なのだろう。

りさは、その関係の進展を感じながら過ごしてきたが、しんごは楽の延長線上にただいるだけでぬるま湯から足を出したくないだけだとしたら…。


「このままではだめだ…」この状況は心地よい。しかし、いつまでもいては行けない場所な気がした。


土曜日の夜、二人は近所の居酒屋に行った。部屋ではまた一時的なホルモンバランスのせいにして流されてしまいそうだったので、人目のある場所でちゃんと話をしたかったからであた。


生ビールと枝豆、焼き鳥が運ばれてくる。しんごは砂肝を何も言わずに頬張る。りさはレバー。長くいるためお互いの好きな串が分かり、確認をする必要がない。こういうところが「楽」でよかった。


りさは、深呼吸をして言葉を選びながら話し始めた。気を遣わなくてすむ関係だったはずのしんごに、今は言葉を慎重に選んでいる。

「しんご…私ね…私たちの関係について、ずっと考えてたんだ…」


しんごは、黙ってりさの言葉を待っていた。

いきなりどうしたんだろう?と不思議そうなキョトンとした表情だったが、いつものように穏やかだった。りさは、勇気を振り絞って、続けた。

「私たちは、一緒にいて楽だしお互い特に関係について話もせずにここまで来たけれど、この関係はどうかな…って考えることが増えてきたんだ…」

しんごは、少し考えてから口を開いた。「りさは…どう思ってるの?」


りさは、正直に答えた。

「私は…しんごのことは特別な存在だと思っている。だからもっと将来のこと考えていく関係を………そういうのを求めるようになっていったんだ…」

しんごは、黙ってりさを見つめていた。その瞳は、いつもより少しだけ深く見えた。そしてゆっくりと口を開いた。

「俺は…りさと一緒にいると、落ち着くんだ…安心する…それだけで、十分だと思ってたしりさも同じ気持ちだと思っていた…このままの関係で十分いいし、望んでいる形かな」


しんごの言葉を聞いて全てを悟った。しんごは、言葉こそ選んでくれているものの、居心地がよくて、一緒にいて楽な相手だけれど、これ以上、私との関係に進展を求めていないということ。りさは、静かに言った。

「そう…なんだ…急にごめんね…。ありがとう」

「…うん…。」


その言葉には、失望と悲しみと、そして少しの諦めが込められていた。最初のうちは、りさも同じように思っていた。その名前のない関係も「楽」でいいと思っていた。しかし、時間が経つにつれ「もしかしたら私が積極的になれば、2人の関係は変わるのかもしれない。」と思うようになっていた。でも、それはりさの願望に過ぎなかった。

居酒屋の前で二人は別れた。

「じゃあね、ありがとう。さようなら」

「…さようなら」

気を遣わなくていい相手。またそのうち会うだろうからと「また」は行っても「さようなら」は言ったことがなかった。りさが言った「さようなら」にしんごも「さようなら」で返してきた。それはただのその場の別れではないと「何年も一緒にいたのに、あっけない終わりだったな」とりさは心の中で思いながらその場を後にした。


居酒屋での夜を境に、二人の関係は変わった。連絡を取り合うこともなくなり、イベントを一緒に過ごすこともなくなった。りさの日常から、しんごという存在が静かに消えていった。

それは劇的な別れではなく、まるで長い間続いていた雨が徐々に弱まって止んだ後のような静かな終わりだった。そして、まだぬかるみで足元はおぼつかないが、その向こうでは太陽の光が微かに顔をのぞかせるのであった。



お読みいただきありがとうございました。

馴れ合いで中途半端な関係に終止符を打ったりさ。

現在、続編も構成中。今後もお付き合いいただけると幸いです。

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