リオの顔
リオは、エカルナの民でありながら、ヴァリダンの土地でひっそりと暮らしていた。銀色の瞳と、大地の模様を持つ彼は、他者の目に映るとき、それだけで恐怖の対象となる。エカルナの民はかつて、「自然の力」を操る存在として、ヴァリダンの人々に忌み嫌われていたのだ。その力は、「アエラ」と呼ばれ、大地を癒し、植物を育て、病を治すことができた。エカルナの者たちはその力を使い、土地を緑に変え、枯れた地を蘇らせることができた。しかし、ヴァリダンの民はそれを恐れ、エカルナを呪われた者たちとして追い詰めた。
リオもまた、その力を隠すことで日々を生き延びていた。彼は野菜や薬草を市場で売り、商売をしながら生計を立てていた。しかし、常に仮面をかぶり、銀色の瞳と模様を隠すことに疲れていた。
「いつまでこの嘘を演じ続ければいい?」
リオは心の中で何度もその問いを繰り返した。自分がエカルナであることを隠し続けることで、周囲に対する恐れと疎外感が積もっていた。それでも、エカルナの民の真実を明らかにすることが、彼の使命であり、最大の願いだった。
ある日、市場での取引の最中、風が強く吹き、リオの袖がひらりと捲れた。隠されていた模様が陽光を浴び、銀色に輝いた。その瞬間、一人の男が叫んだ。
「エカルナだ!」
その声に、周囲の空気が凍りついた。人々は一斉にリオに視線を注ぎ、敵意に満ちた囁きが広がる。恐怖と憎しみが、ヴァリダンの民にとっての「エカルナ」という言葉に込められていたのだ。
リオは反射的にその場から逃げ出した。何度も曲がりくねった路地を駆け抜け、ようやくたどり着いた廃墟で息を整えた。肩で息をしながら呟く。
「剥がれてしまった……」
その瞬間、彼は自分が恐れていたことが、ついに現実となったことを理解していた。しかし、同時にその瞬間が心のどこかで待ち望んでいたものであったことも感じていた。今後どうすればよいのか、彼にはわからなかった。
その廃墟の中で、リオは一人の少女と出会う。ヴァリダンの民、エイリスだった。彼女はリオを見つめ、静かに言った。
「あなたがエカルナなの?怖くないよ。おじいちゃんが、本当はエカルナが悪いわけじゃないって言ってたから。」
その言葉に、リオは驚いた。彼の心の中に、忘れかけていた希望の種が芽生え始めた。彼の民が、誤解と偏見にさらされてきたことは、エイリスの言葉が示す通り、長い歴史の中で何度も繰り返されてきたことであった。しかし、それを変えることはできるのではないかと、リオは思い始めた。
「君の力を貸してほしい。」
リオはエイリスにそう告げ、エカルナとヴァリダンの間にある誤解を解くための旅を共にする決意を固めた。エイリスは最初、戸惑っていたが、彼女の祖父が語っていたエカルナの民の真実を人々に伝えることが、彼女の使命だと感じ始めた。二人は、小さな村々を巡り、エカルナに関する古い伝承や記録を探し始めた。
道中、リオは何度も迫害に遭うこととなる。ヴァリダンの人々は、彼を見ては石を投げ、罵声を浴びせた。
「エカルナなんて信じられるか!」
そのたびに、リオは傷つき、心が痛む。しかし、エイリスは少しずつ人々の心を開き始めた。彼女は、村の老人たちから話を聞き、エカルナの民が土地を枯らす存在ではなく、単なる放浪の民であり、ヴァリダンと共存を望んでいたことを知る。
やがて、リオは自らの力を使うことを決意する。彼の「アエラ」の力で、病に苦しむ村に薬草を育て、枯れた土地を蘇らせることで、少しずつ周囲の目が変わり始めた。人々は、エカルナの力が恐ろしいものではなく、助け合いの手段であることに気づき始めた。
ある晩、リオは集まった村人たちの前に立ち、声を上げた。
「僕はエカルナだ。でも、君たちと同じように、この世界で生きたいと思っている一人の人間だ。」
その言葉に耳を傾ける者もいれば、目を背ける者もいた。それでも、リオは続けた。
「本当の僕は、どんな顔をしているのだろう。」
その問いは、リオが長年抱えていた葛藤を象徴していた。彼は恐れず、今自分にできることをし、前に進む覚悟を決めた。そして、エイリスと共に歩み続けた。化けの皮が剥がれた先には、絶望だけではなかった。新たな希望が、確かに彼の中に芽生え始めていた。
二人の手が共に進む先に、どんな未来が待っているのか、それはまだわからない。しかし、リオはその未来を信じて歩み続けることを決めた。エカルナとヴァリダンの間に横たわる誤解を解くため、そして、自分自身を再び見つけるために。