第17話 忘却
第17話 忘却
目を覚ますと見慣れた天井がそこにはある。見渡すとそこには薄暗い中でも本棚があることがわかる。電気をつけると1Rの狭い空間に大好きな漫画がたくさん並んでいる。漫画以外は必要最低限の物しかない。
私にはいつもの日課がある。それは起きた日の日にちと時間を確認することと自分のノートを見ること。
ー2025年4月26日(土)1:26ー
23日からの記憶がない。ただ、記憶がないからと言って焦ったりすることは私の人生の中ではほとんどない。それが当たり前となっているからだ。そう、過去の記憶がほとんどないのだ。記憶の事で精神科・心療内科と色んな所に通ったが病院の先生曰く”解離性健忘”と呼ばれるものらしい。
解離性健忘とは‥‥ストレスやトラウマに関連した記憶の一部または全部を一時的に失う現象。
自身のノートを見なくても憶えていることがある。私には両親がいない。事故でなくなったそうだ。両親が亡くなってからは父方の祖父母に育ててもらったが私が19と20の時に二人とも続けて亡くなった。女性でいう本厄・後厄の時にこう不幸が続くと心が折れてしまいそうだが、幸い私はこの病気のせいであまり覚えていない。
私の名前は保家とく子、25歳女性、事務職をしているすごく忘れっぽい漫画好きである。
『今回は深夜に起きるのか』
いつも起きる時間はまちまちでその記憶がない間、私がなにかとんでもないことをしでかしてないか心配になって祖父母が亡くなってから大家さんや職場の人に確認したことがあった。
ーー全然、いつもどおりだったよ!しいて言えば、いつもより凛々しかった!ーー
ーー今日はやる気モードの保家さんだねってみんなで話してたの!ーー
記憶がなくなるというのに事務員という数字やパソコンと睨めっこしなきゃいけない仕事が務まっていることが本当不思議でならない。
ノートを見終わってからこんな感じで数日間の記憶がなくなったりした日は色んなことを考え、もやもやしている。こうゆう時は決まって気分転換に外へ行くのがルーティーンだ。
『おか……違った、おばんです。』
大家さんは1階で黒いゴミ袋を片付けていた。
『こんばんは。……寝るの遅いんですね』
『TV見てたら興奮して寝れなくなってしまってさー』
随分面白いTVが深夜にやっていたのだなと思うだけで私自身TVには全然興味がないのでそこまで突っ込んで聞くことはない。
大家さんはとても若く見える、見た目は20代で世間一般でイケメンと呼ばれる部類に入るであろう。1階の101号室に住んでいるので割とよく会うことが多いがこんな夜中に会うとは思わなかった。
特に話すこともないし、イケメン部類の人間との免疫が私にはないので相づちの奥義”さしすせそ”で返し、別れの挨拶を告げその場を去った。
『…………失敗も挫折も成長の源』
コンビニに行くと漫画の新刊が並んでいる。自身が集めている新刊や週刊漫画をカゴに入れて、スナック菓子やコーヒーを買い、先ほどまでもやもやを一瞬にして晴らしながら家路をルンルン気分で歩く。
『ん?同じ漫画……』
帰宅するとテーブルの下にコンビニで買った週刊まんがが置いてあった。これはよくあること。
再びもやもやする気持ちを抑えるために漫画を読み始める。読んでいる間は現実世界の事を忘れ、漫画の世界に入り込んでいる気分になる。記憶がなくなる私だが好きな漫画の物語はしっかり覚えている。
『炎魔法にこんな使い方が…』
家の壁が薄いので小さな声で話しながら、コーヒーを飲み、朝まで漫画を読みふけってしまった。
幸いにも今日は土曜日で休みである。
ベットの上で仰向けでボーッとしているといつの間にか眠ってしまっていた。
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『ここは?』
いかにも王宮の玉座の間と呼ばれそうな所に王冠をつけている王様と王妃様、その隣に眼鏡をかけた宰相らしい人、金髪のいかにも王子様という男性とピンクの髪をしたいかにもお姫様という女性、そして赤い髪をした女性が1人対面で何やら物々しい雰囲気で話し合いをしている。
【期日を設けます。雪が降る前に復興させて見せなさい。】
王妃様と赤い髪をした女性が睨みあっていた。
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ーーピンポーンーー
見覚えのある夢だった。デジャブとはこうゆう事をいうのだろうか。
涎を垂らしながら起き、起きた時間は2025年4月26日(土)10:05、だらしない格好でドアののぞき穴をみると大家さんがそこには立っていた。
『はーい』
『どもー、家賃回収に参りました。』
軽く身だしなみを整え、財布を持ってドアを開ける。
『おはようございます。えっと……あれ?』
『あら?足りなかった?そしたら、また明日くるよ』
『あの、銀行引き落としの件どうなりました?』
大家さんは祖父母の知り合いなので解離性健忘の件は知っていることだ。何かと忘れてしまいがちの私なので記録に残る引き落としにしてほしいと以前よりお願いしていた。通帳には家族がなくなった遺産が残っているのでお金の心配はない。
『それがさー、どの銀行にしようか迷ってしまってまだ決めかねているんだよね。もう少し待っててね。』
銀行引き落としが面倒なのかいつも大家さんは誤魔化してなかなか手続きしてくれない。
『わかりました。今日お金をおろしてきます』
『よろしくねー。』
仕方なく、外に出る用事が出来た。銀行にお金をおろすのにコンビニでもいいのだけど、街の本屋さんでコンビニでは売っていない新刊や漫画達を拝もうか新しい発見を探しに漫画喫茶に行こうかとウキウキしながら出かける準備をし、家を出た。
『いってらっしゃい…』
大家さんがドアを開けて、とく子の背中に向けて聞こえないくらいの声で呟いた。




