望まれぬ王妃は、咲かない花を愛でていた
王宮の廊下を歩いていると、貴婦人の一団が私の話をする声が聞こえてきた。
「王妃様、とうとう今月もご懐妊なさらなかったわねぇ」
「当たり前でしょう? 彼女が子どもを産めるわけないじゃないの」
「もう結婚して三年ね。このままじゃ……あら!」
一人が私に気付き、大きく咳払いをする。皆はピタッと話をやめて、愛想笑いを浮かべた。
「ご機嫌よう、皆様方」
「ご機嫌よう、王妃様」
私が素知らぬ顔で挨拶をすると、貴婦人たちも何事もなかったかのように返した。彼女たちは私が通り過ぎた後で、また噂話に花を咲かせるに違いない。
王妃であるこの私を侮辱するなんて、許されると思っているの?
立場的にはそう叱ってもいいんだろう。でも、そうはせずに黙って外に出た。向かった先は、庭園の一角にある花園だ。
瀟洒な門を潜ると、そこはまるで別世界。魚が泳ぐ小池には睡蓮が浮かび、生け垣からは季節の花が顔を覗かせる。
王宮の庭はどこも美しいけれど、この場所は他とは気合いの入り方が違っていた。それもそのはず。ここは王室専用のプライベートガーデンなのだから。
井戸から水を汲み、じょうろを満たす。
それを持って、花壇の片隅へ足を運んだ。何の植物も咲いていない土だけの空間。どこもかしこも緑で埋め尽くされる中、そこだけがポッカリと空白地帯のようになっているところだ。
「早く大きくなってね」
水をかけてやりながら呟く。ここに種を植えたのは一年前のこと。それから毎日のように水をあげている。
こんな私を見たら、きっと皆はこう言うだろう。
王妃は愚かだ。魔女との契約で「命を育む力」を奪われたのに、花なんか咲かせられるわけがない、と。
****
私がべレニスという名の魔女と取引したのは五つの時。当時の私は幼くて、まだ彼女が恐ろしい魔女だとは知らなかった。
……ううん、知っていても気にしなかったかもしれない。
だって、どうしても叶えたい願いがあったから。
――べレニス様、私の頼みを聞いて!
私は泣きながらべレニス様に訴えた。
――妹がね、病気なの。お医者様に診てもらってるんだけど、ちっともよくならなくて……。べレニス様、どうにかして。べレニス様はすごい魔法が使えるって聞いたわ! だったら妹のことも治せるでしょう?
でも、べレニス様は妹を治療してくれなかった。その代わり、私に癒やしの力を授けてあげようと言ってくれたんだ。と言っても、タダで、とはならなかったけど。
――取引には対価がいるものよ、おチビさん。癒やしの力の代わりに、わたくしはあなたから「命を育む力」をもらっていくわ。
――命を育む力? それがないとどうなるの?
――新しい命を作り出せなくなるわね。例えば、子どもが産めなくなるとか。
――そんなの平気! 赤ちゃんなんか欲しくないよ!
まだ幼かった私は、よく考えずにそう言った。べレニス様は「本当にいいのね?」と念を押す。
――子どもを産めない女って、そりゃあ惨めなものよ。最後には捨てられるの。それでもいいの?
その答えに、私は首を縦に振った。こうして取引は成立したのだ。
もらった癒やしの力で私は妹の病気を治した。いきなり治癒魔法に目覚めた私を家族は訝しがったけど、それよりも妹の奇跡的な回復の方に気を取られていたため、皆深く気にかけるどころじゃなかったようだ。
こうして、この件はそのまま終わりとなった。十年以上経って、私が国王陛下と結婚するまでは。
一年前、結婚してから二年も経つのに一向に懐妊する気配がなかった私は、周囲の勧めもあって医師たちの診察を受けることとなった。
でも、不妊の原因は中々分からなかった。そんな折、私は幼い頃のことを思い出したのだ。魔女と取引をして命を育む力を持って行かれたことを。
真実が分かったことで誰もが動揺した。
特に、私のことを王よりも年上だったにもかかわらず、「素晴らしい治療魔法の使い手」という文句で王妃として売り込んだ両親や、自分のせいで姉が魔女と契約せざるを得なくなってしまったと知った妹の嘆きようと言ったらなかった。
――世継ぎが作れないのでは、王妃として失格です! すぐにでも離婚を!
皆は陛下にそう求めた。
べレニス様の言った通りだ。子どものできない女は捨てられる。誰も私を望まない。私の未来は真っ暗だった。
****
種に水をやり終わった私は、じょうろを片付けてブランコが設置されているスペースに行った。
「今日は贈り物、届いているかしら……?」
期待しながら呟いたけど、ブランコの上には何も乗っていない。少しガッカリしてしまう。
毎日ではないけれど、たまにちょっとした焼き菓子なんかが座席の上に置いてあるんだ。
その贈り物には、いつもメッセージカードが添えられていた。と言っても、書いてあるのは「王妃ノルウェンへ。花園の妖精より」という短い言葉だけだったんだけど。
でも、私はそれが妖精の仕業じゃないということをちゃんと知っている。
「こら、暴れるな」
物思いにふけっていた私は、茂みの向こう側からの声に飛び上がりそうになった。
「取って食おうというんじゃないんだ。頼むから大人しくしててくれ」
「リシャール様?」
茂みを覗き込んだ私が恐る恐る声をかけると、そこにいた男性がピタリと動きを止めた。
黄金のサークレットを着け、三白眼気味の鋭い黒い瞳をしている。私の夫であり、この国の王であるリシャール様だ。
「こんなところで何を? もしかして、贈り物を届けに来てくださったのですか?」
「な、何の話だ?」
タイミングよく、彼の上着から何かがするんと落ちて芝生の上に転がった。
包装紙に包んであるけど、形状からしてガーデニングに使う小さなスコップだろう。「王妃ノルウェンへ。花園の妖精より」という例のメッセージカードもきちんと添えられている。
「お、おかしいな。何故妖精の贈り物がこんなところに……ああ、じっとしてろ!」
リシャール様の手の中で、何かがもがいている。指の隙間から見えたのは、茶色い羽毛だ。
「小鳥ですか?」
私が尋ねると、リシャール様は「そこの芝生の上にいたんだ」と言った。
「私が贈り物を届けようとした時に偶然見つけ……ではなくて。近くを通りかかった時に保護した。どうやら怪我をしているらしい」
「……リシャール様が握りつぶそうとしているからですか?」
「握りつぶす……? ……しまった! 掴む力が強すぎたか!」
リシャール様が慌てて手のひらを開くと、息も絶え絶えな小鳥が姿を現わす。リシャール様は目に見えてオロオロした。
「私は何ということを……。ど、どうしよう。死なないでくれ……!」
「平気ですよ」
私は小鳥の上に手のひらを宛がう。そこから温かな魔力が漏れ出し、小鳥は一瞬にして元気を取り戻した。
「ピィ!」
威勢よく鳴いて、空へと帰っていく。リシャール様は安堵の表情を浮かべた。
「素晴らしい力だ」
「いえ、大したことではありませんよ」
「そんなことはない。それほどの魔力の持ち主、そういるものでは……」
言いかけて口をつぐむ。この力は元は私のものではなくて、魔女と言われるべレニス様が所有していたと思い出したからだろう。
私は何とも思っていなかったけど、リシャール様は目を泳がせてどう話を逸らそうか考えているようだった。
「す、座るか?」
「……はい」
勧められるまま、リシャール様とブランコに腰掛ける。彼はまだ冷や汗をかいていた。きっと、話題を探そうと必死なんだろう。
「今日の贈り物、開封してもよろしいですか?」
「もちろんだ……と、妖精なら言うだろうな」
リシャール様が急いで付け足した。私が包みを開けると、思った通りスコップが出てくる。柄に嵌められているのは黄色の宝石だ。しかも、花の形に成形してある。
「綺麗……」
「君の目と同じ色だろう?」
「まあ! ありがとうございます、リシャール様」
「礼など言ってくれるな。送ったのは花園の妖精だ」
リシャール様は早口で言った。私は「そうでしたね」と微笑む。
「このスコップでガーデニングができたら、それはそれは素敵でしょうね。私では新しい種をまく機会に恵まれないのが残念です」
「そういう意図じゃなくても、他にも使い道があるだろう。ええと……嫌な奴を殴るとか」
リシャール様は一生懸命フォローを入れようとしてくれている。私は「そんな用途もありますか」と応じた。
リシャール様は少し不器用。そして、悲しいくらいに親切だ。
好きでもない私を、こんなにまで気遣うくらいに。
「すまない、ノルウェン。べレニスはまだ見つからない」
「気にしてませんよ」
私は静かに首を振った。
私の命を育む力はべレニス様によって奪われた。だったら、それを返せるのもべレニス様だけ。それが、王宮の魔術師たちが下した結論だった。
つまり、私の命を育む力は一生戻って来ないということだ。だって、べレニス様は二十年近く前から行方不明なんだから。
そんなに長いこと行方知れずなのに、今さら彼女を見つけるなんて無理に決まっている。それよりも、私と離婚して新しい王妃を探す方が早い。
だけど、優しいリシャール様はそうはしなかった。私への同情と……他の要因もあるかもしれない。
――陛下! お姉様と別れないで下さい!
妹が王宮へやって来たのは、私から命を育む力が失われていると判明してすぐのことだった。
――皆私が悪いんだわ! 私が病気になんてかからなければ……! 私の命はあの時失われているべきだったのよ! ……もし陛下がお姉様と離縁したら……私はここから身を投げます。
妹はそう言って、バルコニーから身を乗り出した。彼女は本気だった。
その姿にリシャール様は胸を打たれたんだろう。だから、未だに私を王妃にしてくれているんだ。
「べレニスの身辺調査も、相変わらず進展なしだ」
リシャール様が申し訳なさそうに言う。
「彼女は身分の高い貴族令嬢であり、天性の魔法の素質を持っていた。彼女はその力を使って私の父に……つまり先王に取り入って王妃の座を奪おうとした。それがべレニスが『魔女』と呼ばれている理由だな。噂では、父上は彼女に呪い殺されたとも言われているが……」
「お労しいことです。リシャール様もとてもご苦労をなさったと聞き及んでいます。お父様の後を継ぎ、幼くして王位に就かなければならなかったのですから」
「私は平気だ。周囲が何かと気を配ってくれたからな。……それにしても、べレニスはどこへ行ってしまったんだ? 王を害した廉で宮廷魔術師が秘密裏に消した、と言う者もいるが、今ひとつ信憑性に欠ける気もするし……」
「私、べレニス様がとても美しい方だったということを覚えています」
私はそっと目を瞑った。
「長い銀白色の髪がとても神秘的で。そう言えば素敵な指輪もしていましたね。髪と同じ色合いの宝石がついていたんですよ。多分真珠だったと思います」
「……父が贈ったんだろうか」
「え?」
「いや、何となくそう思っただけだ。父が言っていたんだ。『女性に何かあげる時は、その人に映える物にしなさい』と」
「それで私の瞳と同色の宝石付きのスコップをくださったんですね。贈り物のセンスはお父様譲りですか」
「そうかもしれな……くない。あれは妖精が贈ったものだ」
リシャール様は頑固に言った。
「いずれにせよ、べレニスの指輪が父のプレゼントというのはあり得ないな。王妃の座を略奪しようとした令嬢に、そんなことをする義理はないんだから……」
リシャール様が言葉を切る。ポツリ、と雨粒が頭に当たったかと思うと、さっきまで晴れていたはずの空から急に雨が降り出した。
「大変!」
私は差してきた日傘を頭上に掲げ、雨からリシャール様を守った。リシャール様は「何をしているんだ!」と目を丸くする。
「君が風邪を引いてしまう!」
「私のことなどいいのです。どうせ誰も心配しませんよ。お腹に子がいるわけでもありませんもの」
「そんなことは関係ない!」
リシャール様が私を抱き寄せた。突然のことに息が止まりそうなくらい驚いてしまい、日傘が手の中から転がり落ちる。
私はそれを拾うことができなかった。ドキドキと暴れる心臓の音が体の奥から聞こえてくる。
幸いにも通り雨だったらしく、すぐに天気は回復した。でも、まともに雨に当たってしまった私たちはビショビショだ。
「……余計に濡れてしまったな。すまない」
「い、いえ。お気になさらずに……」
何だか無性に恥ずかしくなってきて、私は「戻りましょうか」と提案した。リシャール様が黙って頷く。
結婚して三年も経つのに、こんな反応はおかしいかしら? でも、リシャール様は普段はあまり情熱的に振る舞わない方だから……。
……いえ、それも当然よ。彼が私に寄せているのは、愛情ではなく同情なのだから。思い出してみなさい。私、一度でも「愛してる」って言われたことある? 抱きしめてくれたのは、きっと気の迷いによるものだわ。
城へ戻ると、濡れ鼠の国王夫妻に皆が唖然としていた。まあ、リシャール様は気にせず、いつものように堂々としていたけれど。
そんな彼の足が止まる。視線の先にいたのは、私が花園に行く時に噂話をしていた貴婦人たちだ。
聞こえてくるのは「王妃」「不妊」「役立たず」という言葉。どうやら、まだ私のことで盛り上がっているらしい。
リシャール様は彼女たちの方にズカズカと歩いて行った。
「私の妻の話をしていたのか?」
リシャール様が迫ってきたことに気付いた貴婦人たちは凍り付いた。
「あ、あら、陛下。ご機嫌よ……」
「挨拶はいい。お前たち、ノルウェンのことを何と言っていた?」
貴婦人たちは黙り込む。リシャール様は険しい顔になった。
「私の耳に入れられないような話なら、今後は一切するな。分かったな?」
リシャール様は私の肩を抱いて、彼女たちの前からさっさと立ち去る。
こういうことは今回が初めてじゃない。私の陰口を叩く人を見かける度、リシャール様は注意していた。
私は「ありがとうございます」と礼を言う。
「お気遣い嬉しいです。でも、彼女たちを怯えさせてしまいましたね。王妃は役立たず、と本当のことを言っただけなのに」
「本当のこと? 何を言っているんだ。私は……」
リシャール様が渋い顔になる。上手く言葉が出て来ないらしい。
けれど、その表情からは私への気遣いが見て取れる。私はとっさに、「スコップ、使いますか?」と尋ねた。
「スコップ?」
「おっしゃっていたでしょう? 嫌な人はこれで殴ればいい、って」
リシャール様は呆気にとられた後、大きな声で笑い出した。
「そうだったな。今のは初仕事のチャンスだった」
リシャール様がこんなに大笑いをする光景なんて珍しかったから、私も釣られてクスクス笑う。ほんのりと胸が温かくなるのを感じた。
私の居室の前まで辿り着く。でも、リシャール様はすぐには私を解放せず、モジモジしながら切り出した。
「実は……ずっと前からノルウェンに言いたかったことがあるんだ」
「何でしょう?」
「それは……。こ、こんなところでは口にできない」
リシャール様の頬が赤くなったので、私は無意識の内に甘い気分になる。
何? もしかして愛の言葉とか? いえ、でも、そんな……! だって、リシャール様は私を愛してなんかいないはずよ!
「明日、今日と同じ時間に花園で会おう。そこで話す。私に話すべき内容をまとめる時間をくれ」
そんなに複雑な話題なの? 愛を語らうなら、たった一言で済むと思うけど……。
「ただ……覚悟しておいて欲しい、ノルウェン。これを聞けば、君はきっとガッカリするから」
……ああ、そういうことね。
高揚していた気分が、一気に冷めた。
愛の言葉? 私は何を期待していたんだろう。リシャール様が言いたいこと、分かってしまった。
彼はついに私に別れを切り出す気になったんだ。明日のリシャール様の話の内容を要約すると、こうなるに違いない。
君とは離婚だ、ノルウェン。私が欲しいのは子どもを産める王妃だからな。
……荷物、まとめておく方がいいわね。すぐに追い出されはしないだろうけど、元王妃がいつまでも王宮に残っていたら周りも気を使うだろうし。
私が離縁されたと知ったら、妹はどうするかしら? 自殺を思いとどまるように何が何でも説得しないと。
「承知しました。ではまた明日、花園で」
これからのことに思いを巡らせながら、私は暗い気持ちで居室へと下がった。
****
翌日、私は約束の時間よりも早く花園に辿り着いた。種への水やりの日課をこなしながら、初めてここへ来た日を思い出す。
――ここは王室専用の庭だ。
結婚したばかりの頃、花園の案内がてらリシャール様がそう説明してくれた。
――私は悪くない場所だと思う。癒やされる、とでも言うか……。
悪くないどころか最高だった。王宮の庭園にプライベートガーデンがあることは知っていたけど、こんなに美しいとは思わなかった。私はあっという間に心を奪われる。
――何か育てたいなら、花壇に空いているところがある。自由に使ってくれ。
――ありがとうございます。でも私、ガーデニングは得意じゃなくて。
当時の私は自分の身に起きていたことを知らなかったから、無邪気にそう返した。
ああ、あの頃が懐かしい。
一目見てこの花園が好きになった私だったけど、そんなに頻繁に訪れたりはしなかった。こうして毎日足を運ぶようになったのは、一年前に私に命を育む力がないと発覚した後のことだった。
それまで私を王妃として歓迎してくれていた人たちが次々と手のひらを返していく。誰からも望まれなくなっていく。
そのことにどうしても耐えられなくて、避難先としてここを選んだのだ。
リシャール様の言葉通り、ここには癒やしがあった。聞こえてくるのは、噴水の水音や揺れる梢からの葉音だけ。不妊の王妃への悪評もここまでは届かない。ここにいる限り私は安全だと思えた。
その内に妖精からの贈り物も届くようになり、私はますますこの花園を頼みとするようになる。
唯一心が痛んだのは、花壇の空白地帯を眺める時だった。
ここに種を植えたのは、反抗心からだった。私が命を育めない? そんなの間違ってる! あの時の私は、そう思いたかったのだ。
だけど、三日経ち、十日経ち、一ヶ月経っても種は芽を出さなかった。私はそのことにひどく絶望した。もう受け入れるしかないと思った。私は新しい命を生み出せないんだ、って。
それでも、私は水やりの習慣を怠らなかった。自分でも不思議だ。無駄だとは思いつつも、もしかしたらという気持ちもあったのかもしれない。
だけど、それももうすぐ終わりだ。
水やりを終えた私は花園を眺めた。この光景も見納めが近づいている。そう思うと急に胸が苦しくなった。
「リシャール様……」
昨日、この花園で少しだけ彼と心が通じ合えたような気がしていた。でも、それは私に都合のいい妄想だった。残酷な事実が心を抉っていく。昨日受けるはずだったショックが、時間差で襲ってきているかのようだった。
「……っ」
泣いちゃダメ、と思ったのに、涙が頬を伝った。私はその場にうずくまる。
「……もう嫌。消えてなくなっちゃいたい……」
「そんなこと言うもんじゃないわよ」
突然聞こえてきた声に、私は仰天した。辺りを見回す。でも、誰もいなかった。
「あ、あの……?」
私は声の主に思い切って話しかけた。
「どなたですか……?」
返事はない。一体何だったんだろう? 幻聴かしら?
そんなことを考えている内に、門が開く音がした。リシャール様がやって来る。
「すまない、待たせたか?」
「い、いえ……」
まだ怪訝な気持ちが抜けないまま、曖昧に頷く。リシャール様が私の顔を見て眉をひそめた。
「ノルウェン、目元が赤いぞ。どうした?」
「……目にゴミが入ったんです」
私はそう誤魔化して、目を瞬かせる。リシャール様は「そうか」と納得したような顔になった。
「……では、早速本題に入ってもいいか?」
「……どうぞ」
怪奇現象のせいで興奮していた気分が、一気に地の底まで落ちた。ブランコに座るリシャール様の隣に腰掛けながら、私は淀んだ気持ちになる。
ショックを受け止めるため、膝の上で固く両手を握った。
「実は……わ、私……」
リシャール様の緊張が伝わってくるようだ。ああ、こうなったらひと思いに終わらせて!
「実は、私が花園の妖精なんだ!」
「……はい?」
私はポカンとなった。
その反応を見て、リシャール様が動揺する。
「本当に申し訳ない。あの贈り物は妖精からのものじゃないんだ。差出人は全て私だ。ガッカリしたよな」
「は、はあ……」
そんなこと、とっくに知ってますけど?
「ええと……私に話したかったのは、このことだったんですか? リシャール様が花園の妖精だっていう……」
「いや、正確には私は妖精じゃない。人間だ。……上手く説明できないな。その……人間だが、妖精のふりをしていたというか……」
「……大丈夫です、伝わってます」
私が力強く頷くと、リシャール様はほっとしたように「ノルウェンは理解力に優れているんだな」と言った。
「私はあまり頭もよくないし口が回らないことも多いから、君の才能が眩しく見える。結婚当初から、ずっとそう感じていた」
本当に?
意外に思ってしまったけど、驚きが静まってきた私は、安堵のあまり脱力しそうになる。私はまだここにいていい。この花園を眺めることや、リシャール様の隣にいることを諦めなくてもいいんだ。
私の反応がどう映ったのか、リシャール様はもう一度「本当にすまない」と謝ってきた。
「妖精のこと、もっと早く言うべきだと思っていた。だが、タイミングが見つからなくて……」
昨日、懐から贈り物が落ちた時なんか、絶好のチャンスだったと思いますけど?
……とは言わないでおこう。
「ただ、これだけは分かって欲しいんだ。悪意があってやったことじゃない。少しでも慰めになればと思ったんだ。君はひどいことを言われ続けてもじっと耐えてきたから、どうにか力になりたくて……。それで、花園の妖精の名前を出すことを思い付いた。我ながら、よく今までバレなかったと思う」
ごめんなさい、リシャール様。バレバレでした。だってあのメッセージカードの筆跡、リシャール様のものなんだもの。初めて贈り物をもらった時から、妖精はリシャール様だって丸分かりだったんですよ。
……と口が滑る前に、話題を逸らす。
「花園に住む妖精だなんて、面白い発想です。リシャール様はロマンチストなんですね」
「いや、そんなことはない。妖精は本当にいるからな」
「……本当にいる?」
私はリシャール様をまじまじと見つめた。彼は大真面目な顔で「私じゃない」と言う。
「ここには妖精がいるんだ。会ったことはないが、声は聞いたことがある」
「声、ですか……」
そう言われると、思い当たる節があった。
「私もつい先程聞きましたよ。誰かが傍にいるのかと思って探してみたんですけど、人気がなくて……」
「私の時も同じだった。とは言え、私が妖精の声を聞いたのはもう十年以上も前のことだ。即位してすぐの頃だな」
リシャール様は当時を思い出すように目を細める。
「私はまだ六歳だった。国を治めるには若すぎる年齢だ。周りは必死になって支えてくれたが、それでも上手くいかないことも多くて……。時々ひどい自己嫌悪に駆られた。だが、皆の前で不安そうな顔をするわけにもいかない。だから、この花園でよく一人きりで泣いていたんだ」
ふう、とリシャール様は息を吐いた。
「そんなある日、妖精の声を聞いた。『このままいなくなってしまいたい』という私の独り言に、『しっかりしなさいよ』と誰かが応じたんだ。花園にいたのは私一人のはずなのに」
「リシャール様……やっぱりご苦労なさっていたんですね」
幼い彼に降りかかった試練に胸が痛む。同時に、私たちが妖精の声を聞いた状況が似ていることに不思議な縁を感じていた。
「妖精さん、私のことも励ましてくれたんですよ。『消えてなくなっちゃいたい』って言ったら、『そんなこと言うもんじゃないわよ』と返してくれたんです」
「消えてなくなっちゃいたい?」
リシャール様がオウム返しする。
「どうして君はそんな気分になったんだ? まさか、また誰かに悪口を言われたのか? ……ああ、ノルウェン!」
リシャール様は肩を落とし、髪を掻きむしった。
「まさか、君の苦悩がそれほどのものだったなんて……! どうして私は察してやれなかったんだ!? 私が悪かった! 全部私のせいだ! 私が義理にがんじがらめになっていたから!」
「……リシャール様? 一体何を……」
「幼かった私は、周囲に支えられることで何とか王としての体面を保てていたんだ。だから、彼らに恩を感じていた。そのせいで私は周りに強く逆らえない。だが、そんな私の弱さが君をこんなにも傷付ける結果になって……!」
リシャール様が勢いよく立ち上がった。その拍子にブランコが激しく揺れ、私は芝生の上に転げ落ちそうになる。
「もう周囲に甘い顔などしないぞ。ノルウェンと離縁しろとしつこい大臣たちはことごとく罷免し、君の悪口を言った貴族は片っ端から牢獄に放り込んでやる。……だから、消えてしまいたいなんて言わないでくれ。この王宮を、必ず君に居心地のいい場所にするから……」
リシャール様は暴君みたいなことを言い出したかと思うと、急に弱々しい表情で私に懇願してきた。
「あの、ええと……。誤解しています、リシャール様」
大勢の人たちに迷惑をかける前に、私は急いで彼の思い違いを訂正する。
「この一年で、人から望まれないことには慣れました。でも……リシャール様に見放されるのは嫌だと思ったんです」
「私が君を見放す?」
「……私、勘違いしていたんです。リシャール様が私との縁を切ろうとしている、と」
「何故だ!? そんなことするはずないだろう!」
リシャール様は訳が分からなさそうな顔になった。
「私はこんなにも君に惹かれているんだぞ! 代わりなど欲しくない! 私はノルウェンでなければ嫌だ!」
真摯な言葉が私の心を揺さぶった。
……リシャール様、全然口下手なんかじゃないじゃない。
きっと、彼は感情が高ぶると饒舌になるタイプなんだろう。もしくは、幼少期より叩き込まれていた「理想の王たる振る舞い」云々が、普段の彼の言動を縛っているのかもしれない。
「……でも、私には命を育む力がないんですよ? 皆さんが後継者について心配しているのも無理ないことです」
「後継が何だ。そんなの、どこからでも連れてくればいい。何とかなるはずだ。いざとなったら私が産んでもいいしな」
「……それは難しいと思います」
私は笑い声を漏らした。
不思議。私を取り巻く状況はちっとも変わってないのに、何だか元気が出てきちゃった。
こういうのは……愛の力って呼んでも差し支えないのかしら?
「そうですね。何とかなります」
私は肩の荷が下りた気分で言った。
「もしかしたら誰も気付かなかっただけで、命を育む力もいつの間にか戻ってきているかもしれませんしね」
「なるほど。その可能性を思い付くとは、流石はノルウェンだ。では、今から試してみるか」
リシャール様が花壇の前にしゃがみ込む。
「以前に聞いたことがある。種のまき方が悪いと、上手く芽が出ないそうだ。だから植え方を変えてみよう。まずは……」
「スコップ、ありますよ」
手で土を掘り返そうとしていたリシャール様に、私は昨日のプレゼントの農具を手渡した。
リシャール様がそれを使って土の中から種を取り出す。そして、少し離れた場所に別の穴を掘った。
「今度はもう少し深く埋めてみよう。と言っても、私は専門家じゃないから後で詳しい者に話を……」
「リシャール様」
掘り返した土の中から光るものが出てきたのが見えて、思わず彼の話を遮った。リシャール様が「どうした?」と尋ねる。
「ちょっと気になることがあって……」
土の山を掻き分ける。そこから出現したものに息を呑んだ。
真珠の指輪だ。
「これ、べレニス様の……?」
かつて私に治癒魔法を与えた代わりに命を育む力を持って行った、行方知れずの魔女。
そんなべレニス様の指輪が、どうしてここに?
「ひょっとすると……誰かが彼女を殺して、死体をここに埋めたのか!?」
リシャール様が顔を強ばらせる。
「他にも証拠品が出てくるかもしれない! 調べてみなければ……!」
リシャール様は小さなスコップを片手に、猛烈な勢いで花壇の土を掘り返し始めた。
一方の私は、吸い寄せられるように指輪を手に取る。
その瞬間、頭の中に声が響いた。
「使いなさい、わたくしの力を」
それは妖精の声だった。体の内側で、魔力の波が踊り狂うのを感じる。
私はその衝動を解放した。
放たれる強力な治癒魔法。それが辺りに拡散し、瞬く間にその効果を上げる。
癒やされていたのは魂だった。ズタズタに引き裂かれ、原形を留めなくなってしまった魂。それが本来あるべき形を取った。
長い銀白色の髪をした絶世の美女は、私を見て目を細めた。その体を通して、向こう側の景色が見える。
それ以外は、私の記憶にある通りのべレニス様だった。
「大きくなったわね、おチビさん」
少しお高くとまったような、凜とした妖精の声。花園の妖精の正体はべレニス様だったんだ。
「ノルウェン!? 何をしたんだ!?」
穴を掘るのをやめ、リシャール様が目を見張った。
「お前はべレニス!? ……ここで会ったが百年目だ! 早くノルウェンから奪っていったものを返せ!」
「静かにしてちょうだい、坊や」
飛びかかってこようとしたリシャール様を、べレニス様は軽く指を鳴らしただけで消してしまった。私は「リシャール様!」と悲鳴を上げる。
「安心しなさい。ちょっと王宮の端っこまで転送しただけよ。感動の再会を邪魔されたくないものね?」
べレニス様は優雅に礼をした。完璧な気品と、それでいてどことなく色香も漂ってくる仕草だ。
「あなたに感謝の意を表するわ。よくぞわたくしを見つけたわね」
「ただの偶然ですよ。それより、さっきリシャール様が話していたことなんですけど……」
「……揃いも揃って何なのよ、あなたたち夫婦は」
べレニス様はフワフワとした足取りで花園を歩き回り始めた。
「開口一番に言うことがそれなの? 何なのよ! 命を育む力がそんなに大事? はいはい、分かったわよ。欲しけりゃくれてやるわ。……でもね、いいこと教えてあげる。そんな力、あったって何の役にも立たないわよ」
「役に立たない?」
まさかの言葉に、私は狼狽する。べレニス様の口元が歪んだ。
「そう、役に立たないの。結局は何にも変わらないの。子どもなんて産めても産めなくても同じ。何も変わらないの。変わらないの。変わらないのよ! どうせ捨てられるわ! あなたも捨てられる! わたくしと同じように!」
ドオンッ! と鼓膜をつんざくような音が聞こえ、晴天の空から雷が落ちてきた。それが私の体を貫く。
走馬灯のような幻が、頭の中に流れ込んできた。
――愛している、べレニス。
花園の中に、一組の男女がいた。男性の方はリシャール様とよく似た顔をしていて、彼の腕の中にはべレニス様がいる。
――陛下……嬉しゅうございます。
頬をバラ色に染めたべレニス様がうっとりと囁いた。
――でも、いけませんわ。ここは王族の方しか入れないお庭でしょう?
――構わん。お前は未来の王妃だ。少し先走ったところで、誰も咎めたりはしない。
――まあ、王妃だなんて……。
――私は本気だ。……これを、お前に。
そう言って男性が差し出したのは、真珠の指輪だった。べレニス様が顔を輝かせる。
――ありがとうございます、陛下。ずっと大切にいたします。
場面が変わる。
またべレニス様があの男性と話をしていた。
けれど、今度の彼女は幸福とはほど遠い悲惨そのものの顔をしている。
――陛下……何故なのですか?
べレニス様が掠れた声で言った。
――何故あの女とご結婚なさるのです? わたくしを王妃にしてくださるとおっしゃったではありませんか。
――彼女の腹には私の子がいる。
男性は面倒くさそうにべレニス様を見た。
――お前が私の愛人になって何年経つ? 彼女は半年もしない内に授かったというのに……。
べレニス様がまっ青になった。
また場面が変わる。
花園の門から入ってきたべレニス様は、すっかりはしゃいでいた。
――陛下、わたくし、今度こそあなた様のお子を産んでみせます!
べレニス様はまくし立てるように続けた。
――わたくしは素晴らしい力を手に入れました! これできっと懐妊しますわ! ですから陛下……。
――出て行け。
興奮状態だったべレニス様が固まった。彼女は気付いていなかったのだ。最初から、男性がひどく冷たい目をしていたことを。
――ここは王族専用の庭だ。お前が来るところではない。
――で、ですが、わたくしはもうすぐ王妃に……。
――王妃? 寝ぼけたことを言うんじゃない、魔女め。
男性は去っていった。ベレニス様を残して。
視界がぐらりと揺らぎ、私は現実に引き戻される。
目の前にいるべレニス様は険しい表情をしていた。私は恐る恐る「今の男性は……」と尋ねる。
「国王よ。……先代の」
べレニス様が吐き捨てるように続ける。
「分かるでしょう? 子どもが産めたって、何の意味もないのよ」
べレニス様が顔をうつむけた。
「本当に惨めな気分だったわ。心が痛くて痛くてたまらなかった。もう耐えられない、消えてしまいたい、いなくなってしまいたい。そう強く願った。そして……その瞬間に、わたくしの魂は壊れてしまったの。それで、一言二言、声を出すのがやっとの存在に成り果てたっていうわけよ」
べレニス様は高慢な笑いを顔に貼り付ける。
「分かった? おチビさん。あなたも悟った方がいいわよ。望まれない女は、どんな力があっても相手にされないの」
「……べレニス様は、そう思われるのですね」
彼女の哀れな境遇に、胸が塞がるような思いがする。一歩間違えば、私もべレニス様のようになっていたかもしれないんだ。
「でも、リシャール様は先王陛下とは違います。私を捨てたりしませんよ」
「……何でそう言い切れるのよ」
べレニス様の顔に苦痛が走った。
「『愛している』って言われたこともないくせに。わたくし、ちゃんと知ってるのよ」
「言われなくても分かります。心が通じ合っていますから」
私は微笑んだ。
「私はリシャール様に愛されているんです。だから、リシャール様は私を手放しません。それに、私も彼の傍から離れる気はありませんもの」
べレニス様は黙って私を見つめる。私も何も言わずにその視線を受け止めた。
しばらくして、べレニス様が力なく笑う。
「あなたは本当に大切にされているのね。わたくしも、あなたのようになりたかったわ」
べレニス様は長いまつげに彩られた瞳をそっと閉じる。
「でも、無理ね。わたくしは魔女だもの。冷たく残忍な妖婦。嫌われ者がお似合いだわ」
「そんなことありませんよ」
私は静かに首を振る。
「あなたはリシャール様と私を助けてくれました。見ていられなかったんでしょう? 自分を否定している私たちを。『いなくなりたい』と願って、実際に消えてしまった自分のようになって欲しくなかったんです」
「……わたくしもお人好しだわ。仇の息子まで助けるなんて」
「本当に仇だなんて思っていますか? べレニス様の魂は辛い現実に耐えられず、消えてしまった。でも、指輪は残りました。愛の証は壊したくないと、知らず知らずの内に願っていたんじゃないですか?」
「……あなたって本当に困った子。昔から純粋なんだから」
べレニス様は小指に嵌めた真珠の指輪を撫でる。
「そうね。愛される資格のない人なんていないわ。わたくしも、いつかはきっと……」
べレニス様は言葉を切り、私に歩み寄る。
「あなたの頼み、聞いてあげるわ。取り替えていたものを、あるべきところへ戻しましょう」
べレニス様が私に触れた。そこから何かが体の内側へと染み渡っていき、逆にそれまで私の中にあったものが外へ出て行くのを感じる。
「……これでいいわ」
べレニス様が言った。
「その力、私はついぞ使う機会がなかったけど、あなたはせいぜい上手く活用しなさいよね」
べレニス様の体が宙へ浮く。お別れの時が来たのだ。
「ありがとうございます、べレニス様」
「……お幸せに、王妃様」
ベレニス様は風に舞う羽のように軽やかに上へ上へと昇っていく。太陽の眩しさに目が眩んだ私が一瞬瞼を閉じると、次の瞬間には彼女は見えなくなっていた。
しばらく空を見上げていた私は、花園の門が乱暴に開かれる音で我に返る。
「ノルウェン! 無事か!?」
息を切らして汗だくになったリシャール様が、大股で私に近寄ってきた。
「先程雷がここに落ちたよな!? 何ともなかったか!? べレニスめ! ノルウェンにかすり傷一つでも負わせていたら、ただでは済まさないぞ!」
リシャール様は私の体をクルクルと回して怪我がないか確かめる。ああ、リシャール様、こんなに必死になって私のことを心配して……。
やっぱり彼は何よりも私を想ってくれているんだ。言葉が自然と口をついて出てくる。
「愛しています、リシャール様」
「……どうしたんだ、いきなり」
リシャール様がポカンとした。
「分かりません」
私は笑う。
「でも、言いたくなったんです」
「そ、そうか……」
リシャール様は少しモジモジした後、意を決したような表情になった。
「わ、私も……愛してる」
リシャール様に抱き寄せられる。相変わらずドキドキしていたけれど、ひたすらパニックになっていた以前よりは、ずっとしっかりとその抱擁を受け入れることができた。
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それから一週間後。
「リシャール様! 来てください!」
夫の居室へと駆け込んだ私は、彼の手を引っ張って花園に連れ出した。
「ノルウェン?」
「見せたいものがあるんです!」
花壇を指差すと、リシャール様が瞠目した。
「芽が……」
真っ黒な土の上に、可愛らしい緑の新芽がいくつか生えていた。
「私がまいた種から発芽したんですよ」
私は誇らしい気持ちでそう言った。
「君は本当に、命を育む力を取り戻したんだな」
リシャール様が優しく笑う。べレニス様との間に起きたことは、すでに彼に伝えてあった。
「もう誰にも王妃として失格だなんて言わせません」
「私は最初からそんなことは思ってない。だが……そうだな。今まで好き勝手言っていた連中に、君の実力を見せてやろう」
「ええ、もちろんです」
私は自信たっぷりに笑う。
その誓いが現実のものとなったのは、三ヶ月ほど後のことだった。
また私は夫を花園に連れ出し、今度は美しい花をつけるようになったあの時の新芽の前で告げる。
もう望まれない王妃はどこにもいないということを。
私のお腹に、新たな命が宿ったということを――。