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子猫の恩返し  作者: りんご
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落とし物の持ち主は

奇跡と偶然は紙一重

『桜咲くとき人は出会う。そしてまた桜が咲くとき、人は別れを惜しむ。後悔を今更募らせたところで、あの日々はもう帰ってこない。たとえ夢だとしても、記憶には焼き付いた光景。そしてつくられるあらたなる思い出』

 そして最後の作者のコメントに『出会い、それは終わりの始まり』とかいてある。並べられた単語を何周か読んで、頭の中で土台を作る。何かあるたびに物語が頭の中で作られてしまうのは日常茶飯事。でもそれがこうしてパソコンに打たれるのはほんのわずかな話のみ。ときに妄想同士を合体させることもあるが、大体は一つの妄想は一つの物語として成り立ってしまう。現にそうして作られてきた物語は、少数ではあるが人に認められている。この活動を約1年。少しずつ知名度が上がって今は登録者が100人を越えようとしている。…少し嘘をついたかもしれない。知名度が上がったと言っても、ここ最近は全くだ。最初の方は良かった。2ヶ月もしないうちに10人もの登録者がついて、コメントや評価をくれた。2ヶ月ほど前までは順調に伸びていたのだが、最近はこれっぽっちだ。

「はあ」

 ため息を吐いたら、どっと疲れが押し寄せてきた。散らかったこの部屋は、彼の面倒臭がりを象徴しているかのようだ。きれいにしようという志は浮かぶのだがなんだかんだ言い訳をして何もできない。すぐに片付けられる程度なのに、ついつい他のことで頭がいっぱいになってしまう。慣れない独り暮らし。少し離れた学校に通うことになったのだが、そこには寮がないし、自宅から通うには相当な距離があるので、アパートの一室を借りて生活を始めた。正直ホームシックになると思っていたが、不思議とそんなことはなく、思っていたよりも自立した生活が送れている。ついさっきまで読んでたものは、彼が気に入っている作家である吉岡夕陽(よしおかゆうひ)のもの。先日発売されたもので、季節に合わせた人それぞれの感情を端的にまとめたものだ。その吉岡夕陽に憧れを抱いている神原旭(かんばらあさひ)は、ネットの小説投稿サイト『小説を書こう』に『ひまわり朝日』というペンネームで活動している。ちなみに吉岡は、むかしこのサイトで小説を投稿していて、今もそれは残っている。数ある小説投稿サイトの中で旭がこのサイトを選んだ理由は吉岡へのあこがれがあったからだ。今までは中学生という肩書だったけれど、もう明日から高校生という肩書になってしまう。自己紹介の部分を書き換えなければならない。

 地元からは一人二人いればいいほうなくらい遠いとこにある。人見知りで、俗に言う『陰キャ』のぶ類に入る。そんな旭が誰も知りあいのいない高校で生活できるのだろうか。幸いにも読書や書物など、一人でも時間をつぶせることはある。故にボッチになってしまっても楽しむ手段はあるということだ。

―明日から高校生か

 未だに実感が湧いていない。一人暮らしを始めたが、中学生の時の自分がまだ眠らないまま心の中にいる。地元の友達とも暫くあってない。毎晩同じ日を繰り返しているようにあの子達を望んでいる。

 旭は眠れないと思い、リビングに行きココアを湧かせた。そして今のこの感情を紙に書く。これは後々に別のストーリーと組み立てて小説にするためのものだ。旭は歌の中でも解説を見たり、たくさんの隠喩が使われているものを好む。それ真似て旭の小説は隠喩が多めとなっている。旭と同じようなものを好む人が登録をしてくれているのだろう。少量ながら書記されていたコメントには共感されているような事が書かれていることが多くある。

 外には桜の木が咲いているが、月が出ていないということもあってか、今日は見えない。普段は得意な静寂だけれど、突如として現れた不安に心を震わされて、テレビをつける。もう少し深夜帯に突入仕掛けているけれど、孤独を癒やすにはちょうどいい。寝れないとはいえ、明日は早起きだ。早めに寝ておかないと体が持たないであろう。無理矢理にでも寝る必要がある。テレビをつけたのが、ちょうど番組が終わる時間で、すぐにテレビは切った。旭はいつものルーティーンとして、ベッドの上でパソコンを開き小説を書いている。今日も同じようにベッドにうつ伏せになる。足をパタパタとさせながらパソコンを触る姿は、どこか幼さと可愛さがある。

 まだ誰にもこの活動をしてるとは言ってない。小説にも人によって文の特徴や味がある。それは人がそれぞれ違うのと同じくらい当たり前なことだと旭は思っている。いわゆる旭にしか書けない文章の味というものがあるのだが、旭のものは少しポエムや歌の歌詞見たくなっており、題名も少し考えないとわからないような小細工が施されている。そういった比喩を考えてる時がたまらなく楽しいのだ。知人にそれを見られるのはなんとなく恥ずかしいというありきたりな理由で秘密にしている。

 こうして小説を書いている時間は何もかもを忘れられて、一つ一つの物語構成を考えるだけでワクワクする。そして気づいたら夢を見ているなんてこともよくあるのだ。文字に打つことで悩みやストレスが消えるような感覚もある。だから病んでしまったときは文字に書き起こして、少しでも心に負担がかからないようにしている。


 中学生の入学時に味わったあの感覚が3年ぶりに旭に宿る。高校に入って初めて見る桜も、例年通りきれいだ。教室が3階なので、窓から直接見えないのが少し残念。地元と離れた高校なので隣や前後ろの席の人はもちろん初めて見る人だ。おそらくこの高校に旭の知り合いはいない。人見知りの旭は自分から話しかけることがかなり苦手だ。暇つぶしの道具はあるが、それはあくまでもそれは暇つぶし。無論、友達がほしくないわけではない。ドラマやアニメなどでよく目にするような、友達と帰りにカフェによったりご飯を食べて帰るなんてことに憧れを持っている。高校といえばま青春というイメージを彼も持っているのだ。昨夜読んだみたいな出会いがあればなんて、つまらなさそうに頬杖をついて本を読む。周りの人も静かにしているが、これと言って誰かが何か行動を起こしたりしているということはない。ただ席についているような人ばかりで、旭のように読書をしている人は5人もいない。てっきり、このクラスには知り合い同士がいるものだと思っていたけれど、案外そうでもないみたいだ。みんな孤高の一匹狼とでも言わんばかりに一人行動をしている。そんな姿を見ていると仲間はずれじゃない感じがして安心できた。

 少しして久しぶりに音を聞いた。扉の開く音だ。そして先生が入ってきた。さっきの入学式のとき、紹介されてた担任の先生だった。50歳くらいのおばちゃん先生で、その先生は手短に話すと、ホームルームを終わらせた。先生が来る前、自慢の視力で日程表を見ていた。朝も帰りも、ホームルームの時間は10分。それを思い出した今、時計を見てみると、先生がホームルームを初めてまだ10分は経っていなかった。

「起立。礼」

 と先生が号令をかけた。先生一人だけがさようならと言った。誰しもが周りの様子を気にしている。恐らく出ていいかわからなかったのだろう。先生は「もう出ていいですよ」と微笑しながら手で扉を差した。旭も怖かったので最初には出なかった。そして誰かが出ていったのを確認してから教室を出た。

 旭は眼鏡をかけているが、これはレンズに度が入っていない、いわゆる伊達メガネだ。旭も年頃なので、おしゃれの一つや二つしたいものだ。丸淵の眼鏡に好感を持ち、先日100円ショップでそれを買ったのだ。故に外に出るとき以外、この眼鏡はかけていない。眼鏡によって何か変わるわけではないのだが、このフィット感がよく落ち着くのだ。

 旭は、階段を降りた先の曲がり角で誰かにぶつかった。そう気づいたときには尻もちをついていた。眼鏡は取れて、カタンコトンと音を立てて転がった。しかしそんなことには気づきもしなかった。

「ごめん。大丈夫?」

 耳に入ったのは聞き心地のいい低い声だった。声の持ち主は旭のものとシューズの色が違う、ということは上級生。

「大丈夫です。こちらこそごめんなさい」

「怪我はない?」

「はい。大丈夫です」

 優しい手が伸びてきて、旭を立ち上がらせる。旭は立ち上がりズボンについたホコリをパンパンとはらう。

「これ、落とし物」

 先輩に言われて初めて、旭は眼鏡が取れていたという事実に気づく。

「あ、ありがとうございます」

 旭は眼鏡を受け取り、レンズの部分の汚れをを袖で軽くとってかけた。裸眼と違いフィルターがかかっている視界は少し濁っている。

「似合ってるよ。伊達メガネ」

 褒められたことと、伊達メガネがバレていたこと、2重の恥ずかしさが一瞬で顔を赤らめる。それ故に何も言えず、その先輩は旭の背中を通り過ぎていく。美しい首筋と顔立ち。優しさに満ち溢れた笑顔が、その先輩は印象的だった。旭より頭一つ抜けた身長、それはまるでお兄ちゃんのようであった。

 旭にそう言い残した先輩は、学ランのポケットに両手を突っ込んで階段を上がっていった。

 家に帰ってあとは寝るだけという状態になった旭は、鞄から本を出そうとした。だが、いくら探しても本は見当たらない。もう一度、もう一度とリュックの中を探したが、本は見つからない。学校には持っていった。教室でも読んだ。せっかくいいところまで読めたから家で読もうとリュックの中に入れたはずだ。教室を出る最後には机の中が空っぽになっていることを確認した。となると家にはあるはずだが。家に帰ってきてから今の今まで、このリュックは開けていない。詰まり子の家にないという可能性が高いということ。ならば考えられることは落としたということ以外考えられない。落とすとしたら、リユックが空いていないとおかしいので、それもまた違うような気がする。

―最悪買えばいっか。本とはなしの行方が気になるが、読めないなら書けばいいという精神で、ご飯中ながら、パソコンを開いた。

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