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MOSAIC 1 〜再編版〜  作者: AKI
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大事な手紙

1985年、夏。


"桑田、清原のKKコンビ"に沸いた甲子園の夏。

"おニャン子クラブ"がデビューした夏。

"日本航空123便墜落事故"が起きた夏。

"女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約"を日本が批准・発効した夏。


私にとって"もっと忘れられない出来事"が起きた夏。


あの年の夏はもう戻らない。

でも私の中でいつまでも生き続ける。

それほど私の人生観に影響を与えた夏だったんだ。


"甘酸っぱい"と表現されるような生易しいものではない。

これは喜びと悲しみが混在した不思議な夏の物語。



7月8日

朝の目覚めは煩い目覚まし時計を"寝かし付ける"事から始まる。

そうでもしないと起きられない私だからしょうがない。


深夜のMTVなんて観てる。流行なんだ。

友達を一人作るためには流行に敏感で無いと今も昔も難しい。

例えば、昨日の1位がフィル・コリンズだった事を知っているか否かも重要なのだ。


でも昨日は日曜日で家に篭ってた私は母と喧嘩をした。

"レコードの音"が煩いって。

「"レコード"じゃないよ、"カセットテープ"だよ。」

あんたも煩かったから、あんたの声も入ってるよ。


人間ひとりひとりの人生なんて、所詮は神さまたちの暇つぶしで成り立っているに過ぎない。


このゲームが得意な神さまもいれば

不得意な神さまもいるはず。

世間を賑わす凶悪な犯罪者も言うなれば

このゲームが不得意な神さまが操作しているからだ。


こんな事を言う私を操作しているのも

きっとそんな神さま。

私は少し楽になった。


世間に蔓延る宗教なんてのは

こうやってすぐ楽になるような人間を狙って

深い深い闇間に陥れるのだろう。


また日曜日になれば

昨日と同じような気待ちになってしまう。


「色葉ー、朝ごはーん」


母の声が隣の部屋から聞こえる。

そんなに大声出す必要もないのに。煩いな。


色葉(いろは)は私の名前だ。性は白瀬(しらせ)

私は一応「はーい」と返事をする。

そうすれば、母の声が止むからだ。


暫くしたら茶の間には行かずに玄関を目指す。

あの顔を見たくないからだ。理由は沢山ある。


妹を溺愛し過ぎて私には冷たく当たっている。

朝ご飯を食べたくないのも、居心地が悪いから。


次に、私の好きな人たちを頑なに否定する。


有名なフォーク歌手は?

「10年くらい前にクスリで逮捕されたからダメ。」

あのチェック柄のアイドルバンドは?

「チャラチャラしているからダメ。」

あの泣き虫ぶりっ子ちゃんは?

「裏がありそうだからダメ。」


別に母がダメだからと言って彼らの音楽を聴いてない訳では無いけれど歯痒い。

友人からは「当たりがキツイ」とも言われてる。

お父さんと離婚した理由も話さない母に同情もしたくない。


妹は離婚して4ヶ月くらいで産まれた。

つまりはそう言う事なのだろう。


狭いアパートから外に出る。夏香を期待しても生憎の曇り空。

今の私の気持ちを表しているかの様な色が目に痛い。

俯いて水溜りに顔を映したくもなる。

でも自分と目線を合わせると現実に溜息が漏れる。


「化粧くらい覚えなくちゃ」


登校は歩きだ。自転車を買う予定も余裕もない。

家の外では健気に振舞っているからか

私の心が大人びている事に気付いている人は少ない。


気付いてるのは同級生で友人の

柳田公子(やなぎだきみこ)》くらい。


「あっ、色葉おはよう!」

「おはよー。」


朝から元気だ。羨ましいような気の毒のような。

彼女は小学校からの同級生で元気で好かれやすいタイプの子。


「新曲聴いた?ロカビリーナイト。」

「うん、聴いたよ」


ラジオもテレビも私たちの音で溢れてる。

耳を傾けていなくても波の様に届けてくれる。


「この曲の歌詞どう思う?

私たち青春を通り過ぎちゃったら

今を懐かしく思っちゃうのかな?」


来たよ。朝から早々、人生観の話に大欠伸。

というか青春時代真っ只中の私に聞かれましても。


「さあ。」


素気なく答えた私に彼女は続ける。


「青春って長い人生の中の1割くらいで、

青春を通り過ぎたら、あと6割は仕事に追われる。

残りの2割は暇だしね...

あ、最初の1割は守られ過ぎてノーカウント!」


最初の1割とは10歳以下の時代の事だろう。数学は嫌いだ。

頭の中にコンガラ・コネクションを形成するだけだから。


私は話題を変えようと昨日のMTVの話をした。


道中にはレコードショップがある。朝に情報交換をして、

下校途中にそこに寄るのだ。新譜を探すのが日課になっている。

無論、お小遣いなんてないからジャケットを見て満足するだけ。

彼女が録音用のテープを何枚か買ってるのも羨ましい。


校門を抜けると女子高生としての一日が始まる。

精一杯の愛想を振り撒くのだ。


うちの学校にも当然の様に不良が居る。

校門前で腰を落として不機嫌そうな顔をしている。

意気地無しの我が校の先生たちは、

校門を越えないと煙草の注意もしないから。


チャイムの音が響く。


普通の子は普通に席に着いて、真面目な子は急いで席に着く。不良(ワル)を気取りたいのならば、扉の前でウンコ座りでおしゃべり。私たちは普通の子のようだ。


教室の扉が開く。忙しい教室を静寂が包む。

それと同時に黒板消しの落ちる音も聞こえた。


「おわっ!」

「戸田、授業すんの?俺らトイレ行ってきまーす。

おい、増田、室伏、行こうぜ。」


「また、やってるよ。」


人見大輔(ひとみだいすけ)

普通の生徒たちは、彼の事をウンコマンってあだ名してる。言葉には出さないけど。

増岡一也(ますおかかずや)

ブサイクでひょうきん族に出てても可笑しくないほど煩い。

室伏東(むろふしあずま)

顔はカッコいいけど不良は不良。手紙なんて渡せない。


1週間の内に4日くらいはこの光景を見る。特に気が弱い《戸田弘(とだひろし)》先生が1限目だと、まずこういう事になる。


「なぁ、お前ら。俺って教師に向いていないのかな…」


そんな弱気じゃね。


「そんなことないですよ、先生。早く授業してよ。」


公子だ。私たちにとって、大人の悩みなんてどうでもいい。私たちに何かしらの利益を与えてくれるだけでいい。期末試験の現代文に出題される箇所の確認を兼ねた授業をするだけで十分だ。


一方、男子トイレでは人見を中心とした三人組の談笑が煙と共に花開いていた。


「それでよ、麻里のやつ。子供が出来ちゃったらどうすんのって泣いてやんの。中途半端にツッパんなよって話 (笑)」

「うっわ生でヤッたのかよ。」

「ちょっとだけって言って止められる訳ないよな (笑)」


麻里とは孤高のスケバンで私たち女子が恐れるお方。同じクラスだけど、ここ数週間は休んでる。来てても直ぐに教室から出て行くから特に害はないけど、トラブル起こしそうな人には近づきたく無い。

化粧もパーマも当てて登校してたから目立ってて、隠れファンの男子や女子も居る。


「マジで孕ませてたら、どうすんだ?」

「堕ろさせるわ」

「コーラ?」

「わかんね。」


コーラで避妊は即効性の面で実用性に乏しい。それが証明されるのは数十年後の話だ。どうも精子というのは自分が生きる為に我先に子宮を目指し1分も掛からずに子宮へと到達するそうだ。


「という事で今日の授業はここまで。」


担任の《大山貴子(おおやまたかこ)》先生は保健体育を受け持っている。長身で脚も細くてスタイルが良い。その秘訣はウォーキングとスクワットだと教えてくれたのは春先。梅の花が咲くか咲かないかくらいの頃。


「続けてる?」


この体型を見たらわかるでしょうに。先生はまだまだ成長期だから無理なダイエットは禁物だと言う。そのスタイルで言われると説得力に欠ける。嫉妬心がメラメラ燃えてくる


先生はホームルームで、ある休んでる生徒への手紙を渡して欲しいと私に言った。


「えー、なんで私なんですか」

「彼女の家の前を通るじゃない。

それに帰宅部だし、あなたが適任だと思うけど」


適任?私は《藤浪麻里(ふじなみまり)》みたいな不良とはあまり面識がないし、苦手なタイプだ。


「手渡してね。大事な手紙だから、よろしくね」


大事な手紙って何の手紙だろう。素行不良で退学の警告か。お人好しな大山先生の事だ。そういう内容だろう。麻里の事だから、そんな手紙渡したところで、彼女の素行が改善されるとは思えない。手渡しの必要もないだろう。


私は彼女の家のポストに”大事な手紙”を入れた。入れてしまった。

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