帝国本土へ向けて
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──帝国本土へ向けて
港湾都市から帝国本土に向かう船に乗る。
デニスとダリューゲ商会の商人たちの死は謎のまま終わった。誰もが不自然な死に方をしていて、どうやって殺されたかのすらも分からなかった。
「あまり重く考えるなよ」
お前にするべきことがあるんだとベルゼブブが言っていた。
フェルディナントが呪いとなったことは、エレオノーラに囚われない呪いとなったことは、ある意味ではアーデルハイドにとって救いだった。だが、どうしてフェルディナントがエレオノーラに囚われなかったのかは分からなかった。
しかし、考えるなと言われた以上、考えるべきではないのだろう。ベルゼブブは地獄の国王だそうだが、その助言は常に正解だった。
「船の旅はうんざりするな。飯は不味いし、寝床は臭いしで」
ベルゼブブはそう言いながら船縁から海を見渡していた。
「そうですね。ですが、1日も掛からないのが救いです」
「だといいんだが、どうにも妙なのが寄ってきてる」
「妙なの?」
「あれは海賊だな」
不意に轟音が響き、アーデルハイドたちが乗った船の進行方向に水柱が上がった。
「砲撃!」
「ああ。馬鹿な連中だ。地獄の国王と“死の魔眼”持ちの乗っている船を襲うなんて」
そう言ってベルゼブブは大きく欠伸をした。
「俺様が平らげてやってもいいんだが、今はお前が亡者を増やす方が得だろう。殺してこい。遠慮はするな。連中もどうせ他人の血を吸って生きてきたんだ。容赦なく殺せ」
「はい、ベルゼブブ様」
海賊船は急速に近づく。アーデルハイドたちの乗った船は砲撃を恐れて停船状態にある。このままでは乗り込まれて、船は乗っ取られるだろう。乗客たちは身代金が要求できそうな人間を除いて皆殺しにされる。
「行って参ります」
移乗戦闘が始まる前にアーデルハイドが海賊船に飛び移る。
母エレオノーラの呪いの力に支えられた彼女は数十メートルという距離を飛翔し、海賊船に降り立った。そして、虐殺が始まった。
「お頭! 女が乗り込んできましたっ!」
「なにい? 殺せ!」
海賊たちが一斉にアーデルハイドを見る。
「行こう、母様」
アーデルハイドが眼帯を上げ、右目を開く。
「あ、ああ……」
「ぐえっ……」
アーデルハイドの右目を見た海賊たちが倒れていく。
「お前たちも亡者となり、私の力となれ。私の復讐のための役に立て」
アーデルハイドは海賊たちを見渡す。
海賊たちは次々に倒れ、船が瞬く間に血の海になっていく。
「貴様、邪視の持ち主だな?」
そこで海賊の頭目がやってきた。
彼はアーデルハイドの顔を見ても平気な顔をしている。
「ふむ。目が見えないものか?」
「その通り。戦いで視力を失った。俺に邪視は通用しねえ。だが、それよりも恐ろしいものをお前は従えているようだな。いや。お前の方が従わされているのか?」
「どうだろうな。私は呪われていて、私は呪いの力を使っている」
「持ちつ持たれつ。だが、呪いは人を破滅させるぞ、若いの。呪いは力となるだろう。呪術師ってやつは呪いで稼いでいる連中だ。連中は呪いによって栄え──呪いによって滅びる。俺の聞いて来た呪いを持った人間の末路は悲惨なものばかりだったな」
海賊の頭目がマスケットを構える。
「当たるも八卦当たらぬも八卦。お前の呪いはこれを防げるか?」
マスケットから銃弾が放たれる。
それは一瞬エレオノーラたち亡者が阻止しようとしたが、それは亡者たちを貫き、アーデルハイドの頬を掠めて飛び去って行った。
「……何をした?」
「知らないのか? 昔から呪いには聖水と決まっているんだ。俺の聖水は強い酒も混ぜてある。呪いが嫌がるものばかり詰め込んである。さあ、次は助かるかな?」
海賊の頭目がマスケットに再び銃弾を込め放つ。
今度の弾は明後日の方向に飛んでいった。
この時代のマスケットの精度は極めて低い。冶金技術の未発達さから暴発することもままあり、辛うじて発砲されたとしてもライフリングされていない銃弾が真っすぐ飛ぶという保障すらないのだ。
「このままお前の運試しに付き合うつもりはない。死ね」
アーデルハイドは“亡者喰らいの大剣”を振るう。亡者たちが海賊の頭目に群がり、その肉を裂き、喰らっていく。それでも海賊の頭目はマスケットの銃弾を込め続けていた。まるで痛みなど感じないかのように。
「実はなあ。俺も呪われているんだよ。お前さんみたいな死者の呪いでも邪視でもない。海の神様の呪いだ。俺が海から陸に上がると死ぬって呪いだ。だから、ずっと海の上にいた。だが、いい加減に海の上にはうんざりしていた。しかし、呪いのひでえところは海にいる限り、俺は不死身ということだ」
海賊の頭目はマスケットに銃弾と火薬を装填し終え、放つ。
銃弾はやはり明後日の方向に飛んでいく。
「だが、ようやく死神が来てくれた。俺は海で死ぬ! 俺が愛した海で死ぬ! 海の神よ! 見たか! 死神が俺のところにやってきたぞ! 俺は海で死ぬんだ! 海賊として海で死ぬんだ! 海で! 海で……海で……」
海賊の頭目はアーデルハイドの呪いに喰い殺されて、息絶えていた。
「呪いか……」
アーデルハイドがぽつりと呟く。
「アアアアデエエエエ……」
「母様、私を呪い殺すときは抱きしめてくれ。母様だけだった。私を抱きしめてくれたのは。私は母様の胸の内で死にたい。母様、約束してくれるか?」
「アアアアデエエエエ……」
「そうか。ああ。構わないさ、母様」
アーデルハイドはそう言うと、眼帯を下ろし、右目を閉じて、元の船に飛び移ってきた。乗客たちと乗員たちは狼狽えている。
「食事は楽しめたか、俺の可愛い子?」
「ええ。海の神の呪いにかかったという男を喰いました」
「そいつは珍味だな。俺も食ってみたかった。まあ、今はお前の食事が優先だから仕方ないか。しかし、海の神の呪いねえ」
ベルゼブブはそう呟き青い海を眺めた。
「何をしたらこの海に呪われるってんだろうな?」
「分かりません。呪いとは理不尽なものであると認識しています」
「実の親に呪われているお前が言うと説得力があるな」
ベルゼブブはそういってけらけらと笑った。
それから船は帝国本土へと進み続け、1日も掛からずに帝国本土に到着した。
アーデルハイドとベルゼブブは船を降り、数年ぶりの帝国本土の様子を見る。
「発展した、な」
「ええ。忌々しいことに」
今や衛兵たちはサーベルとマスケットで武装し、建物はどれも立派な石造りのものになっている。アーデルハイドたちがここを発ったときは木造の倉庫がいくつか建っているだけで、衛兵など数えるほどしかいなかったというのに。
「まあ、美味い飯にはありつけるだろう。早速飯を食うぞ。腹を空かせていては復讐どころではない。腹いっぱい食って、いつでも満足して死ねるようにしておかないとな。いくぞ、アーデルハイド。飯屋巡りだ」
「はい、ベルゼブブ様」
ベルゼブブはそのまま10軒ほどの飯屋をめぐりメニューを全て平らげた。
アーデルハイドは最初の店で食事をとると、後はミルクを飲むだけであった。
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