付随的損害
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──付随的損害
デニスが開いた会議は事実上の人民法廷だった。
自らが自らの犯した過ちを告白させられる。そして、許しを乞う。
デニスによってサルディス王国における商館の商人たちがひとりひとり自分が犯した間違いを無理やり引き出され、それによって生じた損害を報告させられ、ひとりひとりがそれを補うために無給で働くことを約束させられ、そうでないものは借用書にサインさせられて解雇された。
デニスは商館について夜から次の朝、また次の朝までこの裁判を続け、多くの商人たちが富を失い、奴隷同然になっていった。
だが、デニスの天下も長くは続かなかった。
3日目の夜、アーデルハイドが乗り込んできたからだ。
アーデルハイドはまず商館を守る衛兵に止められた。
「何者だ」
「何のためにここに来た」
商会の主が来ているのに衛兵の警備は強固だった。
強固だった。
過去形である。
アーデルハイドがその右目を晒すまでは、それは強固であった。アーデルハイドが“亡者喰らいの大剣”を抜くまでは、それは強固であった。
一瞬にして全てが崩壊した。
衛兵は血反吐を吐き、血を流しながら這いずり回るところを“亡者喰らいの大剣”で貫かれ、逃げようとする商人たちが“亡者喰らいの大剣”によって次々に喰われていき、商館の中が血に染まる。
アーデルハイドの足音は、死神の足音は着々とデニスの下に近づいていた。
「衛兵! 衛兵! この扉を守れ!」
商人たちの声が響く。悲鳴が響く。すすり泣く声が響く。
『アアアアデエエエエ……!』
「ああ。母様、バッセヴィッツ家に与するものたちは皆殺しだ」
あまりにも巨大な刃を持ちながら、アーデルハイドが前進する。
衛兵が亡者たちに喰い殺される。魂が亡者の隊列に取り込まれる。亡者が増えていく。呪いが増していく。死が振りまかれて行く。
衛兵がほぼ全滅し、商人たちが全滅したのちにアーデルハイドはデニスの隠れていた部屋の扉を蹴り破る。デニスは机の下で怯えていた。
つい昨晩までバッセヴィッツ家の利益にならないと判断したものたちを縛り首にし、吊るし上げていた男は小さく縮こまり、子供のように怯え、泣きながら神への祈りの言葉を口にしていた。
「出て来い。さもなくば亡者の餌にするぞ」
真っ赤な右目でアーデルハイドが室内を見渡す。
「こ、殺さないでくれ……! 悪気はなかったんだ! ただバッセヴィッツ家からの催促が激しくて、どうしても損害を取り戻さなければならなかったんだ……!」
「お前の弁明に興味どない。大人しく出て来て、私の右目を見ろ」
「わ、分かった」
デニスが恐る恐ると机にしたから出て来てアーデルハイドの右目を見る。
次の瞬間、彼は血を吐き、鼻血を流し、血の涙を流す。
「あ、ああ……! 呪われている! お前は呪われている!」
「そうだ。私は呪われている。そして、今やお前も呪われれる身だ。お前の仲間たちの言葉を聞け。彼らの呪詛の声を聞け。そして、奴らからの裁きを受けろ」
アーデルハイドが自分の右目をまざまざとデニスに突き付ける。
『オ前モコッチニコイイイイイイ!』
『呪ワレロオオオ! 呪ワレロオオオ! 呪ワレロオオオ!』
商人たちの亡者がデニスに群がり、その肉を貪っていく。
「や、やめてくれ! 助けてくれ! 助けて! ああ! 神よ! どうかお助けを! この悪魔から私をお救いください! 助けて! 助けて! 助けて! 死にたくない! 死にたくないんだ! 呪われるなんていやだあ!」
「では、喋れ。バッセヴィッツ家は今どうなっている?」
そこでエレオノーラがデニスに群がっていた亡者たちの鎖を引く。
「あ、あの家は帝国を裏から支配している……。帝国親衛騎士団を押さえ、裏では好き放題にやっている……。まるでそれが当然のように自然と富と権力があの家に集まっていく……。あの家は富みに富み、繁栄を謳歌している……」
「お前はそれに手を貸した」
「違う! 私は出資者の要望に応じただけだ! 商売をしただけだ! それの何が罪だというのだ!? 私はただ商売をしただけなんだぞ!」
「黙れ。亡者に喰われて、死ね」
「嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 喰われて死ぬなんて嫌だ! せめて、その剣で首を刎ねてくれ! 楽に殺してくれ!」
「バッセヴィッツ家に与したものに慈悲などない」
デニスを再び亡者が群がり、喰い越していく。八つ裂きにしていく。生きたまま貪っていく。死に至らしめていく。ゆっくりと、じわじわと苦痛を与えながら、バッセヴィッツ家に与したものの末路として喰い殺していく。
「終わりだ」
今やデニスも鎖に繋がれた亡者の一体となった。
そして、背後で物音がするのにアーデルハイドが反射的に背後を振り返る。
「あ……」
「ディーノ……!」
アーデルハイドが慌てて右目を閉じようとしたが遅かった。アーデルハイドの右目を見てしまったフェルディナントが血を吐き、その場に崩れ落ちる。
「そんな。そんなつもりはなかったんだ。お前はだたの丁稚だった。商人ですらなかった。殺すつもりなどなかった。苦しめるつもりなどなかった。死ぬな、ディーノ。死なないでくれ。私の呪いとならないでくれ!」
アーデルハイドが必死にディーノを抱きしめてそう叫ぶ。
だが、フェルディナントの血は止まらず、流れ続ける。
「だ、大丈夫さ、アーデ。これぐらいどうってことない。俺が悪いんだ。商館が騒がしいからって野次馬気分で見に来た俺が悪いんだ。途中で引き返すべきだった。商人や衛兵の死体があった時点で引き返すべきだった……」
全部俺が悪いんだとフェルディナントが言う。
「母様! 呪いを止めてくれ! ディーノは必要ない! ディーノの呪いなど必要ない! 母様、お願いだ……。ディーノの、彼の呪いを解いてやってくれ……」
アーデルハイドが力なく呟くように言うが、フェルディナントは既に事切れていた。
「ああ。そんな。そんな。そんな……。お前の呪いも背負っていけというのか、ディーノ。私はお前の呪いまで背負わなければならないのか……?」
アーデルハイドは涙を流しながら、フェルディナントの躯に向けて問いかける。
「言っただろう」
そこでベルゼブブが姿を見せる。
「“死の魔眼”の持ち主は真っ当な人生は送れないって。お前は呪われているって。これが呪いだ。呪いを使い物は呪いによって栄え、呪いによって破滅する。それが運命だ。お前は遅かれ早かれ、こういう結末を辿っていたんだよ」
「そう、ですか……」
アーデルハイドが絞り出したような声でそう言う。
「だが、そいつはお前の呪いにはならなかったようだぞ」
「え……?」
アーデルハイドが右目を開く。
フェルディナントがいた。
フェルディナントが生前と同じ姿で立っていた。エレオノーラの楔と鎖に囚われることなく、ただそこに立っていた。
「そうか。お前らしいな、ディーノ。ならば、一緒に来てくれるか? ここにたったひとりでは寂しいだろう?」
フェルディナントは静かに頷くと、アーデルハイドの手を取った。
「ああ。行こう。次は帝国だ」
帝国に行ってバッセヴィッツ家を破滅させる。
それが次のアーデルハイドの願いだった。
それが次のアーデルハイドの呪いだった。
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