ダリューゲ商会
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──ダリューゲ商会
アーデルハイドがダリューゲ商会の存在を知ったのは、ベルゼブブに教えられてのことだった。ニーベルング帝国の商会がサルディス王国で腐った商売をしていると。その背後には今や公爵家となったバッセヴィッツ家が関わっていると。
「俺様はお前が何を攻撃しようが構いやしないぜ? バッセヴィッツ家とかかわりのあるもの全てを殺し尽くしったって、お前がそれを正義だと思うなら正義だ。まあ、独りよがりの正義ではあるがな」
ベルゼブブが根城にしている宿屋のベッドで大きく欠伸をする。
「ま、好きにやれ。相手は悪徳商人だ。殺したところで何かあるわけでもない。そして、お前はもっともっと殺して、亡者に呪われないといけない。だったらやるべきことはひとつだろう。殺してこい」
「はい、ベルゼブブ様」
アーデルハイドはそれからダリューゲ商会の馬車を、商人を、雇われた傭兵を殺し続けた。ダリューゲ商会は大損害を出し、貴重な品々が焼き払われる。アーデルハイドは馬車を崖から海に突き落とすこともなり、金銀財宝も海に沈んだ。
ダリューゲ商会に金を出しているバッセヴィッツ家も苛立ち始め、ダリューゲ商会の主であるデニス・ダリューゲに対応を求めていた。
デニスは近々、サルディス王国にやってくる。
アーデルハイドはそれを待っている。
デニスはバッセヴィッツ家の下僕だ。彼の金で彼らに利益を与えている人間だ。バッセヴィッツ家に与するものたちのひとりだ。
フリードリヒ、ゲオルク、カール、アマーリエ、ゾフィー。
この5人に与するものたちは全員死ななければならない。
アーデルハイドはまたひとつの車列を壊滅させた。
傭兵たちの死体が転がり、商人たちの死体が転がる。
段々、日に日に、ダリューゲ商会の護衛を引き受ける傭兵たちはいなくなっていった。受ければ死ぬ仕事だと誰もが認識し始めたからかもしれない。そして、傭兵の護衛がなければ、ダリューゲ商会は馬車を動かせない。
商品は王都に留まり、帝国には運ばれない。
デニスはこれでどうあろうとも王国を訪れなければならなくなるはずだ。
全ての情報はベルゼブブが各地に忍び込ませている悪魔たちから送られてくる。“暴食”を司る地獄の国王に仕える悪魔はケルベロス。彼らは人間の影に潜み、情報をその鋭敏な耳で聞き取り、ベルゼブブかアーデルハイドに直接伝える。
「今日の隊列はこれだけか?」
アーデルハイドの影の中から唸り声がする。
「そうか。では、戻るとしよう」
アーデルハイドは右目の眼帯を持ち上げ、右目を開く。
亡者たちが、傭兵だった亡者たちが、商人だった亡者たちが、アーデルハイドを呪うようにまとわりついている。彼らは呪詛の言葉を吐き、アーデルハイドの足元を這いずり回り、アーデルハイドに手を伸ばす。だが、その手が届こうとするところで、彼らに撃ち込まれた鎖が引きずられる。
「母様、ありがとう」
『アアアデエエエ……』
アーデルハイドは右目を閉じ、眼帯で封じ込める。
「戻ろう。いつデニスが来てもいいように」
アーデルハイドは進む。
無数の亡者を連れて、無数の呪いに呪われて、無数の呪詛に包まれて。
いつもの待ち伏せ地点である森を抜ければ、丘の上に着く。
丘の上からは港湾都市が見渡せた。巨大な交易港が見える。
今現在、サルディス王国はダリューゲ商会を襲っているのが何者なのかを積極的に調べようとしていない。サルディス王国にとってダリューゲ商会は内心は快く思っていない帝国の手先であり、王国からあくどい手段で富を盗んでいくものたちだった。
彼らが破滅したところで、サルディス王国はざまあみろと思うだけだ。
そのような情勢にも助けられて、サルディス王国でアーデルハイドが手配される気配はない。今はない。だが、帝国公爵となり、娘が皇太子妃になったフリードリヒがいつまでもサルディス王国のこの方針を放置しておくとも思えない。
いずれ外交的圧力とやらがかかるだろう。
それまでにデニスを殺さなければ。
デニスを殺し、ダリューゲ商会を破滅させてやろう。
それがひとつの復讐。それがひとつの呪い。それがひとつの勝利。
バッセヴィッツ家に与するものは残らず皆殺しにする。
バッセヴィッツ家のものたちも残らず皆殺しにする。
それしかアーデルハイドには生きる道がないから。それしかアーデルハイドは生きている目的がないから。それしかアーデルハイドには残されていないから。
アーデルハイドは呪われているから。
母エレオノーラから。殺してきた商人たちから。殺してきた使用人たちから。殺してきた傭兵たちから。全ての彼女が殺してきたものたちから、アーデルハイドは呪われ、束縛され、呪縛されている。
乗ってきた馬に跨り、港湾都市まで駆け下りる。
城門の衛兵に滞在許可証──ベルゼブブがどこからともなく持ってきた──を見せて、港湾都市の中に入る。馬は城壁の中の厩舎に預け、そこからは歩きでアーデルハイドは拠点となっている宿屋を目指す。
その途中でダリューゲ商会の建物の前を通る。
忌々しい連中。残らず“亡者喰らいの大剣”で斬り殺し、喰らい殺し、皆殺しにしてやりたい。そう、アーデルハイドは思った。この連中のおかげでバッセヴィッツ家は帝国において富を築き、公爵家として繁栄しているのだ。
「ねえ、君」
不意にアーデルハイドに声がかけられる。少年の声だ。
アーデルハイドが立ち止まり、怪訝そうに声の方を振り返る。
「やあ。いつもうちの商会の前を通るよね。気になってんだ。君、外国人?」
声をかけてきたのは商人の見習いの子供たちが着るような少し質のいいチョッキとシャツ、そして丈の中途半端なズボンを纏った少年だった。どうやら彼自身はサルディス王国の人間らしく、健康的な褐色の肌にブラウンの瞳をし、艶のある黒髪を短く纏めている。年齢はアーデルハイドと同じか少し年上というところだ。
「外国人だらけの商会で働いているのに外国人が珍しいのか?」
「ははっ。そうだね。けど、この商会の外国人はみんな欲深い男ばかりだから」
アーデルハイドが嘲りを込めてそう言うのに少年はそう返した。
「君はどこかのお嬢様だったりするの?」
「いいや。ただの平民だ。ここには旅行できている」
「へえ。じゃあ、案内してあげようか?」
「遠慮しておく」
アーデルハイドはそう言って歩き始める。
「どこの宿に泊まっているの? “女神の恵み”亭なら今すぐにでも宿を変えることをお勧めするよ。あそこは前にもトラブルを起こしているんだ。お勧めは“竜の揺り籠”亭だね。食事は美味しいし、部屋は清潔だし、トラブルなんて全くないから」
「その“竜の揺り籠”亭だ」
「文句なしだね。じゃあ、美味しい食堂は知ってる? “海の踊り子”亭は美味しいシーフードが食べられるよ。あそこのエビ料理は絶品。お勧めだね。もう食べた?」
「まだだ」
「なら、今度一緒に行かない?」
「あいにく連れがいる」
「それは残念」
少年はいつまでもついてくる。
アーデルハイドはため息を吐いた。
「私はアーデルハイド・マイヤー。お前は?」
「俺はフェルディナント・フェルギーベル。よろしく、アーデルハイド!」
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