その力の源
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──その力の源
「お前の力の源は今、ふたつある」
7年前、地獄の国王ベルゼブブは食事の場でそう語った。
「ひとつは“死の魔眼”の力。これは育てていけば、見ただけで人を殺せるものになる。だが、覚えておけ。これを宿した人間でまともな人生が送れた奴はいない。全員が悲惨な人生を送っている。力とは、制御できなければただの害でしかない。誰にとっても」
そう言ってベルゼブブがステーキを口に運ぶ。
「そんでもってもうひとつがお前に憑りついている亡者だ。お前の母親だったか。それはもうひとつの目的に囚われた怨霊だ。呪いそのものだ。だが、呪いとはお前の“死の魔眼”がそうであるように力になる」
アーデルハイドはその話を聞きながらちびちびとミルクを飲んでいた。
「お前はこれから大勢の人間を殺さなければならない。それらは全て亡者としてお前に憑りつき、そして呪いとして力になる。“死の魔眼”の力に。お前に憑りついた怨霊の力に。殺せば殺すほど、お前は呪われてゆき、そして強くなる。そして、真っ当な人生からずっとずっと遠い場所に行ってしまう」
ベルゼブブがステーキナイフをアーデルハイドに向ける。
「お前は呪われる。呪いとは呪縛であり、痛みであり、恐怖であり、力だ。呪いを使うものは呪いによって力を有し、呪いによって破滅する。まあ、地獄の国王である俺様ほどになれば、多少の呪いなんてどうともないがな」
そう言ってベルゼブブはステーキナイフをアーデルハイドの眼帯に包まれた右目に突き立てるように押し付ける。すると、ステーキナイフがグルリと歪み、へし折れた。
「これが呪いの力だ。今はこの程度。今はこれっぽち。今は無力。だが、お前が殺し、殺し、殺し、殺し続ければ、亡者が群がり呪いはさらに高まる。目指すならば王を目指せ。呪いの王を目指せ。俺様は向上心のある人間が好きだ」
ベルゼブブが折れたステーキナイフを空中に投げるとそれは綺麗な新品となってベルゼブブの手の中に戻った。
「真っ当な人生は期待するな。呪いは呪縛だ。お前を呪いに縛り付ける。お前の人生は一本道で引き返すこともできなければ、他の道を探すこともできない。ただただ、亡者を引き連れて、進み続けるしかない」
その先が地獄だと分かっていても、とベルゼブブは言う。
「覚悟はできてるか?」
ベルゼブブがアーデルハイドに尋ねる。
「私にはいずれにせよひとつの道しかありません。復讐者としての道しか。母が死んだ原因であるバッセヴィッツ家の人間たちに対して復讐を果たさなければなりません。それだけが私の生きる道」
アーデルハイドは淡々と感情もなくそう語った。
「上等。お前に人間の斬り刻み方を、焼き方を、抉り方を、砕き方を、溶かし方を、あらゆる人間を殺す方法を教えてやる。それを学び取れ。それを実践しろ。それを繰り返せ。亡者を従え、呪いに縛られ、地獄への道を行進しろ」
ベルゼブブは愉快そうに笑った。
「俺様は思いのほか、お前のことが気に入っている。がっかりさせてくれるなよ?」
それからアーデルハイドは殺しを始めた。
まずはバッセヴィッツ家と取引のある商人たちを襲って殺した。彼らをナイフで突き刺し、斬り刻み、抉り、殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。
それからバッセヴィッツ家に仕えている使用人を殺した。正確には仕えていた使用人たちを殺した。彼らをナイフで血管を切り裂き、腎臓を貫き、頸動脈を抉り、殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。
「亡者が集まってきている」
ベルゼブブはアーデルハイドが拠点としている宿屋でそう言った。その宿の主はマルク・マイヤーと言い、アーデルハイドは盲目の彼の娘を名乗っていた。その嘘は誰にでも受け入れられた。ベルゼブブがそう決めたから。地獄の国王は嘘吐きだ。そして、その嘘は決して暴かれることがない。
「右目を開けてみろ。亡者たちが集まっているぞ」
アーデルハイドは言われるがままに眼帯を外し、ずっと閉じていた右目を開く。
亡者たちが、たくたんの亡者たちが、大勢の亡者たちが、あまりにも多くの亡者たちが、鎖に繋がれアーデルハイドの周りに群がっていた。亡者たちは体に楔を打ち込まれ、その楔から伸びる鎖は、かつてエレオノーラだった存在によって握られていた。
エレオノーラの姿は変わり果てていた。
骨と皮だけだった姿はさらに枯れ果てた大地のように皮膚がひび割れ、顎は完全に裂け、同じように裂けた口には獣のような牙が並び、その飛び出すように突き出た目玉は憎悪の色だけを映していた。
『アアアアデエエエエ……』
エレオノーラだった怨霊がアーデルハイドを抱きしめる。
「母様。復讐を遂げるよ。ひとりひとり、バッセヴィッツ家という肉塊の肉片をひとつひとつ切り落としていってやる。いずれはナイフを突き立て、全てを破壊する」
『フリイイイイドオオオオオリヒイイイイイ、ゲオオオオオオルウウウクウウウウウ、カアアアルウウウウウウ、アアアアアアマアアアアアアリイイイイエエエエエエ、ゾオオオオオオオオフィイイイイイイ! シヲ! シヲオオオオオ!』
「ああ。母様。分かっているよ」
そう言ってアーデルハイドは眼帯を下ろし、右目を閉じた。
「亡者が私にまとわりついている。私は呪われている。私が呪った相手から呪われている。私は呪いの中心にいる」
「そうだ。お前は呪いの中心にいる。この愉快で愉快でたまらない喜劇の中心人物こそお前だ。この素敵で、愉快で、不快で、気味が悪く、吐き気がして、たまらなく楽しい喜劇の主演女優だ」
ベルゼブブがぱちぱちと拍手を送る。
「だが、今のお前でもまだ弱い。もっと殺せ。殺し続けろ。大勢の亡者の呪いを受けろ。それこそが勝利に繋がる。それこそがお前を助ける。それこそがお前の目的を果たすためのたったひとつの方法」
ベルゼブブはそう言うと立ち上がった。
「海を渡るぞ」
「海を?」
「バッセヴィッツ家の長女がこの帝国の皇太子と結婚した。バッセヴィッツ家は家柄を再評価され、公爵位が授けられるそうだ。そうなるとこの帝国に留まり続けるのは、今の弱いお前にとってリスクでしかない。海を渡り、今は逃げる。だが、いずれ戻ってきて、復讐を成し遂げろ」
「はい、、ベルゼブブ様」
そして、アーデルハイドは初めて船に乗り、初めて海を渡り、初めて異国の港に降り立った。海を隔てた国サルディス王国へと降り立った。
そこでも彼女のやることはシンプルだった。
殺して、殺して、殺して、死を与え、苦痛を与え、屈辱を与え、呪われる。
亡者たちはアーデルハイドを包み、エレオノーラが楔と鎖を打ち込む。
そして、7年後の今に至る。
「母様、力を貸してくれてありがとう」
母様、私を呪ってくれてありがとう。
そう、傭兵と商人が死んだ森の中でアーデルハイドはそう呟いた。
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