暗部
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──暗部
ニーベルング帝国には帝国親衛騎士団以外にフリードリヒが動かせる駒があった。
暗部と呼ばれるものだ。
帝国にとって不利益な存在を排除するための組織。暗殺や脅迫によって、帝国の利益を守る。そういう組織が帝国には存在していた。
フリードリヒは暗部を動かし、アーデルハイドを拉致してくるように命じた。
ベルフェゴールは繰り返している。
自分の手を汚して、娘を殺し、生贄として捧げよと。
暗部に始末させるわけにはいかないのだ。暗部には拉致だけを実行させ、アーデルハイドそのものの抹殺は己の手で行わなければならないのだ。
暗部は36名という規模でゲオルクが調査したアーデルハイドの臭いのした付近を探る。すぐに彼らは人が住んでいると思しき、小屋をみつけた。
暗部の人間は訓練を受けている。暗闇の中であろうと昼間のように行動し、山小屋を包囲する。そして、特別な睡眠薬が塗られた矢を構える。彼らは人体の致命的な部分を知っているし、そうでない部分も知っている。
彼らは辛抱強く山小屋の中からアーデルハイドが出てくるのを待つ。
真っ暗な闇夜の中、それは突如として現れた。
右目の眼帯を上げ、右目を開いたアーデルハイドが。
暗部の人間が彼女の目を見て即死に近いダメージを受ける。
第3帝国親衛騎士団を喰らい、第2帝国親衛騎士団を喰らった彼女の呪いはもはやそれほどまでに強力なものになっていたのである。
「夜の闇に隠れてこそこそと。出てこい。皆殺しにしてやる」
アーデルハイドは知っていた。知らされていた。ベルゼブブから暗部の人間がこの一帯に潜んでいることについて。ベルゼブブがあちこちに忍び込ませている悪魔によって。ケルベロスたちによって。
「撃て、撃て!」
アーデルハイドの死角から矢が飛来する。
だが、その矢は亡者たちによって握りつぶされた。
「何が……!?」
「そこだな」
アーデルハイドの赤い瞳が暗部の男たちを捕らえる。
アーデルハイドの視線が交わった時点で暗部の男たちが即死する。
暗部の男たちが次々に死んでいく。アーデルハイドが周囲を一望しただけで、大勢が死んだ。残るものたちは恐怖を噛み殺し、任務を続行しようとするが放たれる矢は亡者たちによって握りつぶされる。
「死に絶えろ」
アーデルハイドは“亡者喰らいの大剣”を抜くこともなく、暗部の人間を全滅させた。辛うじて息が残っていたものが報告のために離脱しようとしたが、アーデルハイドの背後から“視線を浴びて”死亡した。
そう、アーデルハイドの“死の魔眼”はもはやその目を見たものだけでなく、視線を受けた人間すら殺すようになっていたのである。
それはもはや完全に呪われた目であった。呪われた瞳であった。
「眼帯なしでは、もはやまともに生活することもできないな、母様」
「アアアアデエエエエ……」
「ああ。構いはしないとも。この力で復讐が成せるならばそれで構いはしない」
どうせ私は地獄に落ちるのだとアーデルハイドは呟いた。
「そんなに拗ねるなよ。地獄の暮らしもいいものだぜ。特にお前は騎士階級から始めることになるからな。いずれはその成果次第で、女男爵、女子爵へと格上げしてやろう」
ベルゼブブが何食わぬ顔をして山小屋から出てきた。
「ありがとうございます、ベルゼブブ様」
「気にすんな。俺様の可愛い騎士。殺して、殺して、殺しまくって、地獄に俺様と一緒に凱旋しようぜ。地獄はいいところだぞー。飯は美味いし、罪人はしょっちゅう落ちてくるから退屈しないし、俺様の城は快適だし」
それはそれとして、とベルゼブブは続ける。
「お前の魔眼の呪いも極まってきたし、ここも連中に見つかったし、帝都に戻るか。帝都に戻って、お前の親父さんを追い詰めてやろうぜ。追い詰めるだけ追い詰めて、奴が悶え苦しむ様を楽しく眺めようじゃないか」
「はい、ベルゼブブ様」
アーデルハイドが恭しく頷く。
「では、出発の準備だ。馬を用意しておけ」
馬も視線を浴びせると死んでしまう。そうならないようにアーデルハイドは眼帯を下ろし、右目を閉じ、馬の準備を始めた。
ベルゼブブは山小屋から少し離れた森の中に向かっていた。
「それで、いつまでそこに隠れているつもりだだ、ベルフェゴール」
「おや。気づかれましたか。流石はベルゼブブ。ベルちゃんとベルちゃんの名を巡って争っている好敵手ですね」
「別にそんなくだらないことのために争った記憶はないんだが?」
のそりと闇の中からベルフェゴールが現れる。
「ふわあ。同じベルベルなのでついつい競い合ってしまいますね。いっそベルベルツインで売り出しましょうか? どうです?」
「お前のアイドル趣味に興味はない。俺様が興味があるのは可愛い女の子と美味い食い物、悲惨な死だけだ」
「アイドルもなかなかに楽しいものなのですがね。地獄でもベルちゃんのコンサート。凄い人が溢れていますよ?」
「くだんねー。それよりもお前の教えてくれた女の子からお前の臭いがするんだが?」
ベルゼブブがそう言ってベルフェゴールを見る。
「そうですよ、そうですよ。あれには、彼女には、私の力が混じっています。今の彼女の父は自らの繁栄のために娘と妻を私に差し出す──はずだったのです。それがなされていない。悪魔に対する契約不履行。それはどういう罪よりも重い」
「なるほどなあ。お前も昔から腹黒いよな。癒し系アイドルとか言ってどろどろじゃねーか。で、お前はあいつの魂が欲しいわけなのか?」
「捧げられたら受け取りますけど、なんであなたに彼女の存在を教えたと思います?」
「くくっ。お前は本当に悪い奴だよ。同じ地獄の国王の俺すら使い走りか。魂は俺様が貰う。お前が貰ったとしても後で俺様に寄越せ。あれは俺様の騎士だ」
「ええ、ええ。構いませんよ。ベルちゃんはただ実の親が自らのために自分の娘を殺すのを見たいだけですから。それができれば、の話ですけどね」
ベルフェゴールとベルゼブブが笑う。
「そして死体が積み上がり」
「地獄は大いににぎわい」
「我々の敵である神は」
「怒り狂い」
「我々は笑い狂う」
ベルゼブブとベルフェゴールが歌うようにそういう。
「最高だ。最高だ。地獄では悲劇こそ喜劇。悲しみこそ喜び。死こそ生。このままクソッタレな神を怒り狂わせてやろうぜ。躯で大地を覆い、死体の山を積み重ねようぜ。お前の方にも期待してるからな。そう簡単に俺様の騎士に殺されるなよ?」
「もちろん、もちろんです。ベルちゃんは契約不履行した悪い子には散々藻掻いてもらわなければ面白くありません。せいぜい踊ってもらいましょう。ふたりとも」
「腹黒い奴」
「悪意でしか我々は動かないではないですか。腹黒さこそ地獄の美徳」
「全くだよ、“怠惰”のベルフェゴール」
「そうですね、“暴食”のベルゼブブ」
ふたりそう言い合ってから別れた。
「馬の準備はできたか、アーデルハイド」
「できています、ベルゼブブ様」
「お前は本当に可愛い奴だよ。よくできた奴だ。さあ、帝都に侵攻だ。奴らが絶対だと思っているものを崩壊させ、この世に地獄を作ってやろう。お前の親父に絶望を味わわせてやろう。殺して、殺して、殺してやろう」
「ええ」
アーデルハイドとベルゼブブは帝都に向かう。
まだフリードリヒが安全だと思っている帝都へ。
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