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地獄の国王

本日2回目の更新です。

……………………


 ──地獄の国王



 エレオノーラが死んだ。


 彼女は美しい女性だった。そうであるが故に体を売って金を稼いでいた。だが、娼館で雇われるような娼婦にはなれなかった。彼女は背中に醜い罪人の焼き印が押されていたからだ。それ故に行きすがりの旅人などに体を売るしかなかった。


「可愛いアーデ。復讐するのです。あの男たちに、あの女たちに。お前を追放し、不幸にした人間たち全てに復讐するのです。フリードリヒ、ゲオルク、カール、アマーリエ、ゾフィー。奴らは死ななければならない」


 エレオノーラは最期までそう言っていた。


 彼女は僅かな稼ぎを全て食料に変え、アーデルハイドに与えていた。自分は全く何も口にしていなかった。時折降る雨水だけを口にし、ただただ痩せ衰えていった。その最期は骨と皮だけの姿であった。


 アーデルハイドは道のわきに手で穴を掘り、母を埋めた。


 アーデルハイドはこれからどうしていいのか分からなかった。


 エレオノーラは最期まで復讐を口にしていた。だが、どうやって?


 アーデルハイドはもう7歳になっていた。だが、力もなく、魔術が使えるわけでもなく、無力な7歳だ。何かできるわけではない。復讐どころか、これからどうやって食べていけばいいのかすら分かりはしない。


 アーデルハイドはエレオノーラを埋めた墓所から数歩進んだ場所で途方に暮れていた。街道が伸びている。ずっとここまで歩いて来た。故郷からずっとここまで歩いて来た。戻ることはできない道を進んできた。


『アーデ』


 その時、エレオノーラの声がした。


「母様?」


 アーデルハイドが周囲を見渡す。


 すると、前の前にエレオノーラがいた。母がいた。


 骨と皮だけの痩せ衰えた姿のエレオノーラがアーデルハイドを見つめていた。


『アアアアデエエエエ……。復讐ヲ成スノデス……。フリイイイドオオオリヒイイ、ゲエエエオオオルウウクウウ、カアアアルウウウ、アアアアアアアマアアアリエエエ、ゾオオオオフィイイイ! 奴ラヲ殺シテ、殺シテ、殺シテエエエエエエ!』


 エレオノーラが叫ぶ。


 アーデルハイドは怖くて仕方なかった。母は死んだ。では、今、目の前にいる存在は何なのだ? 何がアーデルハイドに話しかけているのだ?


「邪魔だ。退け、亡者」


 不意にそう女性のハスキーな声が響いた。


『アアアアアアアアデエエエエエエエ! 復讐、フクシュウ、フクシュウウウウウ!』


「うるさいぞ。天界にも行けず、地獄にも行けない、亡者風情が」


 ガンとエレオノーラを蹴り飛ばして押しのけたのは190センチはあるだろう長身の女性だった。綺麗な銀髪をポニーテイルにして纏めており、その銀髪の輝きはまるで天使の羽のようであった。


「天使、様……?」


「はあ? 何言ってんだ、ガキ。なんか面白いものが見れるって聞いたけど、お前がそうか? ふうん……」


 女性が身を屈めてアーデルハイドの顔を覗き込む。その顔も美しく、本当に天使が迎えに来たのではないだろうかとアーデルハイドは思ってしまった。


「魔眼持ちか。それも“死の魔眼”とは。お前、あれ見えているだろ?」


『アアアアデエエエエエエエエエエエエエ! コロシテエエエエエエ! コロスウウウウウウウウウ!』


 女性がエレオノーラを指さす。既に母は人間としての形を失っていた。口は裂け、目玉は飛び出て、そのおぞましい何かがアーデルハイドの名を叫んでいる。


「見える……」


「当たり、と。では、哀れなお前に教えてやろう。俺様は地獄の国王のひとり、“暴食”のベルゼブブ様だ。恐れおののけ。そして、跪け」


「悪魔……!?」


「そうだよ。国王級の大悪魔。地獄でも6柱しかいない」


 ベルゼブブを名乗った女性はそう言い、アーデルハイドの顔を再びまじまじと眺める。彼女は特にアーデルハイドの右目を眺めていた。


「お前の右目は魔眼って奴だ。それも“死の魔眼”っていう性質の悪いものだ。それはその瞳を見たものに苦しみと死を与え、そして亡者の姿を映す。自分が殺してきた亡者たちの姿を、お前にまとわりつく亡者たちの姿を、その瞳にまざまざと映す。そのガラス玉みたいに綺麗な赤い瞳にな」


「そんな……」


「だが、今は成長途中だ。その右目はまだ誰も殺せない。苦しめることもできない。だが、いずれお前にまとわりつく亡者の数が増えれば増えるほど、瞳の力は伸び、伸び続け、まさに“死の瞳”となる」


 そして、パンとベルゼブブが手を叩いた。


「お前、これからどうしていいか分からないんだろう? その右目も今はただあの化け物の姿を映すだけのお荷物だ。これから生きてく術も知らず、生きていく糧もない。早晩、野垂れ死ぬことになるだろう」


 アーデルハイドの脳裏に父であったフリードリヒの言葉が過る。『そうだ。死ね。我々の目の届かぬところで野垂れ死ね』と。


「死にたくない……! 私は復讐を成し遂げなければならない……!」


「そうか、そうか」


 ベルゼブブが頷く。


「俺様の騎士になるなら、生かしておいてやるぜ?」


「騎士……?」


 アーデルハイドはベルゼブブの言葉に首を傾げる。


「まあ、安心しろ。立派な騎士になれるように俺様が鍛えてやるし、飯も、寝る場所も、着る服も、全部与えてやる。だから、お前は俺様の騎士になれ。そして、復讐を成し遂げて見ろ。どうだ?」


 ベルゼブブがニッと笑ってそう尋ねる。


「なります……!」


「いい目だ。その目がやがて呪いになり、あらゆる人間を呪い殺していくだろう。そのとき、お前はどんな顔をしているかな? 楽しみだな。お前が大きくなるまでしっかりと育ててやるからな」


 そう言ってベルゼブブは黒い革の眼帯を取り出す。


「今はこれで目を覆っておけ。あの化け物ではなく、俺様を見ろ。美しいこの俺様を。今日からは俺様がお前の親だ。敬え、崇めろ、讃えろ。そして、大きく育て」


「はい、ベルゼブブ様!」


 右目を覆ってしまえば母の姿は見えなかった。


 いや、母であった化け物の姿は見えなかった。


「さて、行くか。腹減ってるか?」


「はい……」


「じゃあ、美味いものたっぷり食わせてやるか。俺様も腹が減ったしな」


 それからアーデルハイドとベルゼブブは街道を進み、街に入った。


 街で最高級のレストランに入って、ベルゼブブとアーデルハイドは食べられるだけ食べまくり、それでいて勘定は要求されなかった。ベルゼブブは不思議なもので、そのまま最高級のホテルに部屋を取ると、アーデルハイドをそこに放り込み、自分も宿に泊まって眠ってしまった。


「母様」


『アアアアデエエエエエエ……』


「母様。私は復讐を成すよ。安心して。必ず死を与える。フリードリヒ、ゲオルク、カール、アマーリエ、ゾフィー。私たちを追放した連中全員に死を与える」


 そう言ってアーデルハイドは眼帯を再び下ろした。


 そして、ここに悪魔でもなく、人間として悪魔に仕える地獄の騎士が生まれた。


 亡者がまとわりつく呪われた子供。


 それを受け入れててくれたのは、天使でも、神でもなく、教会でも、修道院でもなく、司祭でも、修道女でもなく、ただ地獄の国王だけだった。


 アーデルハイドは復讐を誓いながら、久しぶりに深い眠りについた。


 夢の中ではエレオノーラは美しく、優しい母のままだったが、父や他の兄弟姉妹の姿は現れることはなかった。


 夢の中でアーデルハイドは母の胸の中で眠り、母の歌う子守歌を聞いていた。


……………………

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[一言] ぬらりひょん!?
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