最初のひとり
……………………
──最初のひとり
ゴッドフリートの案内でアーデルハイドは帝都にある屋敷のひとつに辿り着いた。
「ここか」
アーデルハイドは“亡者喰らいの大剣”を構えて、屋敷の声紋を蹴り破る。
「何者だ!」
「侵入者だ! 全員、銃を構えろ!」
黒い鎧の帝国親衛騎士団の騎士たちがマスケットを構えて展開する。
「馬鹿のひとつ覚えか」
一斉にマスケットが火を噴くが、アーデルハイドには一発たりとも銃弾は到達しない。全て亡者たちが、アーデルハイドを呪う亡者たちが、銃弾を止めて、喰らい潰していた。それでも帝国親衛騎士団の騎士たちは発砲を繰り返す。
「喰らい殺せ」
アーデルハイドが“亡者喰らいの大剣”を振るう。
数多の亡者たちが帝国親衛騎士団の騎士たちに襲い掛かり、その肉を喰らい、引き裂き、貪り、喰らい殺していく。
そして、硝煙の煙と死体だけが屋敷の前庭に残った。
「行こう、母様。ゾフィーを殺さなければ」
アーデルハイドは右目の眼帯を上げ、右目を開き、屋敷の扉を蹴り破る。
亡者となり、呪いとなったゴッドフリートがゾフィーのいる場所までアーデルハイドを案内する。使用人たちは銃声を聞いて逃げ出しており、屋敷は静まり返っている。
そこに死神の足音が響く。
アーデルハイドは“亡者喰らいの大剣”を下げ、前進する。ゾフィーのいる場所へと。復讐するべき人間のいる場所へと。
「ここか」
「ゾフィイイイイ……!」
亡者となったゴッドフリートが扉を引っ掻く。
「母様、まずは私に話をさせてくれ」
アーデルハイドが右目の眼帯を下ろして、右目を閉じる。
「ゾフィー」
アーデルハイドが扉を開く。
「な、何よ! あなたは一体誰!?」
「まさかそんな言葉が飛んでくるとはな。私の顔を忘れたのか。いつも、アーデ、アーデと遊んでくれたというのに」
「え……。まさか、そんな、嘘よ……。アーデは……アーデルハイドは……」
「そうだ。私はアーデルハイド。恨みを晴らしに来たぞ、ゾフィー姉様」
アーデルハイドが“亡者喰らいの大剣”をゾフィーに突き付ける。
「復讐ですって!? あんたにそんな権利があると思うの!? 呪い子じゃない! 追放されて当然じゃない! あなたなんて私の夫が……!」
「姉様の夫というのはこの男のことか」
アーデルハイドが右目の眼帯を上げて、右目を開く。
「ゾフィイイイイ! オ前ノセイデエエエエ!」
「いやああああ! 嘘よ! 嘘よ! ゴッドフリートじゃない!」
ゾフィーは鼻血を流しながら、手を伸ばすゴッドフリートから逃げようとする。
「姉様。母様にも挨拶してやってくれ。ずっと会いたがっていたのだ」
「ゾフィイイイイ……! ゾフィイイイイイイイ!」
エレオノーラがゾフィーに迫る。
「た、助けて、アーデ! 悪かった! 悪かったわ! けど、あなたは呪い子だったのよ! 仕方なかった! 庇うことなんてできなかった! あの時の私に何ができたというの! 私も無力な子供だったのよ!」
「そうだな。姉様。私は確かに呪われている。復讐に。あの時追放を良しとしたものたちへの復讐に呪われている。母様が求めるのだ。復讐を、と。フリードリヒ、ゲオルク、カール、アマーリエ、そしてゾフィー姉様に復讐をと」
アーデルハイドが一歩、一歩ゾフィーに近づき、ゾフィーが後ずさる。
「姉様が無力な子供だったかどうかなど関係ない。バッセヴィッツ家のものたちは全員が呪い殺されるべきだ。それが私の望み。それが母様の望み」
そして、アーデルハイドは真っ赤な目でゾフィーを見つめた。
ゾフィーは大量の血を吐き、苦痛にのたうつ。
「喰らえ。貪り喰らえ」
亡者たちがゾフィーに群がり彼女を八つ裂きにしながら貪る。
「母様。満足してくれたか?」
「フリイイイイイドオオオオオリイイイイヒイイイイイイイ! ゲエエエオオオオルウウウウウウウクウウウウ! カアアアアアルウウウウウ! アアアアアアアマアアアアリイイイイイエエエエエエエ!」
「分かっているよ。復讐は始まったばかりだとな」
これが最初のひとりだとアーデルハイドが呟く。
ゾフィーは楔を打ち込まれ、鎖に繋がれていた。父フリードリヒへの呪詛の言葉を吐きつつも、苦痛に悩まされ、呻いている。
「これは我々から帝国への宣戦布告だ。フリードリヒが帝国で地位ある立場にあるならば、帝国は我々の敵だ。ニーベルング帝国を滅ぼす。そして、復讐を成し遂げる」
アーデルハイドはそう言ってマスケット用の黒色火薬を取り出すとそれに火を放った。炎が吹きあがり、屋敷が燃えていく。豪勢な、贅の限りを尽くした屋敷が燃えおちていく。炎上し、焼け落ちていく。
「よう。復讐は楽しめているか?」
屋敷の正門ではベルゼブブが馬車を待たせていた。
「ええ。とても。母様は喜んでいます。それが私の喜びでもあります」
「親孝行なことで。これから帝国は血眼になってお前のことを探すぞ。寝込みを襲われたらひとたまりもない。一度帝都から離脱する。ああ。そんな顔するな。いずれはちゃんと戻ってくる。お前の復讐を成し遂げるためにな」
「はい、ベルゼブブ様」
「じゃあ、行こうぜ。乗れよ。帝都の外まで特急便だ」
ケルベロスの引く馬車に乗り、アーデルハイドたちは帝都の外に逃れた。
案の定、帝国ではゾフィーとゴッドフリートが殺害されたことが騒ぎとなり、フリードリヒは犯人を見つけ出すように帝国親衛騎士団に命じた。壊滅した第3帝国親衛騎士団は再建するとして、第1帝国親衛騎士団と第2帝国親衛騎士団は投入された。
だが、この時フリードリヒも、ゲオルクも、カールも、アマーリエも分かっていた。
アーデルハイドが、彼女がゾフィーを殺したのだと。
「ふわあ。対価が支払われない間は新しい願いは叶えませんよ。ご自分でどうぞ」
ベルフェゴールはフリードリヒに冷たくそう言い放っていた。
アーデルハイドを生贄に捧げるつもりだったフリードリヒはアーデルハイドが第3帝国親衛騎士団を壊滅させた事実の前に恐怖していた。
もしその力が他の騎士団にも振るわれたら? もしその力が自分に振るわれたら?
「呪い子め……! 野垂れ死んでいればよかったものを……!」
フリードリヒはアーデルハイドを呪いながら、帝国親衛騎士団からの吉報を待つ。
第1帝国親衛騎士団と第2帝国親衛騎士団の団長を務めているのは自分の息子たちだ。彼は息子たちの身を案じながらも、それよりも帝国親衛騎士団を失うことで自分が権力を失うことを恐れていた。
こうして最初の復讐はなされた。
残るはフリードリヒ、ゲオルク、カール、アマーリエの4名。
アーデルハイドは必ず彼らを殺すと決意しながら、右目の眼帯を上げて、右目を開いた。そこには憎悪に満ちたエレオノーラではなく、柔和な笑みを浮かべたフェルディナントがいた。
「お前だけは私に笑いかけてくれるのだな」
フェルディナントがそっとアーデルハイドを抱擁する。
今は母エレオノーラの温もりは感じない。そして、フェルディナントの温もりも感じない。アーデルハイドの心は復讐のために冷たく凍っていた。
……………………
面白いと思っていただけたらブクマ・評価・励ましの感想などお願いします!