第3帝国親衛騎士団“ワルキューレ”
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──第3帝国親衛騎士団“ワルキューレ”
ゴッドフリートは妻ゾフィーからの求めを断れなかった。
「あなた、お願い。これは帝国の危機なの。ヴァルトラウトを殺した犯人は私たちのことも殺すつもりなの。それを防ぐには私たちから、その女を捕まえてしまうしかないの。それ以外に方法はないの」
「だが、我々は帝国の盾であり、バッセヴィッツ家の私兵でも、私の私兵でもない。それを皇帝陛下のご指示もなく勝手に動かすというのは……」
「あなた、お願い。私が殺されてもいいの? ヴァルトラウトのように」
「むう……」
ゴッドフリートもヴァルトラウトの死体は検分した。
死体は流産しており、その表情は絶望に染まっていた。自ら首を吊ったのか、それとも首を吊るされたのか。あのような惨たらしい死体を見るのはショッキングなことであった。ゴッドフリートは自分の愛する妻がそのような目に遭うことを望まなかった。
「分かった。手配しよう。あくまでヴァルトラウト殺害の容疑者としてだ。拘束し、尋問する。早速捜索を行わなければ」
「現地の住民がスラム街の人間がいたのを見たと言っているわ。スラム街から調べるといいと思うの」
「いや。スラム街は囮だろう。犯人はごく普通の生活をしていると見ている。必ず捕まえて見せよう。君と、帝国のために」
「ゴッドフリート……」
ゴッドフリート。なんと扱いやすい男だろうか。
すぐに甘言に乗ってくれる。甘い言葉を囁けば、その意志は簡単に崩れる。それを操ることなどゾフィーには容易なことだった。
バッセヴィッツ家に逆らうものに死を。
帝国は今やバッセヴィッツ家のものなのだ。バッセヴィッツ家に背くものはこの超大国ニーベルング帝国に逆らうことと同義である。そのようなものがいていいはずがないのだ。そのようなものは自らの愚かさを悔いながら死ななければならない。
「期待しているわ、あなた」
「ああ、愛しいゾフィー」
第3帝国親衛騎士団“ワルキューレ”はヴァルトラウト殺害の捜査のために帝都全域に展開した。
「おうおう。お馬さんでかっぽかっぽってか。暇だなあ」
ベルゼブブはその様子を見ながらチーズのたっぷりかかったパンを食する。
「我々のことをさがしているのでしょうか?」
「他の人間のことを探しているなら驚きだな」
ベルゼブブは肩をすくめてそう言った。
「近いうちに乗り込んでくるぞ。デニス・ダリューゲの死。海賊の死。テオバルトの死。そして、ヴァルトラウトの死は結びつけられる。その痕跡を追っていけば、いずれは俺様たちのところに辿り着くだろうさ」
「どうにかしなければなりませんね」
「どうするんだ? 先に連中を皆殺しにするか?」
「それも選択肢のひとつかと」
「なかなかいい考え方になってきたな、お前」
そして、同じようにチーズのかかったジャガイモをベルゼブブが口にする。
「盛大に殺してこい。第3帝国親衛騎士団の団長ゴッドフリートの妻はゾフィーだ。お前の仇のひとりだ。首を取るならば今を措いて他あるまい?」
ベルゼブブはにやりとそう笑った。
「ええ。やりましょう。フリードリヒ、ゲオルク、カール、アマーリエ、ゾフィー。それらに与するものと、それらの人間に死を」
そして、アーデルハイドが椅子から立ち上がり、巡回を行っている帝国親衛騎士団の騎士の下に向かう。
「ん。なんだ、娘? 我々は忙しいのだ。用事ならば衛兵に言え」
「お前たちは死ななければならない」
アーデルハイドはそう言って右目の眼帯を開け、右目を開く。
その右目を見た帝国親衛騎士団の騎士が血を吹いて倒れ、悶え苦しいながら地面でのたうつ。
「さあ、お前たち! ヴァルトラウトを殺したのは! テオバルトを殺したのは! 他でもないこの私だ! 私を討ち取る覚悟がるならば前に出よ! 貴様らに苦痛に満ちた恐ろしい死を与えてやろうではないか……!」
アーデルハイドはそう言って帝国親衛騎士団の騎士たちに次々に呪いをかけていく。右目の、魔眼の呪いを受けた騎士たちが倒れ、死んでいく。呆気なく、まるで羽虫でも潰すかのようにして。
「敵を発見! 敵を発見! ヴァルトラウトとテオバルトを殺したと自白!」
「ただちに向かえ!」
帝国親衛騎士団の騎士たちが殺到し、代わりに街の人間が消えていく。
集まった帝国親衛騎士団の騎士たちを前にアーデルハイドはにやりと笑う。
「よく集まった、愚者ども。貴様らには死が似合いだ。母様、“亡者喰らいの大剣”を。力を貸してくれ」
既に右目の眼帯を下ろしたアーデルハイドが“亡者喰らいの大剣”を抜いて構える。
「一斉にかかれ! だが、殺すな! 拘束しろ!」
「了解!」
帝国親衛騎士団の騎士たちがアーデルハイドに襲い掛かる。
「喰らえ、“亡者喰らいの大剣”」
アーデルハイドが360度全面に渡って剣を振るったとき、帝国親衛騎士団の騎士たちが生きたまま八つ裂きにされた。喰われ、千切られ、貪られ、帝国親衛騎士団の騎士たちが一斉に倒れる。後に残るのは惨たらしい死体だけ。
「この程度で終わりか? さあ、さあ、さあ、もっと抵抗して見せろ」
アーデルハイドは明確に帝国親衛騎士団の騎士たちを挑発する。
だが、帝国親衛騎士団の騎士たちも自分たちが未知の存在を相手していることに気づき、足が竦んでしまっていた。
「そちらが来ないならば、こちらからいくぞ」
アーデルハイドが剣を振りかざして、帝国親衛騎士団の騎士たちに襲い掛かる。
死体が生まれる。惨たらしい死体が生まれる。斬り刻まれた死体が生まれる。喰らい殺された死体が生まれる。八つ裂きにされた死体が生まれる。死体が、死体が、死体が、死体が生まれる。
「どうなっている!?」
「団長! 危険です!」
そこにゴットフリートが現れた。
アーデルハイドが虐殺を繰り広げるその場所に。
「悪魔か……!?」
部下たちが次々に惨たらしい死体に帰られていくのにゴッドフリートが呻く。
「おや。お前がゴッドフリートか?」
アーデルハイドがゴッドフリートに気づき、そちらを向く。
「貴様の部下たちは良い餌となったぞ、良いしもべとなったぞ。さあ、見るがいい。これがお前の騎士たちが辿った末路だ」
アーデルハイドが右目の眼帯を上げ、右目を開く。
ゴッドフリードは激痛に襲われながらも、おぞましいものを見た。自分の部下たちが楔を打ち込まれ、鎖でつながれ、ゴッドフリートの方に殺意ある視線を向けているのだ。まるで、『どうして自分たちをこのような死地に送ったのだ』というように。
「ああ。ああ。神よ……」
「貴様らの祈りに応える神などいない。フリードリヒ、ゲオルク、カール、アマーリエ、ゾフィー。このものたちに与するものは死ぬべきだ」
アーデルハイドは右目をゴッドフリートに向けたまま近づく。
「ゾフィーはどこにいる?」
「い、言えるものか。彼女は、私が守る……」
「ならば、死ね。死んで我らが下僕となれ。そうすれば自然とお前はゾフィーの下に私たちを導いてくれるだろう。亡者となればその苦痛から理性などなくなる。自分をこのような目に追い込んだ女にかける情けなどなくなるだろう」
「ああ! 私は決して、決して、彼女をおおお……!」
そして、大量の血反吐を吐いてゴッドフリートが死んだ。
彼の魂は亡者となり、エレオノーラの鎖に繋がれる。
「さあ、ゾフィーへの道を示せ」
「アアア。ゾフィイイイイ。アノ女ノセイデエエエ!」
「そうだ。それでいい」
アーデルハイドは満足げに頷くと、ゴットフリートを従えて、ゾフィーの下に向かった。彼女を殺すために。己の復讐のために。母エレオノーラの復讐のために。
アーデルハイドは進んでいく。
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