表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

本編 7 ~全能は万能にあらず~

「ん…」


早く家へ戻ってあの子を安心させなきゃ。

家族で美味しいごはんを食べて、おなかがいっぱいになれば、大抵のことは乗り越えられる。それが龍之助の父、剛志の口癖であり、モットーだった。


龍之助は知っている。

父はいつも明るかったけれど、夜中になるとお仏壇の前で静かに泣いていたことを。

母は身体が弱かった。けれど、自分を授かったとき喜んで、産むことを決意したらしい。

父が反対したら、二度と口を利かないわよ、と言って怒ったらしい。

産んだ後、衰弱していったときには、誇らしそうに笑って逝ったらしい。


妻の死を悲しむ暇もなく、育児という大仕事が父の肩にのしかかった。祖父母にも世話になりながら、寝る間も惜しんで龍之助を育ててくれた。

そして龍之助が保育園に入り、余裕が出てきた頃に、今の家に引っ越した。

その頃から偶に静かに泣いている父を見るようになったのだ。


死ぬ方は死んでいくだけだ。未練もあっただろうし、怖い気持ちもあるだろう。

けれど、残された者は、その誰かが死んだという傷を抱えて、でも、それでも生きていかないといけないのだ。


だから、龍之助は、龍之助の大事な人のところへ戻らないといけない。きっと彼女は、俺が帰ってこないことを心配している―――


「りょうちゃん?」


彼女の声がする。

だが何かが大きく違う気がする。

違和感をひねりつぶして、眼をうっすらと開ける。

彼女の顔と共に、見慣れた家の天井がぼんやりと映る。


「りょーこか…?なんで…、俺…、ここ…、家…?」


「そうだ、帰りが遅くなったのが気になって追いかけたんだ。

公園のあたりで事故に巻き込まれたようだな。一応警察にも連絡をして、医者にも診てもらったが命に別状はないとのことだ。

子供も無事だ。

…肝を冷やしたぞ。」


神妙そうな声を出して彼女は言う。違う。何かしっくりこない。

彼女がおかしいとかではなく異物がその声を模して話しているような。

とにかく根本的に何もかもが違うのだ。

違う、違う、違う!


「…お前誰?」


「…ええ~、ふつう一瞬でばれる?」


諒子モドキは、えっと~、神です、と肩をすくめた。


******


「りょーこを返して」


「私って呪われてるのかなあ。やってくる巫女のすべてが、今までぽしゃっているんだよ?

なんででしょ」


「返せ」


「まあ、待ってください。

契約上もうじきにリョーコさんは戻ってくるよ。契約は神でも決して破れないので、安心しなさいな。

彼女、あなたの怪我を治すために大変無茶をしたからね?まさにエネルギーがすっからかん。満タンになるのは、そうだね、あと一時間はかかるよ。

だから、長話に付き合ってくださいな。私に恩を売っておいて損はありません。」


「…」


「事の顛末と、彼女の母親の家系について話しときましょうか。


今日、彼女があなたの怪我を治したことは、世間には知れ渡っていません。私が情報操作したからね。おお、かっこいい言葉だよね。情報操作。一度言ってみたかったんだ~。…そんなに睨まないでくださいよ。


しかし、次から同じようなことはできません。情報操作のことね。

まあ、今回のような大怪我を治すことも難しいでしょう。けれど。

骨折したところをくっつける。難病を治すくらいの治癒はできてしまうんだよ。彼女。

そしたら…、誰かに見られたら、噂が立つよね?すると彼女の実家の信徒たちが現れて、彼女をさらっていく。そうなれば、おそらく二度とあなたは彼女と会うことができないでしょう。


私が力を貸せば、その限りではありませんが…。今回の契約よりも条件は厳しくなるでしょう。



ああ、あなたには今回の契約内容をお伝えしておきましょう。

名付けて、『私のいとし子☆スターター契約』!…そんなに冷たい目で見ないでください。


内容はね、彼女の治癒能力が足りなかった場合、彼女の体を乗っ取りあなたを完治させたのち、あなたが一年以内に彼女ではない、つまり私という異物に気が付けば、彼女に身体を返却。

気付かない、もしくは明確に疑うようなことを言わなければ永久に私の身体になるという賭け。


この賭けに見事、あなた方が勝った。次はそう簡単にはいかないでしょうね。

契約ごとに難易度が上がるんです。


さて、私のいとし子と彼女のことをさっき言ったのだけれど、これを彼女の実家ではカミサマと呼ぶんだよ。

カミサマは数百年に一度生まれてくるような逸材。彼女のように非常に献身的で真面目な方が多いね。


…初めのいとし子は家のために幸福を祈るような普通の子でした。まあその子の願いを叶えすぎた私もいけなかったのだけど。

契約を交わしすぎて、その子の家系と私の縁は深く鎖で縛られたような形になりました。

このことに目をつけた―初めは彼女の幸運にあやかりたかっただけでしょうがね―親戚筋の人々が信徒と化してカミサマの家系として祭りあげました。そして、数少ない幸運を確実にあやかれるように、その家系の直系筋を監禁したんですよ。趣味がわるすぎますよね?


そのためカミサマの家系の者たちの中には必死に逃げようとする人も現れました。


そしてそれが初めて成功したのがリョーコさんの祖母でした。おばあさんが産んだリョーコさんの母は外界で育つことができました。

しかし、彼女はリョーコさんを産んだのち、姿を消します。

産後数か月以内に起きた交通事故で、ほぼ助かる見込みのなかった夫を、治癒能力で完治させてしまったからです。

彼女は信徒たちに泳がされていた状態だったので、噂を聞きつけられて、すぐに追手がかかりました。彼女は、夫の祖父母に娘を預けて、自らつかまりに行き、行方不明になりました。


ということで、彼女のようにリョーコさんをさせたくなかったら、気をつけてください。


私の言いたいことはそれくらいですかね?神様って、全能のくせにしてやれることはほんとに少ないんですよ?

だから、しっかり守ってあげてくださいね?」


私のいとし子を、どうかよろしくね、そう言ってカクっと首が前に倒れた。

龍之助は身体が倒れきる前に受け止める。


「…一応感謝しとくよ、神様。

りょーこの身体乗っ取ろうとする契約はまじでありえないけどな。」


神様という輩は、はっきり言って、胡散臭さの塊だった。表情もロボットのような動かし方で、そう、まるで真似ているかのような。

だが、後半の口調が変わったあたりで、視線と声に誠実さが灯った。

彼にとって初めてのいとし子とやらが、よほど大切なものだったのではないだろうか。憶測にすぎないが。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ