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本編 6 ~神は独り言が多い~

龍之助の家の玄関を飛び出し、買い物で向かったであろう道を走る。

何も起こっていないで。どうか、無事でいて。


途中、公園の近くで、寒くなってきた晩秋の夕方にしてはかなりの人だかりが見える。

胸騒ぎが、する。


「すみません、どいてください!」


必死の形相で駆け寄る。お願い、何も起こらないで。

人をかき分ける。


祈った甲斐もなく、子どもをしっかりと抱きしめたまま動かない、大事な人が道に横たわっていた。


「りょうちゃん。りょうちゃん!」


触ったらいけない!と止める声や、誰かが諒子の身体を抑えようとするが、それらすべてを振り払って龍之助に手を当てる。


りょうちゃんは私の弟分だった。

諒子は、父さんやじいちゃんばあちゃんといった親戚を除いた大人や子供から、気味悪がられる子供だった。

父さんと二人で暮らしていた私は、一人称はかろうじて私だったが、明らかな男口調で淡々と話し、泣くこともしない静かな子供だった。別に、父さんが悪いとかそういうわけではなく、自分の生まれ持った性格が子供らしくなかったのだ。

りょうちゃんがいじめていた子供たちが逃げていったのは、私のことを気持ち悪がって怖がっていたからだ。

『あの子、怖い』と言われることは日常茶飯事だった。遠巻きにされるのはかまわなかったし、裏でなんと言われようとも気にしないことにしていた。話しかけて逃げられた時にはさすがに傷ついた。


そんな中で、初めて後を追いかけてきてくれる子ができた。

できてから気付いたのだ。今まで自分は寂しいと感じていたのだと。


彼が横にいてくれるようになって、文字通り世界が明るくなった。保育園でも他にも友達ができた。りょうちゃんが横にいるおかげで、私の気味の悪さが薄れたのだろう。

いっさとは小学校に入って、りょうちゃんがあの子りょーこに雰囲気似てるね、っていったことが声をかけるきっかけになった。性格はあまり似ているとは思えないが、たしかに馬は合った。りょうちゃんは拗ねていたが。

それからもなんとか学校で浮かずにやっていけたのは、りょうちゃんのおかげだ。いつの間にか弟分を抜け出して、同等の立ち位置にりょうちゃんは立っていた。


それからは私を追い越して、広々と人脈を作り、勉強もできて、運動もまあできて、男の子からは仲間として可愛がられていたし、女の子からの人気があるとも聞いた。私がそのことに怖気づいてりょうちゃんから距離を置こうとすると、追いかけてつなぎとめようとしてくれた。


私は、りょうちゃんの邪魔になっていないだろうか?いつだって、不思議だった。

私が近くにいて、りょうちゃんに悪影響を与えるのなら離れるべきだ。

そう思いながらも、引き留められて嬉しいと思っている自分が確かにいた。


なんで、時間が過ぎてから気付くのだろう。私はりょうちゃんのことが大事だ。

自分の命と引き換えにしても悔いはない。

助けてみせる。


治れ、治れ、治れ。あらゆるエネルギーを注ぎ込むイメージで、惜しみなく送る。

死力を尽くすとはこのことをいうのか。急激な能力の使用のためか貧血と激しい頭痛が身体を襲う。

出しつくしても無理なら。胡散臭いあの神にすらすがってやる。もし治さなかったら殺しに行く。


ぐらりと揺れた視界の先を睨みつけて、強く想う。

りょうちゃん。どうか、生きて。


『物騒な巫女だねえ、ま、これくらい刺激的な方が私も愉快かもね?

なんせ、ほんとーに人と関わったのは数百年ぶりなんだから…。契約、結んじゃったしね。

彼の反応も楽しみだよ。気付くのかな?気付けるのかな?ふふっ』


******


すっと諒子の身体を乗っ取る。久々の肉体の感覚は懐かしいというよりも斬新なものだった。


「さてと、お仕事しましょうか。意外と軽傷だね?よかったよ。」


さっと手をかざして残っていた傷を癒す。ついでに横の子供の擦り傷も治しておいてやった。

そして立ち上がり、周りの人間に声をかける。


「すみませんが、今のこと…忘れていただけます?」



子どもを家まで送り届け、あの後公園のベンチで寝かせておいた龍之助を回収して龍之助宅へと向かおうとする。


「はあ、私、方角とか疎いんだった。忘れてたよ。

まあ、全能なので頑張ってたどり着いて見せましょう。」


龍之助を背負って家にたどり着いたのは実に3秒後のことだった。



諒子―もとい神は器用だった。鍋を用意しつつ、彼の起床を待つ。


「ふむ、彼女の口調のまねも完璧でないといけないね。

それに、彼女から見た彼のことはしっかり知っておくべきでしょう。記憶をトレースせねば」


鍋に入れる材料を素早く切りながらぶつぶつ呟く神。しかし材料はほどほどに不格好だ。

空手馬鹿であった諒子が包丁を使い慣れていたわけがない。記憶で出てくる家での料理も、ざ・男飯といった風体だ。


「うーむ、ちょっとばかし、男前すぎない?

女の子の危機にはお姫様抱っことやらで助けに入っているようだし。あちゃ、男の子にもやってるの。おばあさんやおじいさんのピンチにも駆けつけて…。


女の子がキャーキャー言いながら逃げてるけど、これに傷ついてたの、あなた。どう見たってこれ…、まあいいか。男の子にまで裏で姉御とか…。もてもてだね…?


え。普通こんなに神託、対応しきれるかな…?………私、もしかして事故物件拾いました???」


諒子の記憶をトレースしながらも手元は微妙に狂わせ続けて切りつつ、ぶつぶつと呟くその様子は不気味の極みであった。



全て切り終えた頃、げっそりした顔の諒子―もとい神がいた。


「誰なんだ。こんなやばい人を巫女にしたのは。あ、私か。

人間の体感時間って速いね?あんなに神託ぽんぽん投げてた記憶ないよ?私。

なんか他の神の声も拾っちゃってない?どうしよう、これはかなりの訳アリものだわ。

うまい具合に彼に気付いてもらって、さっさと帰りたいよお。」


でも、私ってば任された役割はしっかりこなしちゃうんだよなあ、てへ、と自分で自分の頭を小突く。


「いや、てへ、じゃないわ…」


ガックシと肩を落とし一人漫才を続けるのは、ひどく長いぼっち生活の果てに、独り言をつぶやく癖がついてしまった神の姿であった。

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