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本編 4 ~可愛いことは正義です~

ある日、龍之助が、『りょうちゃんは女の子だもんな~』と男子に泣かされていた。

そこに丁度、横を通りかかった諒子が空気を読まずに、『ああ、そうだが』、と振り返り答えて、空気を凍りつかせたのが、龍之助との交流の始まりだった。


龍之助は知らない子にまで肯定されたと思い、うずくまってギャン泣き。

諒子は、自分が呼ばれたと思ったので、からかっていた男子を見つめて続きを待つ。

すると顔を青くして逃げていった。その子がリーダー格だったのか、周りの人間も一緒に連れだって。


確かに、りょうと呼ばれるのはあまり好きではなかったので、いつもより剣呑さはあっただろうが、逃げるほどのことだろうか。変な子たちだな、と思いつつ、隣で泣いている子を放っておくわけにいかず、声をかけた。


「どうしたんだ」


「ぼ、僕は、男だ!」


「そうか。わかった」


諒子がすんなりと受け入れたことがよかったのか、龍之助もいくらか落ち着きを取り戻し、ぽつりぽつりと話始める。


「僕、みんなより小さくて。いつも女の子扱いされて、笑われるんだ。

『ちっちゃくて女の子みたいにかわいいな、お前』って。

僕はかっこよくて大きい、お父さんみたいになりたいのに。」


話すのと一緒にぽとぽとと涙を落とす。

諒子はそうか、と言いながらハンカチで顔を拭いてやる。


「名前も、『お前は女の子だから、りょうちゃんだな』、って言われて、ぐすっ、『りょうちゃんかわいいな』って毎日いわれるんだ。

僕はりょうのすけって、ちゃんと男の名前なのに」


ぐすぐすと泣き続ける。諒子は自分の周りに泣く人間がいなかったので、困りながら答える。


「わたしはりょうこと言うが…”りょうちゃん”はあまりかわいくない呼び方じゃないか?

りょう、という名前は男の名前だろう。

わたしは”りょうちゃん”と呼ばれるのはあまりうれしくない。」


今にして思えばただ論点がずれているだけだが、その時の諒子の一言は龍之助を救ったらしい。


「ほんと…?じゃあ、僕は男の子だよね?」


「ああ、そうだ」


諒子は正確な事態は呑み込めていなかったが、目の前の子供が今欲しているのは肯定だということはわかった。

ぱあっと明るい表情になった龍之助は、ありがとう、と笑った。


「きみは、りょーこちゃんっていうの?りょーこちゃんは、強くてかっこいいんだね。

僕も、りょーこちゃんみたいになりたいなあ」


龍之助は憧れのまなざしで諒子を見る。

言葉が少なく、どちらかというと淡々としすぎているため、同年代の子供には避けられがちだった諒子は、少々戸惑いを感じながら答える。


「りょうこでいいぞ。あなたのことはりょうのすけと呼べばいいか?」


それまで諒子をじっと見つめていた目をそっと伏せて、思案した後。


「りょうちゃんって呼んで。

りょーこ…が、男の子の名前だっていってくれたから、この名前がいい」


実にかわいらしい微笑を浮かべて言ったのだった。


******


「りょうちゃん大きくなったな…」


諒子がしみじみ目の前の龍之助を見ながら言うと、龍之助がぱちくりと瞬く。


「どうしたの、りょーこ。俺そんなに最近伸びてないよ?」


成長期ももう終わりかなあ、と言いながらお茶を飲む。

180cmを少し超す身長に、肩幅もそこそこ広くなって、まあまあがっちりしている。あの頃の龍之助しか知らない者はまさか彼が同一人物だと思わないだろう。


「…いや、少し昔を思い出していただけだ。」


「ま、まさか、保育園のこととか思い出していないよな、あれは俺にとって結構黒歴史なんだぞ」


龍之助は顔を赤くしたり目つきを凶悪なものにしたりと目まぐるしく表情を変える。

その様子に諒子はくつくつと笑う。


「そのまさかだが。あれは今思い返せば、好きな子いじめ、というやつではなかったのかと考えていたところだ。」


「絶対いやだ、男に好かれても一つも嬉しくねえ、しかもあいつらにとか、まじで無理」


龍之助は無理無理無理、とエコーを響かせながら自分の腕をさすっている。

よほど嫌悪感が強いのだな、と諒子は感心する。諒子はそこまで相手に感情を持てるほどに関わられたことはほとんどない。だから嫌悪感を持つということがなかった。


「まあ、好きな相手に嫌がるようなことをしてはいけないな。あれはよくなかった」


諒子が冷えてきたお茶を見つめながらすする。龍之助はいつの間にか動きを止めて、ぽつりとつぶやいた。


「りょーこ、やっぱり好きな人とかできたの?」


龍之助は、恐れと、不安と、それからほんの一握りの期待の籠ったまなざしで、諒子を見ていた。



「世界が終わる」


諒子は思い切って口にしてみる。


「と頭に浮かんだら、りょうちゃんはどうする?」


諒子は我ながらとんちんかんな言葉だ、と口に出した後に実感する。だが、その警鐘は確かに今も諒子の頭の中で鳴り響いている。

さすがに龍之助の顔を見ながらいうことは、ためらわれた。


ほんの少しの沈黙が流れる。


「…俺なら。後悔しないように行動する。」


諒子は珍しく驚いて、龍之助を見た。

笑い飛ばされても、逆に頭を心配されても仕方がない内容だ。

龍之助が真摯に返事をしてくれたことに、言葉よりも先に涙が出た。そのことに、また驚いた。


「りょ、りょーこ?!どうしたの、何かあったの?」


「…わからない、わからないんだ。今日の古典の時間にふと頭に浮かんだんだ。

誰かに言ったって信じてもらえないだろうし、私だっておかしいと思う。だけど。

これは正しいんだって。絶対的な何かがそう言うんだ。」


一筋、二筋と諒子の頬を伝う。

言いながら、諒子は気づく。そうか、私は怖かったのだ。

日常を失うこと。自分の居場所がなくなること。誰かが消えてしまうこと。―自分が消えてしまうかもしれないこと。


諒子の目の前が暗くなる。そして頭に優しく触れる感触が、龍之助が肩を貸してくれたということを諒子に教えた。


「りょーこ、わかったよ。りょーこは、これからどうしたい?俺が力になれるのは少しかもしれないけど、何でもするよ。俺ができることはない?」


普段ぐいぐいくるくせに、こういう時は謙虚なんだな、と諒子は不謹慎にも笑みを漏らす。


「…もう少し、肩貸して。そうだな、私の顔が元に戻るくらいまで」


龍之助の肩に頭を預けて、眼を瞑った。


「ありがとう、りょうちゃん。もう大丈夫だ。」


諒子はティッシュを数枚もらって顔を拭き、笑って見せる。龍之助は心配そうにもしているが、嬉しそうにもみえる。


「いいえ、どういたしまして。俺の肩でよければいつだって貸すんだから。遠慮なくいって?」


昔の面影を残しながら龍之助は小首を傾げる。

龍之助は知っている。

小さいころは気付かなかったが、自分の顔が女顔でかわいらしいから、可憐な―当時の自分はそう思っていなかったが―しぐさをすると男子も女子も顔を赤くするものだった。

諒子も龍之助のその手の動作には、何か思うところがあったのか、いつもより諒子が自分を見てくれるようだったので、よく使っていた。大きくなってからは、さすがに外でしないが。


「…その動き…。りょうちゃんって絶対自覚あるよな…。」


呆れたように諒子がため息をつく横で、なんのこと?と魔性の笑み―天使の微笑みで龍之助は返すのだった。

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