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本編 3 ~日常の中のわずかな相違点~

放課後。


諒子は空手部の部室に直行し、部室と道場に異変などはないか確認をしてから着替えに向かう。

諒子は空手部の主将だ。部員数はそこまで多くないが、毎年誰かしら強い人がいるため、近辺ではほどほどの知名度があった。空手部の外来コーチが諒子の通っている道場の師なのである。


諒子も高校を選ぶときに先生がいるからここにしようと決めて、必死に勉強した。なぜなら学区内のトップ校だったのだ。あの時はだいぶりょうちゃんと勲――いっさに世話になったよなあ、と思う。

中学時代は、定期テストの点はなんとか取れていたのだが、終わってしまうときれいさっぱりと覚えた内容は忘れてしまうのだ。

人間の覚えられる要領と継続時間は限りがある。諒子の持論もとい言い訳である。


胴着を着終えて道場前で一礼してから中へ入る。主将として他の者より一層練習せねば、と他の部員がくるまで体をほぐした。


世界が終わる。


世界とはなんだろうか。

世界中の人にとっての世界はまさしくこの地球。

諒子の世界は自身の周りにある風景、他人(ひと)、つまり日常。


では、終わるとはなんだろうか。

地球が終わると言えば住めない土地になるということであり、人類の滅亡を指すのであろう。

諒子の世界が終わるのなら?

それは今自分を取り巻いているこの環境が終わる、つまり変わるという風に受け取ることもできる。

それも劇的な変化。死ぬのか。今までの暮らしの変わるような難病にかかるのか。

それとも、自身が変わるのではなく、諒子の日常が変化することによって、今の世界が幕を閉じるのか。


身体はいつものように動かしつつもぼんやり考えていると、すぐ後ろから声がかかる。


「りょーこ、今日ぼんやりしてるよな、珍しい。なんかあった?」


振り向き見上げると、龍之助が立っていた。


「いや。少し考え事をしていただけだ。特に問題はない」


「…そっか、ならいいんだけど。…もしかして好きな人とかでもできたのかなあって…」


常にぐいぐいと押し掛けてくる龍之助にしては歯切れが悪い。


「ぼんやりすることと好きな人ができることは関係するのか。不思議だな。」


思ったままのことを適当に口にしながら、諒子の『世界』の象徴とも呼べる龍之助の様子がいつもと違うことに一抹の不安を感じた。



その後部員も集まってきたので、会話は終了する。

皆で正座をして一礼し、準備運動から始める。

いつも通りの、何の変哲もない、日常。

身体の動きも昨日までと変わりなく、寧ろ冴えているのではないかと満足しながら活動時間を終える。道場を片付けた後、着替えも済まして部室を出て鍵を閉める。部室は基本女子専用の更衣室と化していた。


外には既に壁にもたれて待つ龍之助がいた。吐く息がうっすら白い。


「お待たせ。いつも悪いな。」


「いいよ、俺がりょーこと一緒に帰りたくて待ってるんだからな!」


龍之助は高校二年生になっても邪気のない表情で笑う。小さいころから変わらないな、と思いながら帰路につく。

今日は部活後の道場は休みだ。先生曰く、体を休めるのも修行の内、とのことだ。


ピコンとケータイの音がなり、確認すると、父から連絡が入っていた。


『今日は龍之助君のおうちにお邪魔させてもらいなさい。家に客が来る。遅くまで話があるから、終わり次第迎えに行く。剛志にもよろしく伝えてくれ』


人に世話になることが苦手な父にしては珍しいと思いながらも、わかりました、と返信した。


「すまない、今日はりょうちゃんの家にお邪魔しても問題ないだろうか?家に人がくるらしくて、父から言われたのだが…」


さっき送られてきた文面を龍之助に見せつつ、尋ねる。


「いいよ!父ちゃんはまだ帰ってきてないけど、大和さんの頼みだったら父ちゃん喜んで聞くよ!」


龍之助の父、剛志(たけし)は、諒子の父の後輩だ。

空手道場も同じで、小中は同じ公立校に通っており、高校大学も父を追いかけて同じところへ入ったらしい。

剛志は幼いころ身体があまり強くなくて小さかったため、弱いことを馬鹿にされて泣いていたところに現れたらしい。そして一睨みして、その馬鹿にしていた連中を追い払った姿がかっこよくて、ずっと追いかけまわったそうだ。おそらく父の目つきは悪いから、睨んだようにみえただけだと推測されるが。

今は剛志の方が父よりも大きいくらいで想像がつかないが、たしかに龍之助も保育園の頃はぴいぴい泣かされていたことを考えれば、あんな感じだったのだろうか、と笑みがこぼれる。


「ありがとう、ではお邪魔するよ」


その返答に顔を赤くしながら、そんな笑い方するのは不意打ちだ…!とかごもごも言う龍之助を、諒子は不思議そうに見つめるのだった。



龍之助の家は諒子の家の隣である。ちなみに、勲の家は、諒子の家から見てはす向かい、龍之助の家の真正面である。諒子の父は家で整体師をしていることもあって、武道をやっている勲も顔なじみだ。


うちに誰が来ているのかは気になるが、自分とあまり合わせたくない人物が来ている可能性がある。大和は諒子の亡き母―確か優子という名前だった―に関係のある人たちをあまりよく思っていないようだ。

外で母のことを話したらいけない、というのが父との小さいころからの約束だったのだ。


からから、と戸を引いて龍之助が玄関へと招く。


「お邪魔します」


「どうぞ、入って!散らかっているけど、そこは目を瞑ってくれよな~」


リビングに通されて、いつも座っていた場所に腰を下ろした。

近所同士ということで、勲を含めてしょっちゅう遊んだり、勉強会をしたりしていたため、三人の定位置がいつのまにか決まっていたのだ。

高校に入ってからはめっきりとお邪魔することが減ったが、テスト前にSOSを出すと緊急勉強会を開いてくれたりする。

なので懐かしいというよりも見慣れた、もう一つの我が家のような場所だと感じる。


「はい、お茶。最近寒いし熱めに入れたから気をつけて」


「すまない、ありがとう。いただく」


湯気が立ち上る湯呑を慎重に受け取って、ゆっくりとすする。冷えていた身体の芯がじんわりとぬくもった。

ほうっと息をついたら、横で同じようにリラックスした龍之助がいた。


「やっぱり冬に近づくとあったかいものはいいよなあ。今日の晩御飯は鍋にしようかなあ」


龍之助は疲れて帰ってくる剛志さんのために、毎日晩御飯を作っている。

龍之助の家も母親がいない。剛志と龍之助の二人家族だ。龍之助の母は身体が弱かったらしく、彼を生んで間もなく亡くなったらしい。

龍之助は母と父の遺伝もあってか、幼いころは身体がとても弱くて小さく、保育園では女の子みたいだと男子たちにいじめられていた。あれはどちらかというと好きな子の気を引こうとしているようにも見えたが。

龍之助は他の女の子よりもかわいかったのだ。


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