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本編 2 ~当人のみぞ知らぬ~

「さっきの時間よそ見してたやん?真面目な諒ちゃんが珍しいなあ」


「そうか?まあ、そうかもしれんな。あと諒子と呼べ。子を省くな」


休み時間になり、斜め後ろの席から話しかけてきたのは、高校一年のクラスが同じで関りを持つようになった山川向日葵だ。関西出身で高校入学の年に東京に来たらしい。

関西弁のせいか、向日葵――ヒマと話していると漫才の相方を務めているような妙な気分になる。


「む~、りょーこっていうのなんか固いんだよねえ、諒ちゃんの方が呼びやすいしかわええと思うんやけどなあ?」


「諒って名前だと男みたいだ、しかも実際に幼馴染にいるしな、りょうちゃんが。だから気持ちわるい。」


何度こう返答したことか。向日葵がこれで言い換えたことはない。諒ちゃん呼びをいたく気に入っているらしい。なのでこれはいつもの挨拶のようなものだ。


「まあ、それよりも。なんで見上げてたの、空?なんか鳥でも飛んでたん?」


「いや、別に。なんとなく見ただけ。」


「ふうん。そっかあ。」


向日葵はそういって、今日もええ天気やなあ、と窓の外を眩しそうに見つめた。


そのあともどうでもいい話をくっちゃべっていれば、次の授業時間になった。


「修学旅行先での行動班とか、もろもろとか話し合って仲良く決めてくれ~、俺からは以上~、あとは委員よろしく~」


およそやる気のやの字も感じ取れない担任の言葉を合図に、二人の修学旅行委員が指揮を執った。


「男子と女子分けるか、混合で班を作るかどうしますか?」


分けた方が平和ではなかろうか、と思いつつも周囲の反応を見る。

1月の修学旅行が終われば、一気に受験モードへと近づく。最後の大きなイベントの一つとしてとらえている人間は一定数いるのだ。この機に誰かにアプローチしたい、だの、思い出として誰かと過ごしたい、だの、様々な思惑が渦巻くであろう班分けに、クラスの中心からはるか遠くに身を置くこの諒子が口を出すことはしない。

しないが、できれば、分けてもらった方が吉田諒子としては平和なイベントになるに違いなかった。


クラスの中心部に近い女子群が混合、と意見を述べたことで男女混合で班を作ることが決定した。強者が叫ぶことで大抵のことは決まるのである。世間は弱者を大事にしようといった風潮があるようだが、強者が存在するから弱者は生まれるのである。と思考の逃避を行う。


クラスは36人。理系クラスのため、男24人、女12人と男女比率が非常に偏っている。班の編成は6人。つまり班分けは男4人、女2人。


不幸中の幸い、向日葵が諒子と組んでくれた。不幸は男のメンツにあった。


「おーい、りょーこ、俺たちと組もう!」


りょうちゃん、こと、川嶋龍之助――クラスの多くの女子が狙っていたであろう男が、にこにこしながら手を振った。


「…あー、却下の方向で」


女子からの強い視線を感じながら、苦笑いを顔に張り付けた。



結局。冷たいこと言うなよ、りょーこ~、といういつもの調子に押し切られて組むことになった。

不幸はさらなる不幸を呼ぶ。龍之助はクラスで中心中の中心人物である。太陽である。スターなのである。…大げさなことは百も承知。だが、許してほしい。気を紛らわさないとやっていられない。

太陽の周りには似たようなきらきらしたものが集まりやすいらしく、女子の恨みを買うことは必定であった。つまり、普通の女子からすれば当たりの班のはずであった。

諒子はすでに胃がきりきりとしてきている。


「吉田さんは龍之介と仲が良いんだって、よくきくよ。行動班、よろしくね」


井上直澄。テニス部の主将。強いらしい。

学年の女子に裏で微笑みの王子とか寒いあだ名をつけられていた子だ。かわいそうに。

よろしく、と口の端を引きつりつつ、答えておく。


「ああ、りょーこ。あいつの監督よろしく」


佐々木勲。剣道部の主将でとても強い。小中と同じなので気心はしれている。

女子曰く笑顔を見せることは稀らしく、勲が笑ったときにはキャーキャー女子が叫んでいた。とりあえず渋くてかっこいいらしい。そうか?と思う部分もあるが、まあ老成している。

はいはい、と返答する。


「…よろしく」


立花葵。書道部の部長。

葵は中心メンバーに属している割には陰鬱な雰囲気を醸し出していた。前髪がとても長い。まだ他の面々と比べれば話していても悪寒を感じない。

よろしく、と答えた。


班長は龍之助になったので班員を記入しに修学旅行委員の元へ行った。



「あっちゃ~、諒ちゃん大変そうやねえ」


と向日葵はのんきに笑っている。


「ヒマ、あなたは私と同じ境遇なはずなのだが?」


「あたしはちょっと違うなあ、だって諒ちゃんのおまけやし?」


ふふん、と高らかに返球。そんな自信満々でおまけとか言うなよ、と肩を落とす。


「まあまあ、あたしにはゴージャスすぎる方々やけど、諒ちゃんはいけるいける、なんやっけ、ジャンヌ様やっけ?」


「なんだそれは?」


「え、しらんの?諒ちゃんのあだ名やで」


誰がつけたんだ、そんなあだ名。


「あ、あとオスカル様とか?白馬の王子様も聞いたな、あと天使様?なんかいっぱいあるんよねえ」


向日葵はのほほーんと爆弾を落とす。呆然と虚空を見つめる。誰がつけたんだ、そんなあだ名。

オスカル?何だ?オスのアライグマか?性別のみならず、人ですらなくなったか。



「あかん、固まってもうた。ま、ええか。みなさん修学旅行よろしくなあ」


「ああ、山川もよろしく。昔から愛想ないわりに意外と面倒見がいいから、好かれやすいよな諒子は」


「そうやねえ、あたしも一年のとき助けてもらってんよなあ、諒ちゃんは困った人居ったらすぐに助けにいくしなあ」


勲の言葉に向日葵はうんうんと頷く。


「山川さんよろしくね。吉田さんは男女問わず信奉者が多いよね。男相手には龍之助が必死に威嚇してるみたいだけどね」


やれやれと直澄は肩をすくめる。


「うむうむ、よろしゅう頼みます。そうなんだけどねえ。諒ちゃん全く気付いてないみたい。

登下校はいつも一緒で、女の子のお誘い全部お断りして、諒ちゃんにアタックしそうな男子睨んだりして。めっちゃわかりやすいんやけどなあ。

まあちゃんと明言せんと諒ちゃんはわからんやろうな、そういうことは」


自分に対する好意に疎いからな、とあくびをしつつ答える。それとも、今まで一緒にいた川嶋君だけにたいしてやろうか、と心の中で考える。


「クラスの女子が男女混合にって言いだしたのも、ええ加減川嶋君が不憫やって思ったからやのにな。本人なぁんも気ぃ付いとらんわ」


ま、修学旅行が楽しみやわあ、と向日葵はからからと笑った。


「立花君もよろしくなあ、お世話になるわ」


よっと手を挙げつつ葵に挨拶すると、無言で手を挙げて向日葵に返すのだった。


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