【葉鳥】こっちの世界の君と俺[1]
「貴方に、貴方に莉々様は渡しません!お引き取り下さい」
この国の王の子である俺を睨みつける彼女…。
俺はそんな彼女が欲しかった。
「身分の高い俺がキミを手に入れるためには、莉々と結婚するのが手っ取り早いだろう?」
彼女の顎を持ち上げて、彼女を見つめる。
主人公にも悪役令嬢にも興味無い。俺は君が欲しい。君を手に入れるために、俺はこっちに来た。
「どれにしようかなー」
メニューを見るふりをして、花村さん…いや、杏奈を見る。
偶然なんて嘘。俺はここで君がカフェを開くことを知っていた。やっと手に入れることが出来るかと思ったのに、もう少しのところで俺の目の前から消えた君。
「葉鳥さん、ご注文決まりました?」
杏奈が今焼けたであろうシフォンケーキをオーブンから取り出しながら、俺に問いかける。
「んー、じゃあホットコーヒーとそのシフォンケーキくれる?」
「かしこまりました」
杏奈は屈託のない笑顔を見せる。あっちの頃とは大違い。こうなるまでに俺は今までしたことのなかった努力をした。なんせあっちの世界からこっちの世界に来れたと思ったら、年齢が10歳も上げられていた。こっちの世界の杏奈とは10歳差。この歳の差をこえて距離を縮めるのがとても大変だった。
杏奈と同時期に入社してきた恐らく杏奈に気があったであろう男を自分の課に引き入れ、彼と杏奈を何度も飲みに誘い、杏奈の好きなバンドを勉強し、ライブに誘った。お陰で杏奈はだいぶ俺に心を開いた。
「はい、どうぞ」
「わ、美味そう」
杏奈が出してくれたシフォンケーキとコーヒーはあっちの世界のときと同じ味がした…