一途な二人
「鬱とADHDだってさ…」
病院から帰ってきた彼は、肩を落としながらそう言った。
「自分の症状がわかってよかった良かったじゃない。私もサポートするから二人で頑張っていきましょうよ」
「あぁ、そうだね。ありがとう」
気の抜けた彼は声で彼はそう応え、自室へ消えていった。
高校生になった頃から、周囲と自分に壁のようなものを感じていたという。しょっちゅう忘れ物をしたり、授業中や友達との会話の最中にボーっとしてしまったり、好きな読書を始めると集中しすぎて周りの声が聞こえず長時間を費やしてしまったり。
それでも学生の間はそこまで気にしていなかったらしいが、問題は就職してからだったようだ。
上司の説明や指示を聞き漏らす、仕事に集中できない、マルチタスクが過度に苦手など、今までと問題の本質は変わらなかった。しかし社会人になり責任が大きくなったため、周囲の人間の態度は日に日に悪化していき、彼の精神的なストレスは徐々に蓄積し、ついには心を病んでしまった。そして退職した。
落ち着くのを待ってから部屋に入ってみると、彼は失意からか顔を覆いながら俯いていた。
「これからは好きな小説を書きながら、のんびりと過ごしましょう。ネットでの評判も少しずつ良くなってきてるし、あなたならできるわよ。軌道に乗るまでは私が支えるから。」
「……ありがとう」
抱きしめながらそういうと、彼は泣きそうな声で感謝を述べた。その返事には不安や失望、安心など様々な感情がこもっていた。かわいい人だ。
私達が付き合い始めたのは大学の時だ。かれこれ四年になる。彼とは何度か同じ講義で席が近くになった。見た目も成績も普通だったけど、読書好きでどこか不思議なオーラを纏っているように見えた。そして見かける度に惹かれていき、私はアプローチをした。私達はすぐに仲良くなった。本を読まない私にとって彼の語る世界は新鮮で、まるで夢を見ているようだった。彼も本の話ができることがとても嬉しそうで、まるで水を得た魚のようだった。そんな私達が付き合うのは当然の流れだった。
彼に退職と本格的な執筆活動を勧めたのは私だ。付き合い始めてから彼は、本を読むことだけでなく書くようになった。パソコンに向かい文字を綴る彼はとても楽しそうだった。最初は私だけに見せてくれていたが、いつしかネットにも投稿し始めた。不満もあったが満足しているような彼の気分を悪くしたくはなかったので黙っていた。
そして就職してからも続けており、それが最近になり人気になってきたのだ。ならば無理に人とかかわらず、好きなことをしてもらった方が良いと思ったのだ。それにこれは、私にとっても好都合だった。
私は彼の仕事の悩みを聞き、ネットで調べるうちにADHDの情報にたどり着いた。彼の症状がそれだと確信した。そしてADHD患者はコミュニケーションが苦手なため極端に親しい人が少なく、受け入れてくれた人に依存しやすいということも知った。その時、私は心の奥底に歓喜に踊る自分がいることに気づいてしまった。なぜなら彼は、私のことが好きではないか。今のところ拒絶されるようなことにはなっていない。ならばその依存をより完璧なものにしようと思ったのだ。
彼が私から離れないように。彼は私のものなのだから。
「苦労ばっかりかけてごめんな。俺、必ず成功して見せるから。背中を押してくれた君を幸せにするためにも」
私の腕の中で彼はそう決意を口にした。もう十分、私が幸せなことは知らないまま