缶詰の夢とロマン
缶詰専門店とかいう、変な店がうちの商店街にある。その名の通り、缶詰しか売ってない店だ。薄暗い店内には、ガラスのショーケースに入った缶詰がびっしりと並んでいて、日常的に食べる果物など缶はもちろん、見たことも聞いたこともないような海外の食材の缶詰まで網羅している。
どうみてもかなりニッチな店なんだけど、割と値段が安いし、店主が美人な女性で、しかも対応が丁寧なこともあってかそこそこにぎわってたりする。少なくとも俺というバイトを雇う必要があるくらいには。
「まあ、俺には缶詰の良さがさっぱりわかりませんがねー」
レジにうなだれながら俺はため息とともにつぶやいた。時間は昼すぎ。にぎわいだす夕方までは少し時間があって、働いてる時間の中ではかなり暇なほうの時間帯だ。暇すぎて眠い説もあるけど。
この後バイトが大変になるわけだから、正直寝たい気分ではあるのだけれど。そういうわけにもいかない。
「おーい少年、眠そうだなあ?」
「あー、店長―、やすんでいいっすか?」
「だーめ」
ちぇっ、と口を鳴らす。
店の奥から出てきて俺をいさめたのは、この店の店主。身長が170㎝あってスタイルの良い女性。商店街のお父様方はメロメロだとか。余計なトラブルが起きなきゃいいけど。
「君はいつもテンションが低いな? この缶詰の並ぶさまを見て思うところはないのか?」
「ハンバーガーでも食べてきたくなりますね」
「夢がないなあ」
缶詰に夢を詰め込める人のほうが少ないと思う。
「まあ、私ほど缶詰に夢を詰め込む人はそういないとは思うが……バイト中にやる気ない態度を見せるのは感心しないな」
「だってなんかうす暗いですし……テンションさがりますよここ。普段から缶詰食うわけでもないし」
正直、ここのバイトに応募した理由なんて店主が美人・給料がいい・家から近いの3点だし、お金をもらえるなら何でもいい感がある。缶詰だけに。詰まらんか。
それに、この店主、やる気なさげな俺をあんまり怒らないし。こちらとしてはありがたいけど。
「やるべき仕事はしてくれるから、別にそれくらいの粗相は許すけど……私の夢の詰まった缶詰にはもう少し興味持ってほしいなあ」
「だって食わないですし」
「じゃあ食ってみるか」
そういうと店主は棚法に向かって歩き出し、硝子戸をあけて1つ取り出した。日本語ではない何かの言語のパッケージ。文字ばっかで何の缶詰かもわからない。
「それは?」
「ツナだよ」
ツナ? 海外の?
黙ってみてると店の奥に入ったので、しばらく待つと、ほかほかのご飯をお茶碗に入れて戻ってきた。それを俺の前に置いた。
「え、食うんすか? ご飯と?」
「いいから」
いつの間にやら店主の手には缶切りがあって、ちょっと引くくらいの速度で缶を開けた。そして、何も言わずにご飯の上に叩き込む。
「食ってみなって」
「え~?」
「食ったら今日だけ時給40円上げる」
「いただきます!」
われながら単純だなあと思いつつ、何故か用意されている箸を取ってご飯と一緒にほおばる。
「……うん」
「どうだい?」
「まあ、思ったより……」
うまい。ほかほかご飯に乗せただけだけど思ったよりしっかり味がする。昼過ぎでまだあんまりおなかが減っていないとはいえ、あまり気にならないくらいには箸が進む。かなりさくさく進む。あんまりがっつのはあれだけど、早く次のもう1口を……
「……ん?」
見間違えたかと思った。次に何かのいたずらかと思った。でも、そうじゃないことにすぐ気づく。
「あれ、俺、いつ食い終わったんだ……?」
もう一口食べよう、そう思ったのに、茶碗の中身は空っぽだった。いつの間にか、食べ終わってしまったらしい。
「すごいがっつきかただったなあ、少年」
「え、俺がっついてました?」
「うん、がつがつとね」
自覚がない。割と落ち着いて食べていたつもりなんだけど。
「で、どうだった」
「味ですか? ……うまかったですけど」
「まだ食べたい?」
「……正直食べたいです」
そこまでインパクトの強い味ではなかった。でも、確かに俺は、もう一口食べたいと思っていた。まだもうちょっと、この味に浸っていたいと思った。正直今不完全燃焼感がすごい。
「うんうん。少年も缶詰の可能性に気づいてくれたようだな」
「これ、どこのツナ缶なんですか?」
「海外だよ。場所はたぶん行ってもわからないから言わないけど。ちなみにお値段は2500円」
「にっ!?」
ただの缶詰で?
「そうだよ。だから、少年に食べさせてあげたのは特別サービスさ」
「なんで、わざわざ?」
「知ってほしかったのさ」
そういうと、店主は俺の目をまっすぐ見据えて、満面の笑みを浮かべながら俺に告げた。
「ただ開けただけでうまい……そんな缶詰には、夢とロマンが詰まってるってね」
「……なるほど」
俺はもしかすると、ほんの少しだけ、缶詰に詰まった夢とロマンを垣間見たのかもしれない。少しゴージャスな体験をしたものだ。
舌はまだ美味を求めているけど、2500円の物をまた食いたいとはそうそういえない。
「ったく、高いもののいい味教え込むなんて意地が悪い」
「また食べたいならバイトを頑張りなさい。成果が見えたら食わせてあげる」
「えっ、本当ですか!」
「ああ、ただし!」
ビシッと缶切りを俺に突き付けながら、何かを宣告するように、店主がにやりと笑って俺に言う。
「——私の審査は厳しいぞ?」
「……それなら頑張らなくてもいいかもなあ」
「そこは頑張ってくれよー」
ともかく、俺はこの日、缶詰というものの深い可能性を知った。
この日から、俺は少しだけバイトを頑張るようになり、それと並行して多くの缶詰の美味にぶん殴られていくことになるのだけれど……。
それはまた、別の話。