初雪が降っておかしい
今シーズンの初雪は12月1日に観測された。これは、奇しくも寿々木初雪が生まれた年の、この地方の初雪の日にちと一緒だった。
つまり、初雪の誕生日に、初雪が降った。
「しかも、仕事を終えて帰ってきた」
「なにが『しかも』なのかわかんねーけど、ご苦労さまです」
すでにコタツの虫と化している夏樹は、寝たままの姿勢で、コタツから顔だけ出して言った。
「まったくだよ。まさかインタビューみたいな仕事までさせられるとは、考えてなかった。歌だけ歌って終わりだと思ってたんだけど、顔も名前も秘密のままでインタビューって、意味あると思う?」
初雪が言っているのは、例の映画フリキュアに関する仕事の話で、歌はとっくに録り終えていたし、テレビコマーシャルで何度も耳にしていたのだが、それ以外の仕事が想定外だという愚痴だった。
アーティスト名は<謎のフリキュア少女H>でやるらしく、CDなんかもその名前で出すらしい。大人がそれでいいと言うのだから、いいのだろうが、夏樹としては微妙な気がする。現状で本名が出せないのは仕方ないにしても、もうちょっと誰かが、他の気の利いた名前をつけられなかったものだろうか。
ちなみにプロデューサーが名づけたらしいのだが。あの人、もっとセンスよかったはずなのに……なんて思ってしまう。
「で、誕生日だよ!」
質問の答えを待たずに、初雪は大きな声ではっきり言った。
「いや、わかってるけど……」
「わかってるよな?」
「いや……え?」
プレゼントは、実は用意してあった。
脅迫されるとは思わなかったが、事前にいくつかの候補は聞いてあったので、その中から夏樹自身が選択して買ったものが。
お金には余裕があった。けして高くはない時給のアルバイトではあっても、それなりに続けていたので、貯金も増えた。妹ほど使い道がなかったというのも理由ではあるが。
今までは妹にプレゼントをあげることは少なかった。まったくないわけでもないが、もちろん毎年あげるなんてことはない。父や母が十分な贈り物をしていたこともあるし、もちろん同じ家の子供兄妹なので、どちらかと言えばあげるほうがおかしいのだろうけれど。
今年は特に、生まれてはじめての仕事で得たお金もあるということで、あげない理由もなかったのだ。まあ、妹に催促されたことが大きいのだが。
「お前、多分オレより稼いでるよな?」
具体的な収入を聞いたことはない。でも、なんとなく推測できるものはある。少なくとも、高校生のアルバイトを越えているだろうという確信はある。
たまに電話の会話で、なんとなくお金の話も聞いていたし(いずれも、だいぶ景気のいい内容だった)。
「ほほっ、まっさかー。いくらなんでも一曲歌っただけじゃ、そんなに貰えないって」
「だといいんだが……」
なんとなく、ゲームの中でも稼いでいる気がするのだが。
さすがに通帳をこっそり見るわけにもいかないので、すごくモヤモヤする。
「ありゃ、初雪おかえりー。いつの間に帰ってきたの」
「今の間だよー。アンヨたんは?」
先日帰ってきたばかりの母は、もちろん初雪の誕生日を狙って帰国していた。
すでにバースデーケーキは買ってあると聞いていたし、もちろんプレゼントも用意していることだろう。
父親からのプレゼントは午前中に宅配便で送られてきており、それも母が隠していた。渡すのは食事の時になるだろう。
「アンヨちゃんはお部屋でお絵かき」
「ママ、アンヨたんのはお絵かきってレベルじゃないにょ」
「あー、確かに。なんか賞とか取ってるんだっけか? すごいよね、あの絵。なんだろう、神のいたずら的な」
「まったくわからないけど、ものすごくしっくりくる表現だね。さすがママ」
そんなアンヨ先生の作品が、寿々木家のリビングにはすでに飾られていた。
初雪が買ってきたキャンバスにアンヨちゃんが絵の具を用いて描いたもので、なんだかよくわからないつくしのようなキノコのような男根のような不思議なデザインの絵で、暖色系の色合いもあってか、すごく楽しげで温かみのある作品に仕上がっていた。
なにを描いたのか聞いてみたところ、アンヨは「ポカポカこけしんぼの丘です」と答えた。
丘は丘だろうが「ポカポカこけしんぼ」がこの世には存在していないので、夏樹たちにはわからないものだった。どうやら、植物ではあるようだが。
「初雪、アンヨちゃん呼んできて。ごはんにしよう」
今日は母がいるし、さらにはりきってくれているおかげで、夏樹はゴロゴロしていられた。普段であれば自分が台所に立たなくてはいけないので、こんな、コタツに寝転んでなどいられないから。
初雪とアンヨが来るころには、食事の用意ができていた。
作るのはそれほどでもないが、運ぶのだけは異常に速い母。動きが素早いのは、昔からだ。この辺りの遺伝が、初雪の足の速さに繋がっているのかもしれない━━で、なんでオレには遺伝しなかったのだろうと、普通の運動能力しかない兄は思う。
「いっただっきまっ……うまいっ!」
母の料理も腕が上がったのか、それともアンヨちゃんがいるからちゃんと作ったのか。どちらにしても、確かに味は最高だった。
食事の最後にケーキが登場する。
チョコレートに「雪んこバースデー何回目でもあめでとう!」と書かれていた。まさかこんなふざけたメッセージを書かされるとは、ケーキ屋さんも思っていなかっただろう。
ロウソクの火を吹き消した初雪に、いよいよお待ちかねのプレゼントが渡される。
まずは母から、母と父の分がそれぞれ手渡される。
父親のほうのプレゼントは雑に開けた初雪だったが、中身は大事に取り出して「ほうっ」と息を吐いた。
夏樹でさえ一目でわかった、有名なブランド物のバッグだった。少なくとも、数万円以上の値段はするはずの高級品だ。
「わ……マジか、あのオヤジ」母が呟く。
そんな母のプレゼントは常識的なセーターで、けして安物ではないだろうが、ブランド物でもなかった。季節を考慮した、実用的な品である。
「わーい、ありがとうママ!」
「アンヨもプレゼントあげるです」
「え、マジんこで⁉ ほよぉぉ……アンヨたんから貰えるんなら錆びた釘でも嬉しいにょ!」
まあ、錆びた釘ではないようだが。
「これは?」
「初雪ちゃんの似顔絵です」
「わー……神ってる」
「ほんとだ」
「初雪かどうかはアレだけど、確かに神を描いたものに思える」
親子三人して、そんな感想を口にする。
アンヨはずっとニコニコしていた。
「家宝決定━━で?」
これは夏樹に向かって、初雪。
それで、お前のプレゼントはどうした? という意味の言葉なのだろう。わかっている。
妹はそういうやつだ。
「……はい、これはわたくしからのプレゼントです」
「えー、アンタまでプレゼント用意してたんだ? 珍しいお兄ちゃんだこと」
初雪から催促されたことなどは、言わない。母がどう思おうが、夏樹は別にどうでもいい。
とにかく、役目を果たしたという達成感があったので、それでよしとしておく。
「わーい……中身はなっにかなぁーっと━━お?
にょにょにょ……ほうほうほう、なるなるなるー。そうですか、お兄ちゃんはこれを選びましたか! 『デンジャラスフリキュア』のブルーレイボックス! 渋いの選んだねぇ、チミぃ。いやぁ、これはなかなか予想外で嬉しいにょ。もっと無難なとこいくかと思ってたんだけど、デジフリ選んだかぁ。ナイスお兄ちゃん。わたしもちょうどデジフリもっかい見たい時期に入ってたし、うん、よくやった、グッジョブ!」
なんだかすごく喜んでもらえたし、誉められた。これならば、プレゼントをあげた甲斐もあったというものだ。
たまにはこういうのも悪くないなと、夏樹は感じた。
「よかったねぇ、初雪。にしても、初雪の誕生日に初雪が降るなんて、どれくらいぶりかしらねぇ」
今も窓の外で降る雪は、積もるほどではなかったが、それでも降り続いている。
どれくらいぶりだろう。
初雪が生まれてから、一度でもあったかどうか。夏樹には記憶がない。忘れているだけかもしれないが。
なんとなく初雪の未来が祝福されているような気がして、夏樹はなぜだか嬉しくなった。




