転校生すらもおかしい
土曜日の午後、夏樹は妹に連れられてゲームセンターに来ていた。
転校生の女の子と遊ぶ約束があるということだったが、もう1つの目的も、夏樹はしっていた。
(今日から販売される、フリキュアくじの取り扱い店舗だ。間違いなく、これが目当てだろうな━━)
定期的に新商品のでる『十八番くじ』のフリキュア版。フリキュアに青春と存在そのものを捧げている初雪が、これをしらないわけはない。話はしていなかったが、きっとそれなりに予算を投じるはずだ━━今月の家計に響かなければいいが。
「その新しく来た娘がまたかわいくてさぁ、見た目外国の感じだったからどこから来たのって訊いたら妖精の国から来たって言うから、もう、その時点でソウルメイトだよね?」
うん、よくわからない。
またヤバい女子が増える予感しかしない。夏樹はクレーンゲームの景品の種類とその位置とマシーン自体の機種名を確認し、攻略法を考えていた。とは言えお店側の設定次第だし、そもそも欲しい景品ではなかったので、ただの暇つぶしだった。
待ち合わせの友達が、なかなか現れない。
「おそいなー、早く来すぎたかなぁ?」初雪がフリキュアの腕時計で時間を確認する。
よく平気でそんな幼女向けのオモチャを着用できるなと、感心する。
「来たです!」
うわっ!
突然背後からかけられた声に、夏樹は振り向く。いつの間に回り込まれたのか、ゲームセンターの出入口を向いていた夏樹の背後に、その少女はいた。
「すげえ、いつの間に背後を取ったの?」初雪もさすがに驚いた様子をみせる。
「こちらの世界だと存在感が薄れるですよ」少女が言った。
またなんか、異世界設定の痛いヤツが来たぞ。
夏樹はにへらっと笑った。
「お兄ちゃん、今の笑顔で気持ち悪いランキングのトップに躍り出たよ。わたしがインチキレビューを書いて消して書いたから、一気にポイントが加算されて首位独走だよ!」
なんだそのランキングは。レビューとかポイントとか、意味がわからないし━━今の笑いかた、そんなヤバかったのか?
夏樹は真顔に戻った。
「この娘が超絶かわゆい転校生、妖精ヶ丘アンヨちゃんだよ」
そう紹介された少女は、確かにかわいらしい容姿だった。梨理夢や毘沙門とも違う、陽だまりのような雰囲気を持つ美少女。
「はじめまして。アンヨは、アンヨです」
う〜ん、なんだろう、かわいいなぁ。
まあ、名前はやっぱりちょっとおかしいけど、日本の名前ではないのかもしれない。
妖精の国とかいうのは設定だとしても、どこか北欧あたりの国の生まれなのではと思わせるものがある。
「アンヨちゃんって、日本人じゃないよね?」夏樹が尋ねる。
「はいです。フェアリーランド人です」
期待はしていなかったとはいえ、やはりまともな答えをもらえないのは悲しいものがある。
ただ単に、夏樹には教えたくないというだけかもしれないが、だとするとさらに悲しいから、考えたくはない。
妹にも気持ち悪いって言われたばかりだし。
「アンヨちゃんもフリキュアが好きでさぁ」初雪が話しはじめる。「十八番くじやりに行くって言ったら、アンヨちゃんも行きたいって言うから、今日は二人でA賞お持ち帰りなわけよ」
まだ引いてもいないくじの、それもトップ賞を引き当てたつもりでいる。
人よりは運の強いであろう初雪とて、初日のフル状態からくじを引いて、わずか一枚二枚の当たりを引けるとは思えない。
引かれた店も困るだろう。
「くじはレジにあるから、さっそく行こうか」
初雪とアンヨちゃんはなぜか手を繋いで、歩いて行く。
どうやら先客がいたらしく、二人は順番待ち状態だった。
お目当てのフリキュアくじを、一足早くやって来たお兄さんが引いていた。
大きいお友達というやつか。どう見ても二十代以上の男性だったので、この国は平和だなと、ありきたりな感想が浮かぶ。
夏樹は平然としていたが、初雪としては気が気ではないようで、呪い殺さんばかりの表情をしている。気づいてないからいいようなものの、男性があの表情に気づいたらどう思うだろう。
トップ賞が出ないことを祈っているのが、口の動きでわかる。実際に、呪いの言葉でも吐いているかもしれない。
アンヨちゃんは首を傾げて、じっと見ているだけだ。
とてもかわいい。
「マジかよ! 半分引いて全部下位賞って!」
「はっは、智一さん相変わらずの引き運っすね!」
店員と顔見知りだったのだろう、智一さんと呼ばれた男性が大きい袋二つ分のガラクタ(あくまでも夏樹くんの私見である)を手にする。
「もう金ねーわ。くそ、別な店にすりゃよかったぜ。お前、くじの入れ方おかしーんだって、絶対」
「はっは、なんとでも言ってください。またお待ちしてますよ」
余裕の店員さんは笑顔でそう言った。
「ちっ、二度と来ねーぞこんな店!」
おそらくそれは冗談なのだろうが、挨拶をした智一さんと呼ばれた男性が去ってゆく。
初雪たちに順番が回ってきた。
「チャンス到来……フリキュアくじ!」
初雪は勢い余って一万円札を店員さんに叩きつけた。
「うわ、はい、落ち着いてお嬢さん。何回ですか?」
「それで引けるだけ!」
初雪はおそらく正気ではないだろう、目が血走っている。
「わかりました、では9回ですね。前のお客が半分減らして行きましたから、チャンスですよ」
見ていたからわかってはいたが、わざわざ教えてくれるあたり、やさしい店員さんだ。
それにしても、一万円で9回しか引けないとは。よく見たら一回千円以上するウルトラスーパープレミアムくじという表記があった。さきほどのお兄さんが悔しがるのも、今なら納得できる。いったいいくら使ったんだろうか。
「よし、引くぞ」初雪が生唾を飲み込む。
中学生が小遣いの一万円をぶち込んだのだ、並の覚悟ではない。
「ファイナルラブラブフリフリジャッジメント落とし穴ぁーっ!」初雪が前作・デストラップフリキュアの最終奥義を叫び、くじを引く。
次々と引いていき、それが9枚になった時点で動きが止まる。
微動だにしない━━死んだのか?
「あの、めくりましょうか?」店員さんが申し出る。
「手出し無用……」
それを断った初雪は、くじを一枚ずつ開けていく。ペリッペリッと気持ちのいい音がする。
「E賞、F賞、E賞━━うぐぐぅ〜、D賞! C賞! うほぉ、F賞あっは〜ん、A賞おおおおおっしゃらぁーっ! B賞ぉ! うおおお〜ん! B賞? またキタコレええええ〜ん!」初雪がぐにゃりぐにゃりと身体をくねらせながら、叫んでいる。
夏樹はとにかく他人のフリをしたい衝動に駆られたが、どうにか兄妹であることを貫き通した。初雪の情緒は完全崩壊しており、もはや周りの目などないに等しかった。
「うわぁ、やりましたねお嬢さん! 上位賞、全種類引いたじゃないですか! いやぁ、あの智一とかいう野郎とはモノが違いますねぇ、素晴らしい!」
「ああ〜ん、やったよ〜、やったよお兄ちゃあ〜ん! わたしの神の手がキュアデスペレーションフィギュアを引き当てたよぉ!」
どうやら2つしかないA賞ひとつと、3つしかないB賞ふたつを引き当てた初雪は、念願かなったようだった。
「あっ、でも━━」急に真面目な声に戻る初雪。「まだアンヨちゃん引いてないのに、ごめんなさい!」
「大丈夫ですよ? まだ当たりがあるので、アンヨもやるです」
店員さんがそんなサイズのもあるのかというようなデカイ袋を用意して、初雪が当てたもろもろの景品を入れていく。高価なくじだけあって、当たりのフィギュアはかなりの大きさだった。
初雪のターンが終わり、アンヨちゃんの番になる。
「アンヨも引きます━━はいです」言って、二千円札を一枚置いた。「おこづかい、全部です」今では珍しいお札だが、もちろん使用は可能である。
ぬおお、なんという━━かわいいアンヨちゃんには、夏樹くんがおこづかいをあげよう!
と、夏樹は心の中で叫んだが、口には出さなかった。
そして、アンヨちゃんは大事なおこづかいの二千円札一枚で勝負をしようというのだ━━妹の穢れ具合が目立つではないか!
欲の初雪と、無欲のアンヨちゃんの構図ができている。
「では、一回どうぞ」
店員さんが差し出したくじの箱に、左手を入れるアンヨちゃん。
迷う様子もなく、おそらく一番上から一枚取り出す。
かわいらしい手で、くじをめくる。
━━「A賞です」アンヨちゃんが言った。
「ほおおおお? アンヨたん、すごすぎる!」初雪が抱きつく。
「うわぁ、こっちのお嬢さんもめちゃくちゃ引き強じゃないっすかー! 智一とかいう野郎の百万倍は運がありますよー!」
なんかさっきから、最初にくじを引いて行った男性の悪口が続いているのだが━━恨みでもあるのだろうか。
「やったです。アンヨもフィギュア、欲しかったのです」
「やったね、お揃いゲットだねアンヨたん! ああ、もうマジで最高な気分だよぉ! アンヨたんはかわいいしフィギュアもかわいいしお兄ちゃんは存在感ねーし!」
夏樹くんの存在感のなさが妹の気分をよくしているのだとしたら、まあ、お役に立ててなによりですよ━━と思う。夏樹はもう、くじに対する興味を失っていたので、せっかくだからクレーンゲームでもやって帰ろうかと思っていた。
あるいは、かわいいアンヨちゃんとプリント写真を撮りたいなとか思ったけれど、直接言うのはためらわれるし、どうすればその状況にもっていけるかわからなかったので、諦めた。