ハツユキ村がおかしい
ついにこの日がやってきた━━待ちに待ったエイチシステムと、そのゲーム内世界であるソルアースに降り立った夏樹は感動すら覚えていた。
初雪のプレイはモニターしたことがある。しかし、実際に自分の主観で見るその世界は、もはや現実と大差ないほどのリアリティを備えていた。とても造りものとは思えないほど、すべてが生き生きと輝く世界がそこにはあった。
ゲーム開始地点を知り合い━━というか妹がいる場所にしてもらったので、目の前には<ハツユキ>がいる。ついでにハルカゼ(名前がなければ誰かわからなかった)とKey(こちらは名前すらわかりにくいが、おそらく季瀬姫だろうと思い至る)がいて、<ナツキ>を出迎えた。
「来たな、女子中学生好きの変態め」
「なんだ、初雪兄もそのまんまの名前か。つまらんな」
「わたしは<エサバコ>か<ゲロキモ>にしたらって言ったんだけど、なんか嫌なんだってさ」
「ワガママな兄だな」
こいつらは━━思いながら、助けを求めるようにKeyの側に寄った。彼女はこんなに胸があっただろうか? 横から見ると、けっこうすごいことになっている。
「博士の力で、無理やり名前変えられないのか?」
「いえ、さすがにそれは……ご本人じゃないと無理ですね。あ、ひさしぶりにひーちゃんに博士って呼ばれましたねぇ。なにか、懐かしいですよ」
「そういえば、そうだな。季瀬姫と呼ぶほうが、最近は多いからな」
「じゃあお兄ちゃんは改名できるようになったら<下水啜りマン>にするといいよ」
改名できるようになっても下水啜りマンには絶対しないからな。それだったらエサバコのほうがまだマシだし。いや、マシでもないし。
なにごとも普通に平凡にが信条のナツキは、アバターの見た目もお任せだったので、ほとんど現実の自分と変わらなかった。それでも、ゲームキャラクター補正で男性アイドルグループにいてもおかしくない見た目には、多分なっていた。
そんな彼らの元に、天空から伸びてきたチューブが近づいてくる。
更なる新規プレイヤーが、この地点にやってきたということだ。
チューブからペッと吐き出されたビキニアーマーの女性プレイヤーが立ち上がると、ナツキに突進し、抱きついてきた。
その直前に見たプレイヤーネームは<リリム>で、つまりは愛野梨理夢だった。
「おにーさーんっ! おひさしクンカクンカぶりペロペロペロです!」バーチャルだからなのか、大胆な行動に出た梨理夢は挨拶しながらナツキを舐めまわした。
感覚がないとはいえ、とても恥ずかしいしドキドキする。そして、両手には感覚が伝わってしまうので、ヘタに身動きできないし、されるがままにしておくしかない。
ハツユキから言われていた「おっぱい触ると捕まってブタ箱」が脳裏に浮かんだこともあって、リリムの身体には絶対に触れないよう、神経をすり減らした。ある意味、もっとも難しい敵が、味方にいるようなものだ。
「やった、りりちんがやってきた!」
「愛野、すごい格好だな。そんな衣装もあるのか」
「わたしが決めたわけじゃないんだけど、最初からこれだったよ?」
リリムの胸がもう腕に押しつけられているので、判定次第ではアウトな気がしてならない。胸でこそないが、手の甲にはなんだか柔らかい肌の感触が伝わってきているし、これはもう、捕まってもおかしくない。
そんな思いで、いつでもどうぞと警備隊を待ったナツキであったが、一向にそれらしいキャラクターはやってこなかった。どうやら、無罪であると判断されたらしい。正当なシステムで、本当に助かった。
「それじゃ、さっそくだけど、りりちんの家に案内しよう━━といっても、もう全部埋まってるんだけどさ、りりちん、シャモちゃんと同じ家でいいよね? 同居ってことで」
「シャモちゃんですか? いいですよ。ってことは、毘沙門ちゃんもいるんです?」
「いるよー。いや、今はいないよー。今日は来るかどうかわかんないけど、一応事前にお話はしてたから、りりちん入っちゃってて大丈夫だよ」
村には5棟の家があった。どれも二階建てで、豪華な外見をしている。
「最初は平屋だったんだけどさ、増築したんだよね。こないだボスキャラ倒したときに『魔像の残骸』っていう素材アイテムが追加されてたんだけど、それが使い道のない換金アイテムだったから売ったら、なんと1億ネンになったんだよ!」
1億年?
よくわからなかったナツキが問うと、どうやら「ネン」というのは、お金の単位らしかった。ただし円と同じ価値なので、1億ネン=1億円ということでいいらしい。
1億円⁉
ゲーム内の所持金とはいえ、とんでもない金額じゃないか。妹はゲームの中でも、こんな感じなのか……ナツキには目もくれないような神様に愛されている、みたいな。もはや強運の一言では片づかないのではなかろうか。
正直、うらやましい。
「一番手前にあるのが、春ちゃんとキーちゃんのおうちで、その隣が村長━━つまりわたしの家ね。で、奥の左側がりりちんとシャモちゃんのおうち。右側がアンヨたんの家━━アンヨのアトリエ! そんで反対側に一軒だけあるのがリサちゃんってフレンドのおうちなんだけど、今はいないね。あと、向こうは畑と家畜スペース。元々狭い村だから、こんなもんでもぎゅうぎゅうだよね」
家を増築して、畑をつくり家畜を(ウシのようなウシではないなにか)飼ったら、もう使えるスペースがなくなった、と話していた。
「それで、あの、初雪さん……オレの家とかっていうのは……」
きっとうっかり失念していたのだろうから、申し訳ないが自分から訊いてみるナツキ。なんならアンヨちゃんと同居というのでも構わない。むしろそうだとたいへん嬉しい。
だが━━
「お兄ちゃんの家……って、なに?」
「いや、え……?」
うそだろ、呼んでおいてこの仕打ちとは! まるでなんのことかわかっていないような、すっとぼけた顔でそう言ったハツユキに、泣いてやろうかしら、と思うナツキ。ハツユキも現実とは多少異なるアバターの顔だけど、なんだかすごいムカつく。なんなら本物の初雪よりも腹が立った。でもまあ、彼女の持ち物なのだから、ないと言われれば諦めるしかない。
「冗談冗談━━と言いたいところだけど、わりと冗談でもなくて、ほんとどうしようか? わたしと同居はキモいし━━」
いや、まずそれが第一の選択肢じゃないのか? 実際に同居しているわけだし、兄妹だし、なにも問題はないのだが。
まさかリアルでも普段から本気で気持ち悪いとか思っているわけじゃないよな?
だとしたら、わりと立ち直れないくらいのショックを受けそうな気がするぞ。
さすがにそれはないだろうけど。
「春ちゃんちも、りりちんとこももう二人入ってるわけだし、アンヨたんと一緒にでもしたら、わたしの罪が増えちゃって、せっかく積み上げた徳がプラマイゼロになったりして地獄行きの可能性が残るのも嫌だからそれもできないし、リサっちも多分嫌がるだろうと思うから……そうなるともう、どっかに無理やり小屋でも建てるしかないのかなぁ」
どっかに無理やり小屋でも建てるしかないのかよ、ちくしょう……。
まさかとは思ったが、ハツユキは発言通り、空いているわずかなスペースに無理やり小屋を建設した。必要な資材と完成形をオーダーすると、小規模な建造物であったそれは、わずかな待ち時間だけで、あっという間に完成した。
完成したのはいいが、どうも小屋というよりは犬小屋といったほうが正しいような、そんな見た目である。それが、ハツユキの家━━村長の家とシャモ&リリムの家との間のわずかな隙間に、無理やりねじ込んだようにして出来上がった。
よく見ると両家に少しずつめり込んでいる。これが現実だったら違法建築みたいな感じになるのだろうが、ゲーム内だからこそ可能な無茶だった。
「じゃあ、そういうことで……」
ナツキ本人よりも低いテンションで、ハツユキが言う。もう、どうでもいいのだろう、興味を失った時によく見せる、ちょっと人として良くないような態度を見せて、リリムを家に案内するため歩き去った。
そして取り残されたナツキは、彼女たちの最後尾にいたハルカゼとなぜか目が合ったのを合図にして、仕方なく、とりあえず、自分の家━━というか犬小屋もどきに入ってみた……が、めちゃくちゃ狭い。当たり前だけれど、立つこともできないので膝を抱えて座るしかない。寝るにしても、膝を抱えて丸まった姿勢でないと、収まらない。
まるで本当に犬だ。
━━そうか、オレは犬だったのか。
気づき、本当の姿を取り戻そうとするが、別に正体が犬というわけではないので、なにも変わらない。ならば、姿は人間であるが、気持ちだけでも犬になるのは、どうだろうか。
かわいがられるかもしれない。
頭を撫でられることもあるだろう。
餌だってもらえるかも。
加えて、排泄物をハツユキが拾ってくれるかもしれない!
「ばかか、オレは━━!」
いつの間にか末期の症状に近づきつつあった心を、なんとかがんばって取り戻す。
これって、なにするゲームだっけ━━疑問がよぎる。
あまりにもリアルなゲームで、犬小屋みたいな家に入って膝を抱えて座っている。そんなプレイをするプレイヤーは、おそらく自分以外にいないだろうなと、その時、ようやく思い至った。
これでは、現実のほうがよっぽどマシだった。




