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最先端機器がおかしい

 さかのぼること二週間前━━ゲーム業界関係者すら、ごく一部を除いてまったく事前情報が得られなかった最新のゲーム機が、突如として発表された。

 その後に発売された「週刊ゲム通」の表紙がいつもと違っていたことが、事の異常さを表していた。


 ゲーム機の名前は「Hシステム」。

 その名前から、なにかエッチなシステムなのではと想像した全国、いや、全世界の男子だったが、読みは「エイチシステム」であり、極めて健全なものであった。


 当初、発表される前から販売や流通のための準備は行われていたのだが━━オリジナルゲームシステムとか、VR機器(仮)や、あるいは単に謎の電化製品として予定されていた。

 その正体がわかるや否や、予約が殺到、十万円という高額ながら、発売前に入手困難な状況となったのだった。

 しかも、発表があった二週間後には発売されるとあって、世間は大いに混乱し、ネット上はその話題で占められた。


 *****


「な、ん、だ、こ、れ……」

 頼まれたので、学校帰りにコンビニへ寄って買ってきた週刊ゲム通を渡した瞬間、妹の動きが止まった。

 ページを捲りもせず、表紙に見入っている。

 そんなにすごいのか? と、兄は不思議だった。新しいゲーム機(また出るのか)の写真を載せた、いつもと違う感じではあったし、売れていたのだろう、めずらしく最後の一冊だったことは確かだが。


「お兄ちゃん、こりゃあ、大変だ」

 雑誌の記事を確認して、初雪が興奮する。

「いよいよ来た━━近づいてきた。近未来の夢のドリームが……すぐそこに!」

 言って、近未来の夢のドリームを掴むべくスマホを掴む初雪。「はよ、はよナマゾンで予約せんと……あかんっ、もう売り切れとる!」

『現在お取り扱いできません』

 無慈悲な、よく見る表記がそこにはあった。

「なんでー、現在もお取り扱いしてよー、してんだろホントは、なぁ? なぁ?」

 画面に向かって文句を言っても、誰も答えちゃくれない。その後、他のショップも確認していった初雪だったが、予約できるお店は存在していなかった。

 ネットがダメならと、リアル店舗の電話番号を調べて、通販をしていないゲームショップやオモチャ屋さんに確認を取ったようだが、どこもすでに予約満数か、あるいは入荷予定そのものがなかったりして、ダメだったらしい。

「お前、そんなに欲しいのか……女子中学生らしからぬ物欲と執念がキモいんだけど」

 夏樹の言葉も聞き流せるくらいうなだれた初雪は、じっと床を見ている。

「それに、たとえ予約できたとしても、十万円は無理があるだろう、さすがに」

 これには顔を上げて、口を開いた。

「お兄ちゃんの貯金がある……」

「いや、ない」

「じゃあ食費がある……」

「その場合、食べるものがなくなる」

「大丈夫、アテはある━━ヘンダーソンのマサやん店長に頼んで、廃棄するお弁当もらう」

「お前━━それっていけないことだぞ」

「うんにゃ、わたしに言わせれば食べられる物を捨てるほうが、いけないことだよ」

「でも、それは仕方のない━━」

「そう言って捨てつづけるのが正しさならば、わたしは人間の社会に喧嘩を売ろう。パブリックなエネミーになろう。すぐ~そこ~にヘンダーソン♪」

 最後にコンビニのテーマを歌い、またがっくりうなだれる初雪。情緒がおかしくなっている。


 初雪もすっかり諦めたころ、スマホが「りんりーん」と喋りだした。すっかり馴染みの深くなった、着信音だ。

「んぁ、誰ぇ? キーちゃん?」

 脱け殻のような初雪が、通話をタップする。

「もしもしぃ、オレオレぇ━━え? うん、知ってるもなにも、今そのことでヘコんでたくらいなんだけど……」

 ということは、例のゲーム機の話題なのか。

 聞くともなく聞いていると、初雪が「にゃん!」と鳴いた。


「にゃ、にゃんですと……それ、マジんこな話で? まさか、そんな……」

 その後、数分間の会話を終えた初雪が、兄と向かい合って、改めて語った。

「そんなわけなんで、キーちゃんのコネでエイチシステム2台、貰えることになりました━━ロハで」

 聞いてたけど「はあ?」と、声も出る。

 どんな会話が交わされたのか、正確なところがわからないだけに、状況が掴みきれていなかったが━━あんな高価なものを、2台もタダでもらえるなんて。

 値段にして、実に二十万円である。

 なにも考えずに「ラッキー」と言えるほどには、夏樹はまだ成熟していなかった。


 初雪いわく━━かねてより親交のあった、季瀬姫への技術提供者というかアドバイザーというか、そんな関係だった「H氏」なる人物が、今回話題のゲーム機の開発者だったらしく、季瀬姫と、その仲間のために必要な台数を、いくらでも用意してくれる、という話だった。

 そんなうまい話があっていいものか。夏樹は思ったが、かつて初雪の同級生が語った「なにやってもうまくいく」という言葉が甦り、思考を停止したくもなる。

 この世界は初雪を中心に回っているのか。そんなバカげたことを思うくらいには、バカげたことになってきていた。


 ━━というところまでが、二週間前の出来事になる。


 *****


 宅配便が来たと思い対応に出ると、宅配ではあったのだが、見知った業者の人間ではなかった。

 スーツを着た顔立ちのいい二人の男性が、見たことのない黒塗りのトラックから降ろした荷物は、大きなダンボール2つ分のもので、それを慎重に運んで来る。難なく運んで来るところを見ると、サイズの割には軽い荷物のようだ。


「こんにちは。我々はエイチシステム社の者です。本日は社長直々のお客様である寿々木さまのお宅へ、エイチシステムのお届けに伺いました」

 はっきりとした、聞き取りやすい声で男性はそう言った。

 事前の調べでわかっていたことだが━━エイチシステム社というのは、今回の「Hシステム」を開発、販売、そして運営するためだけに設立された会社らしく、それ以上の詳しい実体は明らかにされていなかった。

 しかも驚くべきことに、このHシステムというもので遊べるゲームは一つだけ、という話だった。今までのように、新しいソフトが出たりするわけではないらしい。内臓された、たった一つのゲームのためだけに、十万円を支払うというわけなのだ。

 まあ、うちはタダなんだけど━━と、申し訳なく思いながらも、受け取った。


 ついでにセッティングのサービスもできますが、いかがいたしますか? 男性に訊かれたので初雪に相談してみると「やってもらおうよ」とのことで、セッティングまでしてもらうことになった。


「まず、LANケーブルですが、それはこのブラックボックスに接続していただきます」

 わずか5センチ四方の黒いブロックに差し込み口があり━━ただそれだけの物体。他にはなにも繋がっていない。

「こちらが従来のコントローラーにあたるものです━━補助的なものにすぎませんが」

 初雪が手渡されたものは、薄い手袋状のもので、まあ、手袋だ。

「え、これ?」戸惑いながらも装着する。「あ、でも着け心地がいい。自然な感じで、すぐ気にならなくなる。なにこの素敵素材!」

 気に入ったようで、にぎにぎを繰り返す。

「もうなんか、ほぼ素手。肌に馴染むというか、もはや肌!」

 そんなにか。すごいな、最新の技術って。

「でも、線は? なんも繋がってないけど」

 夏樹もそれは気になっていた。現状、初雪がただ着け心地のいい手袋をしているだけである。

「すべてコードレスになります。ブラックボックスと補助コントローラ、そして本体とは独自の通信で繋がっています。それにより、ネット回線の速度も補正されています」

 男性が最後に「本体」を取り出した。

 多少デザイン性に優れているというだけで、それはフルフェイスのヘルメットみたいなものだった。

 実際、ヘルメットと同じように装着するらしい。

 初雪はそれを、頭から被せてもらう。

「装着時は完全防音となり、ゲーム中は外の音が聞こえなくなりますが、今はまだゲームがスタートしていませんので、会話できます。詳しくは起動時に説明がなされますが、一応、説明しておきますね」

 手持ちのマニュアルを見ながら、男性が説明する。

「従来のゲームとは違い、ゲーム中の音声は常にフルオープンの状態となります。なので独り言を呟いても、ゲーム内の近い位置に他のプレイヤーがいる場合は聞かれてしまいますので、お気をつけください。逆に、どんなに大声を出しても外部━━現実ではほぼ声が漏れませんので安心して遊べます。ですが、たとえば家族と会話をする時などは、音声を切り替えることができますので、その場合は逆にゲーム内の音が聞こえなくなり、現実の音を拾います。映像も同時に切り替わるので、目の前の景色が写し出されるようになります。その際のゲーム内のキャラクターはポーズ状態になりますが、フィールド上などでは敵の攻撃を受けますので、注意が必要です」

 ゲームの話だからだろう、熱心に聞いている初雪は、ときおり「なるほど」とか「つまり、ポーズを利用した攻略はできないわけか」なんて言いながら、頷いていた。

「ですので、その場合はログアウトまたは安全な街や拠点などに移動してからの切り替えを推奨します」

 夏樹も一緒に聞いてはいたが、いまいちなんだかよくわからなかった。


「動かすのは? どうやって動かすの?」

 手袋の手を気持ち悪く動かしながら、訊く。

「先ほども言いましたが、それはあくまで補助装置です。基本的に、歩くのも、なにをするのも『考えるだけ』で実行できます。その点で言いますと、小説やアニメにある『フルダイブ』に近いものがありますね。ただ、それらと異なるのは、ゲーム中もはっきり現実の身体が認識できますし、また、ゲーム内でのダメージや飲食を実際の痛覚や味覚として感じることはできない、というところだけです。そのあたりの技術は、現段階では組み込まれませんでした。その代わり、というわけではありませんが、脳に直接なにかを埋め込むとか、あるいはゲームの影響で脳、あるいは身体に障害が残る、などという心配もありません。あくまでも━━厳密には異なりますが━━脳の信号を読み取って増幅させ、キャラクターに反映させるという仕組みですから」

 やはり夏樹にはよく理解できなかったが、とにかくなんだかすごいテクノロジーであることだけは、なんとか理解できた。

 日進月歩のゲーム業界も、ついにここまで到達したか、という感じである。

「では、早速プレイされてみますか?」

 そう言った男性であるが、その時点で夏樹はあることに気がついたので、言ってみる。

「あの、電源は?」と。

 そう言えばLANケーブルを繋いだだけで、コンセントにはなにも繋がっていない。電気が供給されていなかった。


「電源は必要ありません」

 男性の言葉には、夏樹も初雪も「え?」と聞き返す。フルフェイスの本体を装着している初雪の声は、肉声とはやや違う印象もあったが、それでもはっきり聞き取れる。

「すでに装着した時点で動力が作動しています。ですから寿々木さまのお声も、こうして聞き取れる、というわけです。

 我が社━━というか、社長の開発した独自の機構が、半永久的にエネルギーを生み出すので、電源や、充電、バッテリー交換などの必要はございません」

 うそだろ? と、夏樹は驚く。夏樹でなくとも、その事実に驚かない人間はいないだろう。

 電源が必要ないなんて━━だったら、十万円という値段でも安すぎる(・・・・)

 つまり、電気代もかからないということなのだから。お財布にやさしい! いや、それどころではない。

 ━━なんて技術だ、本当に。

「ちなみに━━おそらく技術保護の観点からだと思いますが、分解などされますと、機構自体が『なくなる』という話ですので、くれぐれもそのようなことはなさらないでください。我々のほうでも実際に分解はしてみたのですが、発電を行うような部品は発見できませんでした。なので、素人の方が見ても、おそらく同じことでしょう。そもそも分解自体が困難ではあるのですが」

 やや無駄話が過ぎたと思ったのだろう、男性が軽く謝ってから、初雪の初雪による初プレイがスタートした。

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