水沢季瀬姫がおかしい
「おおお、キュアデスペレーションとキュアインソムニアとキュアノイローゼのキャラソンCDが同時発売とは━━むむむ、こいつはお小遣いがいくらあっても足りませんぜ、お兄ちゃん?」
それを全部買うつもりなのか。
夏樹は兄として妹の無駄遣いを止めるべきかどうか悩む。
問題は、ここで止められたとしても、別のところで結局お金を使ってしまうということだが。
━━結論から言うと、止めても無駄なのである。
アニメショップの滞在時間はすでに一時間になろうとしていたが、例のCD三枚を手に持ったままの初雪は、まだあちこち見て回っている。そんなに広大な店内ではないから、もう3周くらいしているのではないか。
相方の日比野春風はというと、ゲームの試遊コーナーに張り付いたまま動いていない。
「春風ちゃん、そのゲーム得意なのか?」
落ちものパズルゲームを繰り返しプレイしている背中に、夏樹は声をかける。
「別に、得意ではない。キャラクターが全員化け物だから、気に入っているだけ」
夏樹は苦笑いすると、店の入り口付近の定位置に戻った。
結局あれだけの時間を浪費して、初雪が買ったものはキャラソンCD三枚だけだったから、実は最初の十数分で終わっていたはずの買い物ではあった。
「見るのも仕事だよお兄ちゃん。次に来た時になにを買うかとか、欲しいものがどれくらいあって、お小遣いがいくら必要なのかを計算して、計画をたてる必要があるでしょ?」
その計画になぜか自分の小遣いや生活費の一部まで含まれていることを知っている夏樹は、素直に肯定できない。
「お誕生日とクリスマスの二大ボーナスポイントはだいたいゲーム関係かブルーレイ関係に使うからそれは除外するとして、フリキュアの後期エンディングテーマ曲ももうすぐでるし━━当然わたしはDVD付きのやつを買うから、それだけでも━━」
歩きながらすでに次の買い物計画を話す初雪の隣で、それまで黙っていた春風ちゃんが声をあげた。
「あれは、博士じゃないか」
自分の世界に入り込んでいた初雪も、そちらを見る。
「キーちゃん発見、奇遇ですなぁ」
夏樹は初対面の子だったこともあって、一緒に近づこうかどうか迷ったけれど、結局は初雪のうしろを追いかけた。
「あの子もクラスメイトなのか?」訊く。
「そだよー。水沢季瀬姫ちゃんといって、めちゃくちゃ頭いいんだぞ。お兄ちゃんの三百倍くらいは頭いいかな」
歩くスーパーコンピュータみたいな娘なのか。
そうは見えないけれど。
「あっ、はっちゃんとひーちゃん」
その愛称は、どちらがどちらを指したものなのか夏樹にはいまいちわからない。
駅前の商業ビル横にある、ちょっとした休憩スペースのベンチに座っていた水沢季瀬姫と呼ばれた少女は、ラジコンのコントローラーみたいな物を手に持っていた。
「やあ、キーちゃん。ドローンでも飛ばしてるのかい?」初雪が尋ねる。
「こんなところで飛ばしたら捕まりますよ! そうじゃなくて、やっと完成した重力制御装置の実地試験をやっていたのですよ」
また、妹におかしな友達が増えた━━夏樹は単純にそう理解した。
「まさか、そんなものまで作れるのか、博士は?」と、春風。
「まあ、例によって技術提供は謎のH氏ですけど、わたしにもなんとか作製可能でしたね。難しかったですけど」
今どきの女子中学生は、なんだかすごいな。と、それほど歳が離れているわけでもない夏樹さえ、そう思う。
「実験て、どんな?」初雪が再び質問する。
「あそこの地面に図形があるじゃないですか。あれがですね、ステッカータイプで図形様の文字プログラムになっていまして、あの上にさしかかった人に対して効果を及ぼすというものなんですけど、なかなか都合のいい人がうまく通過してくれなくて━━」
「ふ〜ん、あ、向こうから来るのってりりちんじゃない?」
夏樹もそちらを向くと、たしかにそれは愛野梨理夢だった。一度しか見たことはなかったが、強烈な趣味嗜好を持つ黒髪の美少女ということで、覚えていないわけがなかった。
「なんかちょうど図形の上を通りそうだよ、キーちゃん?」
「ですね。それでは愛野りーちゃんに実験台となっていただくとしましょうか」
その実験、危険はないだろうな? 夏樹は不安だった。
「ちなみに、どーなるの?」
「おそらくですけど、軽く浮き上がる程度かと」
「それって、どれくらい浮くの?」
「ん〜、数ミリから数センチ程度だと思いますよ。それほど出力の高い代物ではありませんから」
それでも、人間が急に浮かんだら周りも、もちろん本人も相当驚くに違いないぞ。慌てて転倒でもしたら危険ではないのか。
夏樹はいざとなれば梨理夢を助けるつもりで準備する。
愛野梨理夢が図形に近づく━━
「今です、スイッチオン!」
愛野梨理夢のスカートがふわりとめくれ上がった。
隠された秘密が見える━━彼女は大人っぽい黒の下着を着用していた。
「わっ!」
慌ててスカートを押さえるも、すでに夏樹の脳に映像が焼き付いたあとだった。
「あっれ〜、なんだか、予期しない結果になりましたね」
やはり水沢季瀬姫はおかしい。
その発明も、彼女自身も、間違いなく━━