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抽選結果までおかしい

 黒塗りの高級車が停車して、黒ずくめの男たちが降車する。

 それも、夏樹の目の前で、だ。

(絶対ヤバい人達だ、目を合わせないようにしよう)

 夏樹は妹に土下座で頼まれてジンケンドーポチッチの抽選販売に来ていた。

『おにぃぃぃさまぁぁぁっ! わたくし明日ナニメイトで声優の猫坂エレオノールちゃんの握手会イベントに参加しなくちゃなんないんだけどゲロでポチッチの抽選販売があって、そっちに行くにはもはやドッペルゲンガーに任せるしかないんだけどそんなん出せないからかわりに行っていただけませんでしょーかぁっ!』

 土下座された。


 妹がそこまでするなんてよほどのことなので、夏樹はこうしてGEROに来たわけだ。ゲロなんて名前だけど、嘔吐物を指すそれとはイントネーションが違う。人によってはどの言い方でも嘔吐物になるきわどい名前ではあるが、それが知名度に繋がった面もあるのだろう。

(さすがに一時間前だから、並んでないな)

 と思ったらさっと1人が先頭に立ったので、夏樹も慌ててそのうしろに立った。「わたしの分析によると最初の10人までは高確率で当たるから、できれば先頭に並んでほしい」というのが初雪からの指令だったのだが、先頭を逃してしまった。

 しかも先頭の人って、さっきの怖そうな黒ずくめの男性じゃないか。

 ふと気がついて、夏樹は戦慄する。

 ━━自分のうしろも黒ずくめの男だった。

(やべえ……挟まれた)

 殺されるだろうか。あるいは、誘拐でもされるのか。前の男もうしろの男も背が高くてとても体格がいいので、うまくすれば夏樹の姿を隠したまま誘拐できるかもしれない。

(あからさまに列を離れるのも嫌だし、それにもう今さら抜けることはできない。抽選番号が変わってしまうし、万が一それで抽選にもれるような事態になれば、妹のほうに殺害されかねないし)

 もはや身動きは取れなかった。

 このまま我慢するしかない。そもそも、夏樹が勝手に想像して勝手に怯えているだけで、黒ずくめの男性たちはまったくの無害である。

 ただ、見た目がこわいというだけだ。少なくとも今のところは。


 10時ちょうどに、ゲロの店員さんが登場した。

「前回よりも遅い時間からの開催ですが、そのかわり当選数は倍の数をご用意させていただきましたので、多くの方にチャンスがございます!」

 という、うれしいアナウンスがあった。

 しかも夏樹は2番目だ。初雪が言うには一桁台の番号はほぼ当たるらしい。前回がそうだったし、他店舗の実績を見てもそうなのだという。

「それではお並びいただいた順番で、抽選番号を配布していきます!」

 夏樹は無事に“2番”の抽選番号をゲットして、列を離れた。

 抽選は配布後すぐに行われるということだが、発表があるのは正午ちょうどということなので、まだ二時間近くの時間がある。

 だからといって家に帰るのも面倒なので、夏樹は適当に時間を潰すことにした。


 とりあえずゲロに来たわけなので、ゲロの店内を見てまわる。『スプレトゥーン』というタイトルの発売が近いらしく、その宣伝ポスターが非常に多い。初雪も確か、このゲームが目的だったはずだ。テレビコマーシャルも見たが、無限に噴出できるスプレーの武器を使って陣地を取り合うという、やや社会的に問題がありそうにも思えるゲーム内容だけど、そこはさすがの人権堂で、子供たちに悪い影響を与えないように徹底して毒のないデザインに仕上がっている。

(なんだオレは、ゲーム評論家か)

 夏樹は自分に突っ込みをいれた。


 なんにせよ、夏樹も興味はあるし、楽しみなゲームソフトだったので、今回の妹の頼みには喜んで力を貸したという次第だった。

 ただし、食費がいくらか削られたという事実は少なからず夏樹と初雪に後々影響を及ぼすであろうことは間違いない。

 今はそのことは、考えないようにしよう。ということも含めてあれこれ考えながら店内をうろうろしていたら、いつの間にやら抽選結果の発表時刻が迫っていた。

(さてと、まあ、当たるも八卦当たらぬも八卦と言うし━━それって、八卦次第で必ず当たるし、必ず外れるんじゃないのか?なんだ、八卦って?)と、まだ余計なことを思う余裕はあった━━その時までは。


 抽選結果が貼り出される。

 当選台数が多いというのは本当で、繋ぎ合わせた大きな紙に多数の番号が記されていた。

 一桁台が並んでいる。

(よしっ……?)

 ん?

 あれ?

 あれれ?

 夏樹は目を疑った。

 1、3、4、5、6、7、8、9。何回、どう見ても見直しても、何かの間違いではないのかというふうにして、2番だけが抜け落ちている。

 いや、そんなことはないはずだ━━そう考えた夏樹はいったん落ち着いて空を見て目を細め、地面を見て目を閉じてから、もう一度顔を上げて確認した。

 やはり、一桁台の2番だけが落選している。

(なんじゃそりゃ!)

「なんじゃそりゃ!」声に出てしまい、驚く。それほどに衝撃的なことだった。ぶっちゃけありえないとは、まさにこの事だろう。

「ガッデム!」

 夏樹にしてはめずらしく、人目もはばからずに地面に両膝をついて天を仰いだ。


 そんな夏樹の目の前に、朝の再現VTRよろしくまたもや黒塗りの高級車がとまった。

 運転席と助手席から黒ずくめの男が降りて、そのうち一人が後部座席のドアを開く。

 中から出てきたのが夏樹も見知った藤原毘沙門ちゃんだったので、それはおかしいだろと思ったが、なにがおかしいのか自分でもわからない。強いて言えば、目の前の出来事と毘沙門ちゃんのイメージが合わなかった、といったところか。

(あんな怖そうな人達と、どんな関係が?)

 気になってしまう。そんな夏樹に、毘沙門ちゃんが気づいてくれた。


「あ……初雪ちゃんのお兄さん」

「やあ、毘沙門ちゃん。どうしてここに?」

 男たちのことは、とりあえず訊かないでおく。こわいから。

「あの、わたし、ポチッチが欲しくて……シゲオとマサヒロ、あ、お家のお仲間に、抽選をお願いしていたんです……」

「そうなんだ。オレも初雪に頼まれて参加してたんだけど、見事に外れてね、こうして両膝をついて嘆いていたところなんだ」

 夏樹はようやく立ち上がった。


「ちょっと、待っていてください」

 夏樹にそう言った毘沙門ちゃんが走って行き、こわそうな黒ずくめの男二人と話している。

 すぐに戻ってきて、告げた。

「二人とも当選していたので、一枚不要になりました。ですので、あの、これお兄さんにお譲りします……初雪ちゃん、楽しみにしてたみたいだし」

 毘沙門ちゃんから手渡された抽選番号の紙は3番だった。うしろにいた、こわそうな男性のものである。

「え、いいの、もらっちゃって?」

「は、はい。こんなこと、ほんとはよくないとは思ったんですけど……どうしても手に入れたくて、保険で二人のお仲間に協力してもらっていたんです」申し訳なさそうにして、毘沙門ちゃんが言った。「二人とも当選してしまったので、あの、ちょうど良かったというか、むしろ、助かりました」

 伏し目がちで、なんだかもじもじしている毘沙門ちゃんの後方で、黒ずくめの男性二人がじっとこちらを見たまま静止しているので、夏樹はへんな汗が流れてきた。

「そういうことなら、ありがたくもらうことにするよ。初雪もきっと喜ぶはずだから、あいつの分もお礼を言っておくよ、ありがとう!」

「はい、その、結果的にお役にたてたみたいで、よかったです……」


 その後、夏樹と毘沙門ちゃんは仲良くジンケンドーポチッチを購入して、別れた。

 去っていく黒塗りの高級車をながめ、思う。

(毘沙門ちゃんの家って、いったい)

 当然、なんとなく想像はつくけれど、わからない風を装いながら、夏樹は帰路についた。

 初雪の落胆する顔は見れないが、喜ぶ顔は見れそうだし、兄としてのミッションを成功させたという意味では、まあ、有意義な一日ではあった。

 不安があるとすれば、初雪がゲームを遊ばせてくれるかどうかというところだが、あまり熱中しすぎて占有するようであれば、こう言ってやればいいだけの話だ━━「受験勉強しないと、曇高落ちるぞ」と。

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