食糧難
非正規奴隷罪。
その言葉をこの国で、いや、全世界で知らない者はいない。その罪の内容は簡単に纏めると、「働いて罪を償え」ということに他ならないだろう。
だが、それだけを聞かされても良く意味が分からない。だからこそ敢えて最初からこの世界のルールの一つを説明しておくべきだろう。
『世界不可侵番惨』それは神が定めたルールとして知れ渡っていた。誰がルールを作ったのか。そして、どうやって全世界に知らしめることができたのか。一切合財が謎に包まれている。でも、そんなよく分からないルール事が、全ての生きるものの知識として携わっており、決して覆すことができないルールなのだと判明していた。
だからこそ神が定めたなどと言われていたのだろう。
そのルールは番付されており、全てで十二のルールが存在する。その中の六番目が奴隷制度であった。
その内容は、奴隷を『非正規奴隷』と、『束縛奴隷』の二つに分けることにある。まず、どうして奴隷なんかになってしまうのか。という根本的な話に持っていくならば、それは罪状の分類によるだろう。
例えば、人知を超えた力で、国の中心でもあった王都を灼熱の炎で包み込み、罪なき人々を大量虐殺をしただとか。意図的な伝染魔術で脳を破壊し、破壊した者を洗脳し人形としただとか。さらに言うならば、国同士が協同して保有、または死守する『偉大なる神の部位』に近づいたなどなど。
こうした誰もが認める重罪の場合は奴隷に扱わず、その場で死刑囚として囚われ、その時を待つのだ。
ただ、この世界は懲役の概念と死刑罪が混ざり合い、罪状が『六十年牢屋に閉じ込めたあと殺す』という理不尽な内容だった。いや、まあ大罪人にかける情けなど持ち合わせていないのだが。むしろ死ね。
閑話休題。
そうした重罪人は、教会が管理する懺悔の塔に閉じ込めておくのだ。教会といっても、またそれを分けていくと国との直接関係のある教会だったり、大罪人を閉じ込めるための教会だったりと、説明するとキリがないため置いておかせてもらう。
要約すると、重罪人とは誰もが殺せと頷き言ってしまえるほどの罪を重ねると重罪人扱いだ。世界中にアンケートでもとってみれば分かりやすいだろう。多分しないだろうけど。
で、本題。
重罪人はその塔に幽閉するが、それ以外の罪状はだいたい奴隷行と考えてもらって構わない。
ただ、その奴隷にもいろいろあるのだ。国の王が直接の支配下となる奴隷もいれば、貴族の元へ送られる奴隷。さらには大きな企業に属してしまう奴隷もいるらしい。
噂によるとその企業の奴隷というのは一番過酷で、生きた心地がしないらしい。働いて寝るだけの人間へと成り下がってしまい、奴隷期間が終わった後も真っ当な人生は送れないほど壊れてしまうとかなんとか。
補足しておくと、企業と字面通り、製造に販売など、なにかと金が付きまとう仕事内容らしい。
貴族奴隷はその貴族がまともな奴なのかどうかで決まるだろう。変な趣味だったり、変わった思考を持っているならば、ご愁傷さまと手を合わせることだ。
で、王の支配下の奴隷。これが一番まともなのだが、同時に一番監視の目が多い。なにせ国の目下なのだ。場合によれば奴隷期間が長引く。つまり、リリルみたいな横着者には一番辛いだろう場所なのだ。
次の話。さっきから期間がどうとか出てくるがその説明を今からしようと思う。
奴隷は上記と通りに二つの奴隷に分けられる。リリルたち三人は非正規奴隷の部類であった。
非正規奴隷とは、一定期間を働き、そのまま罪が重なることがなければ娑婆にでられる奴隷のこと。つまり解放されて、また普通の人生を送れる人たちのことなのだ。
一定期間とは、働いて得られる金のこと。実際に金を得るわけではないが、非正規奴隷になった時点で、引き取ってくれた場所に借金があると考えられている。その金を返すまでは出られないのだ。
だからこそ、金に関係する企業奴隷は早く出られる。出た人がまともかはおいておいて。貴族奴隷は良くは知らない。ただ、通常よりずっと早く出た者もいれば、その反対もあるようだ。
そして国の奴隷は国ということで借金が多いし、返済も長い。期間的には一番遅いのだろう。だが何かと保険のようなものがついている時点で命や身体にはどんな傷もつかないように配慮してくれる、はずだ。もしかしたら違う国もあるのだろうか。
束縛奴隷。それは奴隷の中の危険因子。または世界に大いに貢献するであろう人物がなってしまう奴隷だ。危険因子とは、奴隷の中にはもちろん狂ったやつがたまにいるわけだ。そんな人を外に解放なんてしてやった日にはどうなるか分かったもんじゃない。と判断される奴隷は、将来の重罪人として束縛される。理不尽かもしれないが、だったら最初から奴隷になるようなことをするなといいたい。
もう一つのパターンは、奴隷の中には素晴らしい頭脳がある者や、ずば抜けた才能がある者もいる。奴隷から解放してしまえば、ただの平民となり、スポットが当たることが大いに減ってしまう。もしかしたら世界的な偉人になるかもしれないのに。
それを惜しいと考える者はその奴隷を束縛奴隷として管理する。でもそれじゃあ一生奴隷じゃないかと思う人はいるだろう。だがそうではないらしい。なんでも、何かしらの結果をだして世界的に有名になったりなど、所謂、成功を収めたところで、奴隷として解放されるとか。
この場合は束縛奴隷となったことに感謝するしかないだろう。
まあ、私には関係のないことなのだが。
…と、暇だったから即興で定義してみたのだが。
「なんて考えていても仕事は終わらないものね」
ため息を一つ。
身体は動いているのだが、同じ作業の連続で脳が死んでしまいそうだったため働かせてみた。
「よしよーし。いい子ですねー。あ、顔舐めたら水ぶっかけますよー?」
笑顔で牛の世話をする、入ったばかりの新人ノアを見て案外早く素が出たなぁと苦笑。あんな笑顔で毒づくノアは大物になりそうだ。そのまま彼女は水で濡れた雑巾で牛の体を拭いていった。
「へへへっ!お前の飯ねーから!」
「ぶもっ!?」
ちらりと反対側を見ると牛の餌を咥えて追いかけられているリリルの姿。
リリル…それ、牛用…と口を開こうとしては止めておく。トマトジュースの絞りカスをあんな笑顔で食べているを見ると涙が出そうだ。よよよ。
「ふー。案外大変なものですねー」
「お疲れさま」
牛の掃除が終わったのだろう汗を流したノアが隣に並んだ。それを肘を上げてふき取るとため息を吐く。初日は確かに辛いだろう。慣れるまでの辛抱である。
ちなみに私はというと、自分の担当は全て終わって道具の片づけをしているところだったのだ。だが未だ終わるのは二番目なのでリリルには敵わないと思う。
あの子、実はとても優秀なのだ。ベテラン奴隷の名も伊達じゃない。
真っ先に終わらせては牛と走り回っているのだから。奴隷なのだし、少しは大人しくしろと思わなくもないが、これがリリルなんだと納得できると安心してしまうのが不思議だ。
「はふぅ…」
「やっぱり辛いかしら」
またため息を吐いたノアを見て尋ねる。
「あ、いえ。辛くはないですよ?イヴさんにリリルさんもいますから。ただ、やっぱり教会にいた時にはやったことがないようなことばかりだったので、少し疲れてしまったなと」
「へー。では教会では普段何をしていたの?」
ちょとした疑問。
教会は普段なにをするのだろうか。個人的なイメージだとパンを焼いている姿が浮かんだ。私にとって教会とはパン屋さんだったらしい。
「そうですねー。聖書を読んだり、神に祈りを捧げたり、聖歌を歌ったりですかねぇ?」
「…パンは焼いたりしないの?」
「えっと…たまに?」
「…そう」
え、どうしてパン?と疑問符を浮かべるノアだが、そんなことは気にせず、自分の中にある印象の違いに困惑しながらも、まぁ、そんなものなのかと一応納得。
「リリルさん楽しそうですね」
笑顔で駆けるリリルを見て呟く。
「一番古参なのがリリルさんとなると、やはり一番最初に去ってしまうんですよね…寂しいな」
確かに、リリルが一番最初に奴隷となり、自称ベテランとまでなったのだ。普通に考えれば最初に去るのがリリルなのだが。
「多分、そうはならないわよ。あの子、脱走しようとしたり、悪さしたり、やりたい放題だから。確実に期間延長になっているわ」
「リリルさん…」
尊敬のような眼差しから一瞬で「えー…」という困惑の眼差しになったのを見て、当初の私もこんな感じだったと妙に感慨深くなったものだ。
「でも、不思議ですよね。あんなにいい子なのに奴隷だなんて。何かの間違いなんじゃないかと思いますよ」
少しだけリリルのお姉さんなノアはどこか信じられないようだった。それは私も同じだ。
子供は、まだ奴隷になりにくい。それは幼いからこそ、物事の判断が出来ずに、ついやってしまったとか、幼い故の過ちとして寛容に受け取られる。だから子供のうちから奴隷になるというのは、よほどのことをしないとならないはず。
過去一度、リリルは盗賊団の娘と言っていたし、そこで何かあったのかもしれない。
横にいるノアを見てみる。彼女も罪を犯してしまっている。それもかなり大きな。きっと、彼女は懺悔の塔に幽閉されるべき人物として扱われたのだろう。有名な重罪人を逃がしてしまったのだから。
でも、彼女は異例の中の異例で、教会のシスターであり、それも大きすぎる適正があったため拾われた祝。まだ子供だし、その悲惨さを知っていたノアを引き取った教会が頭を下げたんだと、なんとなく予想ができた。だから彼女は今、奴隷としてここにいる。非正規のだ。
頭が良いであろう彼女もきっとそれは分かっているはず。
だからこそ、彼女は自分が正しいことをしたという自信があったとしても、教会への負い目が付きないのだ。いつか彼女も、報われて欲しいものである。
だって私たちは、まだまだ小さい子供なのだから。
少しぐらい、神様が融通を利かせてくれてもいいだろう。
「おーい、仕事終わったか…ってリリル!お前また」
「やべっ」
その後しっかり怒られたリリルは反省中と書かれた板を首に下げられていた。
そして何故か、私とノアも注意され、長々と文句を浴びる。ほかっておいたことの同罪らしい。どうしてよ。
そして、一日の仕事が終わったところで、問題にあたる。
「おいガキ共飯だぞ」
そういってガリルが置いた皿は、一つだった。
「は、はぁ!?おい、おっさん、これ三人で分けるのか?足りないって!」
「ん?ああ…うん、まあ頑張れや」
「頑張れって、こんなの…」
リリルが全てを言い終わる前にガリルは手を振って去っていく。少量のご飯が乗せられたお皿を残して。
だが、国の、王の配下の奴隷はある程度は保険のようなものが付いているはずだった。だが、これじゃあ保険ではない。下手をすれば餓死してしまうだろう。そこでイヴは思い出す。ここは、騎士王の国であり、他の一般的な国とは少し違う世界なのだと。だからこそ、こうなっている。
定義の際に、違う国もあるだろうかと言ってはみたが、まさかこの国がそうだったなんて思わない。
が、予想は出来ていた。国の奴隷となり、安心できるはずが、まったく安心できない国だったのだ。ここは。イヴは最初から安心などはしていなかったが、いざ、目のあたりにすると、やはり困ったことだと実感する。
「これは、問題ね」
私は気づいていたこの問題が、次からの本題へとなることが分かった。
題して、食糧難である。