子供三人
「ここだ」
よく体が引き締まった頑丈そうな男に監視をつけられて、私はこの城の地下室まで連れてこられた。手首にはとっても素敵なアクセサリーをつけられて。例え逃げられるようなことがあっても直ぐに捕まえられるようにだろう。
ただ、この男は油断も隙もない強者の風格を纏っていて、とても逃げられるとは思えなかった。もし私がスタイル抜群の我がままボディならば誘惑でも出来ただろうか。
「ここは?」
男が扉に手をかけて引こうとした。私はさして興味もないし、これからどうなるかは理解していたが、もしかしたら素敵な場所なんじゃないかという現実逃避の思考を巡らせては自嘲しそうになる。
「んー?狭いからこそ、生活のありがたみが理解できるとっても素敵な場所さ。それにこれから御嬢さんのマイホームにもなる」
そう言って現れた場所は素敵なんて言葉とはかけ離れたものだった。入った扉へは絶対に届かないように別離された牢屋の中は狭く、汚れていて清潔さの微塵も感じない部屋。私と男が入室したことによって、先客からの物珍しいいような視線が伝わる。
男の言った通りの、生活といえるほどの環境じゃないからこそ、ありがたみを感じるであろう。発言通りのとっても素敵な場所なようだ。
「気に入ったかい?」
「ええ、とっても」
こうした会話の必要性を感じない私は自らの足で牢屋の前へ向かう。
すると関心したように男は口笛をならした。
「胆の据わった御嬢さんだ」
「そうね、親や同世代からは落ち着いた気品ある子だと、よく褒められたものよ。まあ、これから汚されていくんでしょうけど」
ちょっとした嫌味のつもりだったが、それがおかしかったのだろう。男は鼻で笑う。
「おいおい、俺たち騎士に幼女趣味はねーよ」
「それは安心したわ。てっきり下種な騎士様方は幼女を攫って奴隷にし、性欲のままに獣になると思っていたけど」
「…おい、テメェなんつった?」
こめかみを震わせ声音が変わる男。挑発が過ぎたようだ。どうやらこの国の騎士様方は自分たちの仕事に誇りを感じているらしい。下種な、という言葉に反応したところ考えられる予想に過ぎないが。
「とっても素敵で男気溢れる騎士様に我々可憐な少女をお守りいただけるなんて光栄だといったのよ」
ちらりと先客に目を向けて、取り繕うように嘘を並べる。
それが功を成したのだろう。男は幼女にキレることが阿呆らしく思ったのか機嫌悪そうに私へ近づいてくる。
「チッ。まあいい。ほら、腕を出せ。いつまでも手錠を掛けられてちゃあ不自由だろ」
「あら外してしまうの?この素敵なブレスレット結構気に入っていたのよ?」
「たくっ。あんたは大物になれるよ、御嬢さん!」
カチッと音がして手錠が外れ無造作に転がった。男はそれを持って牢屋を開ける。
ここで暴れても意味がないと確信している私は素直に中へと入っていった。
「じゃあ大人しくしていろよ。リリル、お前もな」
「うぐ…」
先客に向かって男は言葉を投げたところ、この女の子はリリルというらしい。真紅の髪の気の強そうな御嬢さんだ。話から察するに、このリリルは過去何度か脱走でも試したのだと思う。
そのまま男が部屋から出ていこうとするので私は、懲りずに言葉を漏らす。
「行ってしまうの?もう少しお話しましょうよ、素敵な騎士様。そうね、まずはここからの脱出方法なんて話題はどうかしら?私騎士さまに熱く引かれてしまったみたいなの」
「へっ。御嬢さんも素材がいい、だが幼女だ。あとせいぜい十年経ってから誘惑しな。それじゃあガキのお遊戯だぜ。じゃあな」
帰り際に手を挙げて部屋を後にする男。その背中に無かって私は言葉の続きをぼそりと呟いた。
「本当に引かれてしまったものだわ。…これほど他人を殺したいと思ったのは初めてだもの」
「お前、結構物騒なやつだな…」
その言葉が聞こえたのだろう。隣で怯えたような声を震わせる真紅の女の子、リリルは頬を掻いた。
「あなたは?」
「私はリリル。とある盗賊団リーダーの娘だ。それよりお前、ここはお前みたいな子供が来るような場所じゃないんだぞ?どんな悪さしたんだよ」
ジトーっとした目で語りかけてくるリリル。だがその言葉は私に言えたことではない。
「子供って…。それはあなたもでしょう?」
「なんだとー、私はこれでも六つなんだぞ!」
「あら奇遇ね。私も六歳よ」
「うっそマジで!同い年じゃん!」
怒ったり喜んだりと、表情豊かな子である。
私は奴隷として監禁された身だが、こんな元気な女の子となら退屈はしなさそうだと安心した。
「ねえ。一つ聞いていいかしら?」
奴隷なんてなった経験がないため、奴隷としての普通の生活の仕方なんて体験したことがない。だからこそ聞いておきたいことがたくさんある。
「お!なんだなんだ?なんでも聞いてくれ。このベテラン奴隷リリル様がなんだって教えてやる」
これほど自分の立場のことを考えずに生き生きとしているのは世界中を探してもこの子ぐらいだろう。ただ単に馬鹿なのか、それとも子供だから理解できていないのか。それとも。こうして元気に振る舞うことが彼女の存在証明なのか。
「ではそのベテラン奴隷リリルさまに聞きたいんだけど。私たちってこれからどうしていればいいのかしら?」
これが一番の疑問。私は生まれがそれなりに良い環境だったので、正直こうしたサバイバルにも近しい状況下は初めてなのだ。
初めてが奴隷スタートというのは笑えない話だが、現状を受け入れることが大切だと理解しているためまずは知識が欲しい。知識とはあって無駄なことはない。すべていつか役に立つものだ。
どんな過酷なものでも、私は生き抜く。この決心に揺らぎはない。
「べつに。ただ一日中寝て、時間になったら牧畜の世話とか餌やりとか。あと洗濯とかもあるんだけど。冬場は辛いよー。冷たい水に手を突っ込んで汚れが落ちるまでだからね」
「…え、それだけ?」
「ん?うん」
なぜだろうか。奴隷とはもう少し辛い環境下だと認識していた。奴隷になった経験もないのにだ。だがどうしてだろうか。私の生まれは恵まれていて、こういった奴隷などの知識なんてあるはずもないのに。
どこからか、それを知っている。いや、知識だけあった気がしてならない。
「殴られたり、しないの?」
奴隷は家畜である。
私の中にある知識はそう認識していた。
「んー、私はここに来て二年目だけど、そんな経験はないかなー。あ、でもこの国だからこそかも。他国は分からないけど、ここの国の人は奴隷を下には見ているけど理不尽な暴力とかはないと思う。ほら、この国の王様は騎士王らしいし、なにか譲れない心情があるんじゃない?」
「騎士王?」
「あ、ごめん。私難しい話はわかんないから説明できないよ」
なんだか予想より壮大な生活下ではなさそうで少しだけ安心できた。私とて女の子だ。痛いのは嫌いだ。
「それと、ご飯は一食のみね。水も洗濯とかする時に出来るだけお腹の中に溜めておかないと死んじゃうから。ここは気をつけてね。…ってそうじゃん!ご飯ただですら一食なのに二人になったら少なくなる…」
「…なにか、申し訳ないわね」
いままでリリルは一人で奴隷生活をしていた。だから一食の食事も一人で全部食べられたのに、私が増えたことによって食べる量が少なくなってしまうのだ。もしかしたら二食分にしてくれるかもしれないが、その可能性は低すぎる。おそらく、いや確実に一食から変わることはない。
となると生存できる可能性が少しだけ下がるわけだ。一食ならば栄養失調など当たり前だと視野に入れなければならない。奴隷へのご飯だ。まともな内容ではないだろう。
もし、これでまた一人増えてしまうようなことがあれば、確実に誰かが死んでしまう。
「別に気にするなよ。二人なら仕事量が減るし、なにより一人よりずっと楽しそうに仕事できそうじゃん」
…こうして自分に都合の悪いかもしれないことを明るく捉えられるのが、このリリルの魅力なのかもしれないと、このわずかな時間で感じた。とってもいい子だ。私はそれだけで少し救われたような気持ちになれた。
「でも分かんないよ?私たちはまだ子供だから簡単な仕事をさせているだけかもしれない。成長して大人になったらもっと大変な仕事をさせられて、そのまま…おばあちゃんになったりして…」
自分で言っていてへこんだのか、どよーんとした雰囲気を纏うリリル。
素直で、感じたことをそのまま態度で表してくれる。私のリリルへの第一印象は好調であった。
「そうね。どうにか、大人になる前には出たいものねぇ…」
「そうだなー…」
それからは二人、落胆したり変に難しいことを考えたり、と窮屈ながらも楽しい日々を送った。
「おはよ…」
「おはよう」
「お前は朝早いんだな…私はもう眠くて眠くて」
ふわぁと大きく欠伸をするリリル。目を擦ってまだ寝ぼけて見せる顔はあどけなく、奴隷といえど、幼い女の子なんだと思えて微笑ましいものだった。
そんなことを思っていると、昨日あれだけお話をしていたというのに、私だけ自己紹介をしていないことに気が付いた。なんて話だ。対等に話していたつもりが、一方的に私だけ身分を知っている状態だったなんて。私は知ってしまった現状に冷や汗を流す。もしかしたら私の彼女への第一印象は良くても、リリルからは印象が悪いかもしれない。いや、悪いだろう。
「り、りりりリリル!?そういえば私ってあなたに自己紹介していなかったわよね?ごごご、ごめんなさい!私が悪かったことは百も承知だけど、で、できれば友好な関係を築けたらって…い、いえ都合のいいことを言っていることはわかっているわ!で、でも!?」
「わ、分かった分かったって!落ち着きなよ…もう、おかげさまで目が覚めちゃったじゃん」
「いたっ」
落ち着け。と手を刀にして軽く頭を叩くリリル。私は少し涙目になりながら叩かれた場所をさすった。
「あれ、そんな強く叩いたかな?」
「違うわ。ただ人にぶたれるのは初めてだったから」
「いやいや、どんなお嬢様だよ。私なんてとーちゃんかーちゃんにいつも叩かれてたんだぞー。また悪戯したなーって」
「それはあなたが悪いのではなくて?」
「なにを言うか。悪戯は子供の特権であり生きがいでもあるんだぞ」
むふん。と鼻から空気を吐き出して誇ったように言うリリル。その顔がなんだか面白くて私は笑ってしまった。
「もう笑うなよぉ…。それで、お前の名前はなんていうんだ?」
笑われたのが恥ずかしかったのか頬を染めて話題を戻す。私も言おうとして、また忘れていたことに気が付いて、慌てたように自己紹介を始めた。
「私はイヴ」
「イヴ…。なんか、かっこいい名前だな」
「そうかしら?私もリリルって名前素敵だと思うわよ」
「へへー、照れるな。私もイヴって名前好きだぜ」
二人で名前を褒め合う。そして意味もなく照れる。なんとも微笑ましい光景だっただろうか。
牢屋の中でなければ。
「ほう。随分仲良くなれたみたいじゃねーか」
女の子二人の高い声に交わるように、低い男性特有の声が聞こえる。その方向を見てみると、近いのに不思議と遠く見える木製の扉から、昨日イヴを連れた男が入ってきた。
「げ、おっちゃん…」
「あら、おはよう。あなた」
リリルとイヴの全く違うそれぞれの反応に苦笑いする男。
彼は仕事の時間だと二人に伝えにきたのだが、それよりも気になることがある。
「おはようさん。でもな新入り、あなたは止めろ。嫁さんがいない俺がお前にそう呼ばせているみたいな誤解ができちゃうだろ」
「あら、名前を知らないんだから仕方がないわよね、リリル」
「そうだぜ。おっ…あなた」
ニヤッと笑うリリルに頭を抱えて呻く男。流石は悪戯好きらしいリリルだ。一発で乗ってきてくれるとは思いもしなかった。
「あああ!あなたって言っていいのはボンキュンボンの姉ちゃんだけって決めてるんだ!いいか、俺の名前はガリル。いいな、これからはガリルって呼べよ!」
「「はーい」」
そんなやり取りがあって、ついに私は奴隷としての仕事をするようになった。
仕事は朝から夕方まで騎士たちの服や下着を洗ったり、
「うわっ、汚ったな」
「これじゃあ汚物ね」
「うわーん!あのお嬢ちゃんたち俺の服洗いながら言ってるよぉ!」
「いや、ほら、その…気にすんなよ」
「傷は浅いかもだぞ」
料理の手伝いや
「秘儀、微塵ギリ!」
「すっげーイヴ!私にも教えてくれ!」
「おいおい、すげーはあいつ」
「幼妻系料理人…たいしたものですね」
木材、採石などをして
「あら、見事な速さね」
「へへーん。ベテラン奴隷をなめんじゃねー」
くたくたになった体を牢屋で休めて
「疲れた…」
「木材や採石は楽をさせてもらったし、マッサージでもしてあげる」
「お、マジか。じゃあお願いしようか…ひゃん!お、おい!どこさわって…」
一日一食の食事にありつく。
「はい、あーん」
「あーん」
二人で愚痴や不満を語りあったり。他にも初めてみた生物や花、アクセサリーについて話したりもした。ふざけって、ご飯を食べさせあったりとしているうちに季節は寒い臘の月へと変わった。
部屋の濁点よりずっと綺麗な雪は私たちの心を洗い、川の水は冷たいが、二人で手を握り合って温めあう。私が寒いときは肌と肌で温めあうといいと言ってもリリルは最初まったく信じてくれなくて恥ずかしがり逃げてしまったが、今ではいつもの日常となりつつあった。
「冷たいなー、もう」
「終わったら手でも握りましょうか」
「え、なんで?」
「寒いときは肌と肌で温めあうといいらしいわ」
「へー、そうなんだ。って、絶対それ嘘だろ!」
「何を言うのかしら。ほら、こうしたら暖かいでしょ」
「う、うーん。確かに微妙にだけど暖かい気が…」
食の面では、元々細い方だった私はあまりご飯を食べられないため、リリルも満足に食べられているらしいし。
困難ばかりであった環境に慣れ始めて、日々に生きがいを見いだせるようになっている。
充実していた。
これならばなんとか奴隷期間が終わるまでに不満はありつつも苦痛ではなく出られると。
そして、臘の月を超えて、暖かい光が私たちを祝福するこの季節、
ついに。恐れていたことが起こってしまった。
「えっとー、これからよろしくお願いしますね」
三人目の奴隷が、やってきてしまった。