転生
真っ暗である。なにがと聞かれればこの場所が。
はて、どうしたものか。といっても私はどうしたんだったか。そう、確か電車に乗っていて、そこから。
「はい。ようこそいらっしゃいました。神々の園へ。お気の毒ですがあなたは死んでしまいました。ちなみに冒険の書も消えてしまっているのでロードはできません」
暗い世界の中心に、スポットライトのようなもので照らされたと思うと、その場所には高そうな椅子に机、そしてその椅子に腰かける、ツインテールの女の子が最後までチョコたっぷりなお菓子を咥えながらお気楽に言った。
「あなたは?」
まずは冷静に物事を判断したと思う。情報を集めたかった。
「呼ばれてないけどじゃじゃじゃじゃーん。神様だよ、めんどくさいけど」
神様か。
冗談にしてはセンスがないと思った。
「先ほども言った通り、あなたは死んでしまいました。恵実さん」
二度目の死の確認である。
「なんとなくだけど、自覚してるんじゃない?自分が死んでるって」
神様は心が読めるのか、それとも偶然なのか。彼女はお菓子を向けてきた。私はそれを咥える。
「まあ、そうね。電車にのっている最中に、運悪く大きな地震が発生。揺らされた電車は転倒して、私は近くにいた女の子を抱きかかえて体を盾に、そのまま死んだ。ってところかしら」
「わーお。大正解。冷静なのね」
別に普通よ。と続いた。
「で、これから私はどうすればいいのかしら?閻魔さまの元へ向かって天国か地獄か判断されたりするの?」
「閻魔さまって…古臭い考えね。今の時代、全部機械がやってくれるのよ?閻魔さまはもう引退してバカンスを楽しんでいるわ」
「…随分、現実的なのね」
「IT革命は偉大よ。生きる上で化学が常に付きまとっているのは神様とて同じなのよね」
なんとも神様らしくない考えなのだろう。化学は発展に伴って人間の心をダメにしている気がしていたが、神様の世界ですらそれは適用されそうだ。
そう考えるとsiriちゃんはこの世界の支配者、大魔王的な存在に思える。そのうち世界の半分をくれそうだ。
「それに、機械の力があったとしてもあなたの事はよく知っているわ。ずっと見ていたもん」
「あら、十数年におよぶストーカーなんてびっくり」
「いや、言い方よ。私はストーカーなんかじゃないわ。でもあなたの事は良く知っている。スリーサイズは上から99、55、88ね」
「どうして最初に身体のことが出てくるのかしら…それと、私は悪女ではないわ」
「そうだね、本当は上から75、5」
「ストーカーじゃない…」
神様は笑いながらお菓子を食べる。
「まあ本題だけどさ。恵実ちゃん。君は神様の世界でも有名人なんだよ」
彼女の声音と目つきが変わる。部屋が冷たくなった感覚とはこういう感じだろう。
「へぇ。なぜ?」
「なぜ…と来るかぁ…」
どこか重い声音を発しながら膝を組み偉そうにして深く座る。いや、偉いんだったか。
「緒方恵実、三歳。父親の仕事関係で、アメリカ国防総省ペンタゴンに潜んでいたテロリストたちが持っていた銃をたまたまぶつかった際に発見し、未然にテロ行為を防ぐ」
神様は冷たい眼差しのまま机に放ってある書類を手に取って読み始めた。
その瞬間空気が一変したようだった。
「…それは?」
「あなたの経歴みたいなものよ。私は読んでいくから、そのときどう思ったのか。どう感じたのか。教えてちょうだい」
なんだろうか。例えるなら面接のようなものか。だが神様は私のことを良く知っていると語った。
「必要かしら?」
「黙って聞きなさい」
めんどくさそうに次の書類に手を伸ばす神様。その態度はめんどくさい。というよりは、理解できない、という言葉を帯びた嫌悪感を抱いているだろうことを伝わる。
「四歳。引っ越す前に住んでいた地域で活動している連続殺人犯が緒方恵実の友人を狙うも、不審な人物に気が付いたあなたは近所の大人に百十番への連絡を要請、そして警察へと連絡が行き、警察が動いているとは思わなかった犯人は見事逮捕」
「とっても素晴らしい判断力なのね。昔の私って」
「そうね。ここまでは、ね」
我ながら誇れるような結果であるというのに、この神さまは何が気に入らないというのか。
自分に自信がある私はどうも神様の態度が気に入らない。
「十歳。あなたのクラスでいじめが発生する。生徒は苦しみ、自殺までしようと考えたところ、あなたは自らにいじめの標的を変更させるように仕向け、生徒を救う。…しかし、その生徒は一度グループに外された身だったため、もう一度グループに入るために、あなたをいじめるグループに所属し、一緒にあなたを陥れる」
なんとも懐かしい記憶である。結局中田さんは救われ、あの子たちと関係を深めることによって孤立することはなくなった。本当に良かったと思う。彼女が今一度自殺しようなんて思うことはなくなったのだから。
「あなた、これに対する意見、感想は?別に私は神さまだから、罵詈雑言なにを言っても軽く流してあげるけど」
「…?罵詈雑言なんてないわ。どうしてこんなに美しい物語に文句をつけるの?人間関係に苦しみ孤独で死にそうだった子が勇気をだしてもう一度頑張って幸せになった。ハッピーエンドだわ」
「・・・」
一層嫌悪感を表す神様。
はて、何が気に入らないのだろう。もしかしたらバッドエンドが好きなタイプなのかもしれない。
「ん、ん!十四歳。あなたは銀行強盗に巻き込まれるわ。国防省の時みたく未然に防ぐことができず、全員包囲され、銃が突きつけられている状況下。警察たちは隙を見つけ全員突入するも、強盗は発砲。その弾丸は妊婦の女性を目がけて向かうが、緒方恵実が覆うように身代りになり、肩を打たれる」
「あれは驚いたわ」
暫く病室のベッドの上とは暇を持て余してしまったものである。
懐かしい記憶をさかのぼっていると、神様は怒った声音で叫んだ。
「あなたは!どうして自分を盾なんかにできるの!?もしかしたら死んだかもしれないのよ!?あなたは女の子なんだからもう少し自分を大切に…」
「女の子だからって、それは違うわ。それにあの人は妊婦さんだったし、新しい命をも救いたかったのよ」
女の子だから、男の子だからとか、そういった分け方は嫌いだった。助けたいと思ったから体が動いただけだし、そのときは肩だけだった。何が問題なのか。
さも不思議そうな顔をする恵実に神様は歯ぎしりをして最後の一枚をとった。
「そして十八歳。今日、電車の乗車中に大きな地震が発生。あなたは近くにいた子供の身代りになり、死亡。…ちなみにこの時、あなたが庇わなければ恵実は生きていた。…ちなみにこれはあなたの人生で起きた徳を積んだ行為の大きかった評価を厳選した結果よ」
「そう。私は結構偉い子だったのかもしれないわね。それに、私がその子を救わなければその子は死んでいたかもしれない。そうでしょう?」
神様は沈黙した。事実だったのだろう。
彼女は理解に苦しむと顔を歪めた。でも、私はこれが正しいと信じている。私という犠牲を伴って、一つの命が救われた。それってとっても、
素晴らしいことじゃないか!
「あなたのご両親は今激しい悲しみを抱いているわ」
「…そう。それは申し訳なかったわね。でもこうして命を救った娘を誇りに思うはずだわ!」
嬉しくて仕方がないだろう。
だからお父さんもお母さんも今は悲しくとも嬉しく感じるだろう。だからこれは素晴らし
「嬉しいわけないじゃない!」
私の思考を遮って叫ぶ神さま。やはり彼女には心を読む術でもあったらしい。
「嬉しいわけない!ご両親はあなたが生きていることが本当に嬉しくて仕方がないはずよ、でもあなたは死んでしまった。自己犠牲でね、だから二人とも悲しくても立派な娘だったと誇れるように感情を押し殺したわ!あなたのその自己犠牲によって悲しむ人がいることがどうしてわからないの?」
その言葉は激しく胸に刺さった。血でもでているんじゃないかと思えるほどに、苦しくて、苦しくて、悲しくなった。だって私は
まったくそれが理解できなかったから。
「ごめんなさい。よくわからないわ」
「…!?どうして?」
「だって私が何か悪いことしたかしら?いいえ、していないわ。善良で素晴らしいことをしたの。今回は死んでしまったけれど、それは運が悪かっただけで私はいつだって人々を救ったわ。私というちっぽけでくだらない命を犠牲にするだけで、これからより良いことをしてくれるかもしれない。人々の役に立つ人になってくれるかもしれない。そんな命を救っているの。それって本当に、
素晴らしいわよね!」
清々しい気持ちだった。演説を終えた政治家の気分のようだ。これだけ私が自分のことを話したのは初めて。初めて自分は自分の存在証明をしているのだ。
「理解、できないよ」
その演説を訳がわからないと頭を押さえる神様。彼女は吐きそうになっていた。でも何故か。
それは狂人、サイコパスの心を干渉してしまったからだ。
人は、理解できないことを良く思わない。正体不明を恐れ、自分とは違うものを排斥する。彼女は神様なのに、そのことを忘れ、恵実を排除したいなんて考えてしまった。
「理解できないのは私の方よ。どうしてあなた方神様は人を分別するの?」
それは彼女の一番の疑問だった。
「だって神様って人間たちを見守ったり罰を与える存在でしょう?なのに働きもせずに、極悪非道な悪党を放っておき、人々を苦しめ、なのに悪党はそれを楽しむ。いじめられている子は誰かが救ってくれるまで影で膝を抱えていることしかできない。それもこれも全部、不甲斐ないあなたたちの所為でしょう?」
「…」
神様はその剣呑に震えた。まるで自分を殺しにかかるように、冷たい刃物を首に当てられている気分を味わう。彼女は思った。今すぐこの場を逃げ出したいと。
「も、もういい!それ以上喋るな!考えるな!私に見せるな!」
心からの叫びだった。喋られても、心の声でも、それが流れてくるのだから。
「さあ今すぐ終わらせましょう。…あなたは今簡潔に言うと天国にも地獄にもいけないわ。あなたは誠に遺憾ながら徳を積みすぎた。生まれ変わるにしても徳の量が大きすぎるせいで生まれどころの指定ができない。天国に送るにも、これほど善良な人間はいないと思っている上の奴らがもったいないと言って静止させる」
上の奴ら。神様の世界にも上下関係があるらしい。
「私は下っ端よ。神様界の部長みたいなもの」
「随分、人間みのある関係ね。それでどうするの?なんだったら神様の頂点を連れてきたらどうかしら?その方が話が早そうだし」
「最高神様は長い眠りについていらっしゃるわ。だからあなたの判決は私がする」
それは残念。その最高神とやらがいたら長い説教でもしてやろうと思ったのに。
「説教て…。ま、いいわ。さあ選びなさい。あなたは私たちと同じように楽園で神々の椅子に座り人々を導くか。…異世界へ転生して新しい性を授かるか」
「転生?」
「ええ、あなたはこの世界では生きられない。限りなく神に近い存在となってしまったから。だったら別の世界に転生すればいい。私としてはそれをオススメしてあげる。あなたなんかと一緒にいたくないし」
「嫌われたものね」
「むしろ好かれるとでも?」
ジトっとした目で見てくる神様。私はその視線をなんとなく不快に思う。
「まあさ、転生しちゃいなさいよ」
「私が嫌いだから?」
「いや、そうじゃなくてさ。…あなた、『体質』のこともあってか全然人の気持ちを理解できないみたいだし、転生して生まれ変わって、幸せな生活を送って、結婚とかしちゃってさ。もっともっと自分が大切にできるような日々を送ってほしいのよ」
困ったように笑う神様。それは出来の悪い生徒を思う教師のようだった。さっきの空気とはまるで違う。優しさのある顔。彼女は彼女なりに私のことを思ってくれていたのだろう。と、実感する。
だからまさかそんなことを言われると思っていなかった恵実も困ったように頬を掻いた。
「…分かったわよ。転生するわ」
「うん、それがいい」
「まあ、幸せになれるかは保証できないけど」
「それでもいいさ。できるだけ幸せにできるようにこっちも頑張るから」
それからは転生の手配として、変な紙に記入をして指紋判子を押した。なんでも転生する際の契約書らしい。私としては神の椅子なんぞに座る気はさらさらなかったし、どっちにしろ書いていただろう。なんでもこの結果に神々は惜しいと思ったらしいが知ったことではない。
「じゃあ、その扉をくぐったら転生完了だから」
「そう。じゃあこれでさよならね。いや、『またね』といった方がいいかしら」
「勘弁してよ…。あなたは転生したら妹と父親に母親がいて、恵まれた環境に生まれるわ。そこで幸せ掴むのは簡単よ。だから今度こそ幸せになりなさい。じゃないと許さないから」
背中を押されて、私は扉に手をかけた。
「そうだ、無事に転生できたら教会にでもいって無事に生まれてこられたことを報告しておくわ」
それくらいしなきゃいけないだろう。
迷惑をかけたようだし、彼女も神様として気にかけてくれたことも事実なのだ。だが神様は頭を掻いてお菓子を咥えた。
「うーん。多分それ無理。転生できて園の記憶を持っているやつは一%もいないから」
「あら」
「まあその気持ちだけで嬉しいよ。はいこれ、餞別。美味しいよ。だって最後までチョコたっぷりだから」
私はそれを受け取って口に入れた。
うむ。甘い香りが広がっていく。
さて、行きましょうか。
私は扉を開けて新しい世界へ踏み出した。
「あ、そうだー。あなた徳の積みすぎで特典とかいちいち決めるの大変だったからランダムにいい感じの渡しておいたわよーって…もう聞こえてないか」
徳とは、天国に行くのか、地獄に行くのか、生まれ変わるならどのような環境なのか、恵まれているのかを決めるものだったのだが完全に説明を忘れていた。
「んー。まあいっか!」
神様はお菓子を咥えて旅立った恵実を想い少しでも幸せであることを願った。